第10話 接近

 タチバナの屋敷を出るまでに思わぬ時間が掛かってしまい、その日はメリル、デニスへ金を渡し適当な宿を紹介して、コノエといつも通りに飲んでから家へと帰ることとなった。

 帰宅すると日が暮れかかった時間から既に門が閉ざされている。どんどんと叩いて呼びかけるとセリナがやって来て出迎えてくれた。尋ねると、近頃物騒なので早めに、との答え。詳細を問い質すとどうやら、ナガミツが追っていた盗賊の件は俺の留守中に片付くどころか、より一層の大事になっているようだった。

 ついでにカゲヨシの顔を見ていくと言い出したコノエも伴って中に入り、久々に息子と対面する。我が子を構うのは程々にしてマヤの様子も確認すると、彼女の腹は一層大きくなっていた。ただ、出産まではまだ間があるはず。


 母屋に上がって酒とつまみを出されながら、出先での様子などを話す。カゲヨシには分かりやすく、魔物の姿を式神で再現してやった。勿論、実物大ではないけれど。

 この先まだ子供も増えるだろうし、一緒にもう少し広い屋敷を探して引っ越さないかとマヤへ持ち出したら、むしろ付いて行って良いのかと問われたり、セリナからは何なら母屋まで含めて使ってもらっても構わないと引き止めも受ける。ただ、ナガミツだってそのうち嫁も貰うし子も出来るだろうと、引き止めの方は断った。二家族分には母屋でも手狭だ。


 地方で困窮していた母子から都で働きたいとせがまれて連れてきたので、転居したら彼女らを奉公人として雇いたいと告げると、若干不審そうな表情をされる。アリサとケイにも紹介済みだと言ったらそれも解けた。

 その後は少ししてコノエが帰り、俺はマヤと息子と共に小屋で眠りに就いて、朝になってからいつかのようにナガミツの訪問で起床する。

 彼はまた夜通しの警邏だったという。最近は立て続けだそうだ。


「学院から占いの達者らしい魔術師の方も派遣されて、確かに凡その犯行日時と地区は見当が付くようになったんですけど、まだ捕まる様子がありませんね」


「目撃情報くらいは増えてるだろう?」


「ええ、それは勿論。どうも偉い足の速い相手なようでして、どっかでそれらしい輩を見かけて声を掛けようとすると逃げ出されて、そのままあっという間に見失っちまうってのが幾度か、同僚達が経験しています。人相は全く把握出来ていませんが、体格的に男だったろうと」


 あれは何かの加護を受けている人物ではないかと、目撃した同僚の中からそんな疑いが上がっていることを教えられた。


「神の加護があって金が欲しいんなら闘技場に出てるんじゃないか?」


「いえ、加護を悪用するならず者というのも、先例は多数あるんです」


「そうなのか。仮に加護のある人物なら、常人だけで見回って見つけ次第追っかけてで捕まえるのは難しそうだな」


「闘技場の魔剣士からも応援が来ているのですが、二人程度で、どうにも……」


「で、次の犯行はいつ頃になりそうなのさ。今回は俺も手伝えるし、コノエも引っ張り出そう」


 すると丁度、昨夜が犯行の行われるとされた日であったと知らされ、次がいつかは改めて占ってからでないと分からないようだった。

 その後は捕物へ協力するから暫く仕事は入れないようにと、ナガミツと連れ立って学院の事務局へ一報入れに行き、次には彼と別れてタチバナの屋敷へ足を運んでシキと面会を果たす。彼は俺がメリアを連れてきたことへ遂に男性らしい欲が出てきたねと、可笑しそうにしていた。アリサが荒れた件についても聞き及んでいるようで、見てみたかったとまで言った。

 その場で相手から屋敷の斡旋まで申し出られ、頼んでおく。


 話が終わるとアリサ達にも顔を出し、それからメリア、デニスと今後の予定についてやり取りして、それで最低限、本日中にやっておくべきことが終わる。

 そこで学院の書庫に向かって、少し調べ物をしてみることにした。実際に学院の敷地まで戻って書庫の一つを目指して歩いていると、当たり前だが沢山の魔術師と擦れ違う。

 年中出払っているのに近い俺とは対象的に、彼らは毎日ここへ足を運んで既知の魔術を修めたり、新しい術や道具を生み出したりするために研鑽しているのだなと思うと、その穏やかで安定しているだろう暮らしに羨望の念が少しばかり。


 ただ、何だかんだ言って、俺は今の暮らしが合っていると思う。実際にずっと洛中へ腰を落ち着けて生活してみたら、きっとそのうち再び、大陸中を駆けずり回りたくなるだろう。

 書庫に入ると、星の加護と占いに関する本を手に取って、窓際の席で読み始めた。

 ざっと確認してみたが、やはり目の前の言葉の真偽をそのまま看破するような力はなさそうで、昨日体験させられたのは女の勘という奴か。

 そのまま占いで出来ること、出来ないこと、その精度、様々な占いの種類の概説を眺めていると、いつの間にか傍らの席に他の魔術師の姿があって、俺の方を見ていた。赤い髪の毛をした二十代半ばくらいの女の魔術師だ。面識はない。


