第9話 御冠
山賊達の正体は結局、商人が予想した通りのものだったと役人達からの報告で分かった。俺自身は彼らを拘束する際、さしたる興味もなかったため言葉を交わすことなくコノエに縛り上げさせただけだったので、子細はその報告によって初めて知った。
だからと言って何かがどうなる話でもないが。
そこから先の旅路は順調で、大陸の北東、都からずっと北へ進んだ先にある森まで魔物を送り届け、それで漸く帰り道に入ることが出来た。
魔物は幸い新しい住処を気に入ったようで、送り届けた後になってから、どうやら既に弱小の魔物も居着いているようだと魔物側の嗅覚と霊感で判明したものの、それともどうにか共存してみせると言っていた。
只管に南下し、俺の旅路にしては珍しく北方から洛中に入って、エレナと共に学院へ報告に上がる。
「北側は魔術学院や貴族の屋敷が集まってますから、広い敷地の家が多いでしょう」
「……都の豪華さに圧倒されるようです」
報告を済ませ、正門前で馬車の外に立ち辺りを見回していたデニスとメリアへ立地に関する事情を教えてやる。
「エレナ様、俺は一先ずタチバナへ顔を出してから、この二人の世話もあるので、ここで失礼させて頂きます」
「承知しました。細やかでも何かお礼がしたいので、後日、屋敷に招待させて頂いても構いませんか?」
「はい、喜んで」
そんなやり取りと共にエレナを乗せたガルディア家の馬車は俺達から去っていき、平民が四人、その場に佇む。
慣れたものだとは思っていたが、大貴族の一員との旅が終わってみると、少しばかり肩の荷が下りる感覚だ。
「コノエ、君はどうする。タチバナへの挨拶に付き合うか?」
「折角ですから、僕もご一緒します。この二人がどうなるか気になりますし」
そうして、通い慣れた屋敷へと向かう。いきなり見知らぬ貴族の家へ向かうと言われ、事情を把握しきれていない母子はただ、黙ってとぼとぼと後ろを付いてきた。
タチバナの敷地に到着すると二人は門の前で待たせて、コノエだけ連れて中へと入っていった。
玄関前に来ると使用人が出てきて少しその場で待つように言われ、窓の一つから一瞬だけドレス姿の人影が見えた。ケイではなさそうで、多分、彼女らの母親だろう。俺は如何なる理由でか避けられており、こうした突然の訪問の際、視界の端へ微かにその姿を捉えた経験しかなかった。
彼女がどこかの一部屋にでも引っ込むまでの間を待つと、再び使用人の女が出てきて、もう入っても大丈夫と告げる。ただ、シキは留守らしい。アリサとケイが待っているそうだ。
そのまま応接間で彼女らと対面し、子供を抱きながら仕事の内容を報告。魔物の引っ越しに付き合うなんて珍しい経験をしたと盛り上がった後、そういえば仕事先で都に連れて行ってくれと押しかけてきた母子があったとメリア達の話に触れる。
最初は不思議そうに聞いていた二人だったが、事態のあらましを話し終えるとあまり良い顔をされなかった。特にアリサは目付きが剣呑になっている。
「何? じゃあサコンはその子を新しい愛人にしたいってこと?」
ああ、意外と怒ってるなと、その様を見て思った。別に現状でも彼女の妹であるケイや、使用人として働いていたマヤと自由に関係を持っているのだから追加で少し増えるくらい大して気に留められはしないだろうと考えていたのだが、そうでもなさそうだ。
「お許し頂けるなら」
ただで気圧されて引き下がってなるものかと、少し強気に交渉してみる。
「その子はどこ?」
「門の前で待たせてあります」
「連れてきて」
「では僕が呼んできますね。……母親の方は」
「…………娘だけで大丈夫」
俺が何か言う前にコノエが率先して席を立ち、部屋を出ていった。
「サコン殿、エレナ殿は寛容な方ですから良かったですが、愛人や使用人の候補者を見つけたからと、他所の家の馬車に堂々連れ込むというのは……」
「確かにふてぶてしかったかもしれません。断られても自分の式神で運べば良いからと、あまり深く考えていませんでした」
メリアを待つ間、困り顔のケイからお小言。これに対しては素直に頷いておく他ないのだが、別に良いだろそのくらいと、どこかで居直っている部分が全くないとは言い切れない。
ちょっと不遜になってきたな。そのくらいは考える。
貴族に対する畏敬の念は大分薄くなっていた。
間もなくコノエがメリアを連れて戻り、同時にアリサが席を立って彼女へと向かっていく。ケイは心配そうな目でその背中を追っていた。俺はリンを抱いたまま、一先ず静観を決め込む。
「ふうん。見た目は悪くないね。サコンが気に入るだけあるんじゃない?」
連れてこられた彼女は事情も良く分かっていないのだろう。只管怯えて縮こまっているだけだった。目の前のローブ姿の女がここの貴族であることは把握しているはずで、それが何故か自分を品定めするように睨みつけている。
それからアリサはメリアに対し、名前だとか出身、年齢、育ちについてや恋愛経験、俺に対する印象等々、根掘り葉掘り質問し始めた。相手の周りをぐるぐる回りながら、時には頬をつねってみたり、乳房を乱暴に掴み上げてみたりと、見たことがないくらい立腹している。
そのような状況ではあったが、メリアの回答は怯えつつも明瞭なものだった。案外肝が座ってるんだなと、呑気に見直してしまう。
「で、もうやったの?」
「いいえ。まだそのようなことは一切、ありません」
きつい視線で無言の確認を飛ばされた相手は、傍らで所在なげにしていたコノエだった。彼は頷いてから、道中そのような機会はなかったと答えてくれた。
「そ。まあいいや、好きにしたら?」
最後にそう言い放って、不機嫌なまま一人、部屋を出ていってしまう。
室内が沈黙に包まれた。
「ケイ様も、お許し頂けますか?」
「え、ええ、サコン殿がそうしたいのであれば。どの道、きちんと身分相応なお屋敷を構えられるのでしたら使用人は必要でしょうし、兄も特に問題視することはないかと」
「ありがとうございます。メリア、君のことは無事に使用人として雇えそうだよ」
これで一段落付いたと子供をコノエに預けて、出されていた茶を啜った。良い感じに温くなっている。
「アリサ様の怒ってるとこなんて初めて見ましたね」
「あのように感情的になるのは珍しいのですけれど……。余程、サコン殿が他の女に目移りしたのが気に入らなかったのでしょう」
「元からマヤやケイ様とも関係を持っている状態なので、一人、二人、愛人を作ったくらいでは何も言われないかと思ってました」
「わたくしとしましても、一方的に充てがわれた相手以外の女性を見つけて来られるのは当然と想定しておりましたが……、姉様は随分、サコン殿への執着が強いようですので」
「そう考えると、あの反応も嬉しくはありますね」
残っていた茶を手早く飲み終えて、席を立つ。
「このまま帰るのも気分が良くないので、ちょっと部屋まで押しかけてきます」
「是非、そうなさって下さい。姉様もきっと待っておりますから」
「というわけでコノエ、暫くリンを頼む」
「メリアさんはどうしましょうか」
部屋を出る前に、詰問されるだけされて取り残されていた彼女について言及。
「外で立ったままお待たせするのもなんですから、お付きの方用の部屋でお待ち頂きましょう」
ケイが気を利かせてくれたお陰で俺はその問題を放置し、二階へ上がってアリサの部屋の戸を叩いた。
返事がないまま押し入ると、ベッドの上からじっと恨めしげな視線を向けてくる彼女の姿。
「ドア閉めて」と言われ、素直に後ろ手で戸を閉める。
「何で浮気するの?」
「……まだ何もしていませんけれど」
「これからするんでしょ? 何で?」
そもそも正式な夫婦でも恋人でもない間柄に浮気という表現はおかしいという指摘は、しないでおく。そんなことは相手も分かっているだろう。
「今まで私達だけで満足してたじゃない。どうして今更」
「欲が出てきた、としか」
「私とケイとマヤ、それからそのうちシキも……。それじゃ足りない?」
「……怒らないで聞いて下さいますか?」
「…………うん」
「西洋系の女も体験してみたくて」
何それと、彼女はがっくり項垂れてしまった。
「言っておきますけど、アリサ様が嫌がるのでしたら、彼女はただの使用人として扱うつもりですよ? 流石にここまで連れてきて、雇いもせず放り出すというのは無理ですけれど」
「良いよ。ちょっと怒っちゃったけど、元々無理に束縛出来る立場でもないもの」