「はじめまして。貴方は、サコン殿……ですよね?」


「そうですが」


 声を掛けられたことに、ちょっと心当たりがない。世代的にはそこそこずれがあるし、知り合いに赤毛自体も少なくて、魔剣士のヘレナくらいだ。魔術師にはいない。


「お顔に傷のある方だと聞いていたのですが、たった今偶然にもそれらしい人物をお見かけしたので、思わず声を掛けてしまいました。ご迷惑ではありませんか?」


「大丈夫ですよ。大した調べ物でもありませんし」


「占いの本ですね。太陽の加護を受けた武闘派だと窺っていましたけれど、こういった方面にも関心が?」


「自分で試そうというわけではないのですけれど、彼ら星の加護を受けた占い師達がどのくらいのことをどの程度の確度で知れるものなのか、そのくらいは把握しておこうという気になりまして、こうして遅まきながら目を通しているのです」


「ああ、やはり聞いていた通り、活躍なさっているだけあって勤勉な方です」


 誰だお前は、と思いながら褒め言葉を聞き流す。


「ところで貴方は?」


「カナリヤと申します。貴方のことはタダツグ君から時折伺っておりました」


 成程、そういう接点があったのかと納得する。あいつは交流の広い奴だ。どこかで目の前の女とも面識を持ったのだろう。

 あまり一般の魔術師と交流する機会はないし、折角なので暫し相手をしてみる。

 勿論、場所が場所なので、あくまで声は潜めたまま。

 最初は、何ということのない会話だった。主に互いの仕事の話で、彼女は基本的に都へ留まって精を出す類の人物らしい。先程、羨ましがった生活を送っている類のようだ。


 働き方は全く異なる俺達だったが、ある意味でその経験には似通ったところもあるようで、俺が貴族の仕事を代理して、表面的には彼らへ手柄を献上しているように、彼女も似た経験があるという。こちらは俺のように穏当で円滑な交渉と合意の末ではなく、かなり強引な交渉があったらしい。

 そこから徐々に話の雲行きが怪しくなっていた。


「サコン君はどう? ムカつかない? お前らの手柄じゃないだろって」


「んー……俺の場合、たんまり金は貰ってますから」


「お金の問題じゃないでしょう。名声を持っていかれたら何にも…………ああ、君の場合は普通のお仕事も沢山こなせるのか。一つの仕事に時間の掛かる研究職との違いだね」


「確かにそういう、長期間手掛けた仕事の成果を取られたら相当に腹が立ちそうです」


「分かってくれる?」


 先程から貴族に対する不満が止まらない。辺りに人は少ないが、その中に当の貴族が混じっていたらどうするつもりだろうか。或いはそれでも構わないのか。


「魔術師以外の人達はどんどん疲弊していってるしさ。どうにかしないとだよね」


「貧困なんてそれこそ、俺達平民にはどうにも出来ない問題でしょう。身分の高い方々が考えることですよ」


「その人達が当てにならないから言ってるの」


 そう鼻息を荒くされても。面倒になってくる。政治も世間も興味がない。


「結局、サコン君はどうなの、自分の功績は余さず自分の功績だって、きっちり表明したくないの? 良いように出汁に使われて悔しくない?」


「別段、そのようなことは」


「私はどうにかしてやりたいけどなぁ」


 どうやら貴族に関わる機会がそれなりにあり、一見奉仕のようなことをさせられている俺に共感でも求めているようだと分かってきたが、一切頷いてやるつもりはなかった。


「関わってきた貴族がかなり違うんじゃないでしょうか。俺が出会ってきたのは大抵、前線で身を危険に曝しながら魔術師の務めを果たしている人達ですから、研究職のお歴々とは毛色が異なるというのは有り得るように思います」


 なので貴方の心情には寄り添ってやれないよと、言外に告げる。

 カナリヤはそれでも納得しかねている様子だったが、やがて諦めが付いたのか、そうかもねと同意の言葉。


「ちょっと長々とお邪魔し過ぎちゃったかな。ごめんね、愚痴っぽくなって」


「良いんですよ。大変なようですから」


 そうして、彼女は去っていく。

 その後ろ姿を見送ってから改めて、俺の貴族に対する印象というのを振り返ってみるが、やはりいずれも、印象の良くない部類だった相手まで含めて鷹揚で礼儀正しかったように記憶している。

 不満といえば、あれからそれなりに月日が経っているはずなのに、まだシキへ手を付けられていないことくらいか。

 早いところあの肌に触れてみたいのだが、とある問題が思いの外、長引いていると言っていた。嘘ではないはず。俺が想像し得る範囲では、きっと女王の後継者問題がそれなのではないだろうか。


 ともかく、さらなる褒美を求めるくらいしか、不満はなかった。

 気を取り直して本を開いたところでハタと、タダツグから聞いた分離独立派なる存在を思い出す。

 初対面の俺に対し些か不用心と言いたくなる程に貴族と政治への不満を口にして、しかもこちらのそれも引き出せないかと探りを入れていた。今し方交わしたやり取りをそのように捉えてみると、何か妙に腑に落ちてしまう。

 俺を勧誘しようとでもしていたのだろうか。

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