無断でベッドに腰掛け彼女の隣に並ぶと、こちらの肩に彼女の頭が乗せられる。
「大手を振って貴方の女だって名乗れないし、リンも貴方の子だって言えない」
「無理はなさらないで下さいよ。貴方の方がずっと大切ですから」
「……セックスの相手にしたいだけで、惚れたわけじゃないんでしょ?」
「はい」
「なら良いや。さっきまでのは、もしかして私から離れてくんじゃないかって、不安になっただけだから。いつまでもこの屋敷に通い続けてくれるなら、それで良い」
「ありがとうございます。俺が一番大事にしてるのはアリサ様ですから、どうかそれは忘れないで下さい」
「ほんと?」
「勿論です」
相手の頭が持ち上がって、俺の瞳を覗き込んでくる。
「サコンが本当は誰を一番に好いてるのか、知りたいな」
「アリサ様ですって」
「一回目を閉じて、知ってる女の人一通り頭に思い浮かべて」
割と真面目な尋問が始まってしまった。
当初は割と真剣に彼女が一番だと思っていたのだが、とある顔を思い浮かべると、その答えが揺らいでくる。
「やっぱりアリサ様が一番ですね」
「……ちょっと怪しくなった」
最悪なことに、内心は機敏に読み取られてしまう。
「さっきの子の方が好み? メリアちゃんっていったっけ。ああいうのの方が好き?」
「違います」
「これは本音かな。じゃあ、マヤと私は? どっちが好き?」
「アリサ様です」
「ケイと私を比べたら?」
「アリサ様です」
「シキと私は?」
「アリサ様ですよ」
「んー……故郷の女と私」
「アリサ様」
「…………じゃあ、コノエ君と私」
「あいつは綺麗な顔をしてても男ですよ。まあ、でも、確かに彼とアリサ様、どちらが大事かと言われたら難しいですけれど。大事な相棒ですから」
思わぬ問いに少し笑ってしまい、茶化すような台詞を口にしてみたが、依然として相手の目は真剣だった。
まだ追求は続くらしい。
「私の知らないとこで他にも女の子と交流ある?」
「全くお伝えしていないような関係はありませんね」
「あ、嘘」
そして偽りははっきりと悟られる。星の加護にそうした使い道でもあっただろうか。
「そんな相手いたの? マヤからは何も知らされてなかったけど」
「……マヤに知らせていない話もありますから」
「そう。そういう相手もいたんだ」
呆然としたように目の前にあった彼女の顔が一旦離れていくが、直ぐにまた向き直って質問が投げかけられる。
「誰? どういう関係? 今度は怒らないからさ、教えて?」
実際、尋ねる彼女の様子に怒りの気配はない。純粋に疑問のようだった。
しかしながら、どうにも俺の方で、本当のところを答えるのが恥ずかしい。答えかねていると「サコンのこと、きちんと知っておきたいの」と言われてしまって、沈黙を続けているわけにもいかなくなるが。
「詳細は問わないことと、他言なさらないと約束して下さるのなら」
「約束する」との答えを得て、俺は遂に本音を漏らした。
「魔王の社へ行くと、そこで時折、というか、それなりの確率で、女王陛下と会えるのですよ。俺が参拝に来る時期をどうにかして見計らっているようで。参道の前でナイア様を含めたお付きの方々が待機していて、俺は境内で陛下と二人きりになって、立ち話を……」
「……全然、知らなかった」
「南西での魔物との戦いで俺が負傷して、アリサ様が迎えに来て下さったことがあったじゃないですか。時期としてはあの辺りからになりますね。最初は俺をいつかの覗きの犯人と目星を付けて顔を見に来たようでしたが」
俺の答えを聞きながら、アリサは呆けた表情でベッドに倒れ込んでいく。
「それ以降も何故だか足を運んで下さって、あれこれと世間話をする間柄、というわけです」
「一番懸想してる相手は陛下ですって、それだけ聞くと忠臣みたいにも聞こえるね」
「実際には随分な不届き者です」
「何だか呆れちゃってどうでも良くなったな」
言いながら、彼女は両腕を俺へと伸ばしてみせるので、それに応えて相手に覆い被さって抱きしめられる。
「陛下ともこういうこと、出来ると良いね」
冗談めかした台詞を発してから、その唇と口付けを交わした。
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