第6話 珍しい依頼

 牙を剥いて肉薄する灰色の巨大な狼相手にコノエが幾度も魔剣を叩き込む。その間に俺は祝詞を唱えて金毛を呼び出し、加えて式神でいつか戦ったような巨大な猿を生み出して、それらを魔物に差し向けた。

 腕に食い付かれた猿が狼の魔物と揉み合っている間に金毛が相手の首筋へ噛み付いて、ジタバタと暴れる獲物の片足へコノエが魔剣を突き立てることによって悪足掻きも制する。

 ガルディア家のエレナを伴って都を出発し、半月以上を費やして到着したのが昨日、式神による偵察で俺とコノエの戦歴の中でも大きめの獲物であることを確認し、十分な休養を取ってから、自らも参戦するという依頼主の申し出を断っての戦いだった。

 他愛のない勝利である。何かあって一撃貰えば忽ち大惨事なので全く気は抜けないけれど。


「魔物よ、森へ帰るつもりはあるか」


「帰れるもんなら帰っとるわい」


 猿の腕を話した狼に問い掛けると、金毛による拘束を受けたまま、相手は答えた。重々しい声で、ふてぶてしい声音だが、縄張り争いで森を追われた口らしい。西の樹海周りの仕事はこういうのが多い。

 幸いと言うべきか、この近くには大きな社が既に一つあるので、今回は新たな建造などせずそこへ一緒に祀ってやれば済むはず。

 さっさと終わらせてしまおう。

 そう思った次の瞬間、魔物がこう告げた。


「なあ、死にたくないんじゃが」


「そう言われても」


「縄張り争いに負けた儂が森に戻ってもまた追い出されるだけじゃから、どこか新しい土地を紹介してくれんか? その方が土地も穢れんし、お主らも楽じゃろう?」


「確かに、その通りだね」


 命乞い。珍しいパターンだ。申し出の内容も筋が通っている。

 それなら最初からそう申し出ておけよと、思わないでもないが。


「出来れば他に強い魔物のいない、広い森が良いな。何分にもこの図体じゃ。食い物の豊富な土地でなければ」


「他に暮らせる土地が見つかれば、人や家畜に危害は加えないな?」


「勿論。今度こそ退治されては敵わんからな」


「珍しい案件だけど、取り敢えず他の連中に相談してみるよ。それまでここで大人しくしといてくれ。……後で飯くらいは持ってきてやれると思う」


「おお、かたじけない」


 そんなわけで、これまでの仕事では経験のない課題が湧いてきた。とはいえ珍しいだけであり、伝聞でそうした事例を耳にした例はある。住処を追われてしまった魔物を新天地へ送り届けるために、魔物連れで町から町へと旅した話が稀にあると聞いていた。

 こんな大型相手に行うのは珍しいだろうけれど。強力な魔物程、人間相手に下手に出るのは少ない。


「僕はこの場で彼を見ておきましょうか」


「そうしてくれ。猿の式神は残しておく。金毛様には、流石に見張りまでしてもらうのは畏れ多いし、お戻り頂こう」


 相棒に返事しつつ金色の獅子には帰還してもらって、猿と彼だけを残し、俺はエレナの下へ向かう。

 強力な式神の行使のため、猿については魔王からも助力を得ているのだが、こちらはもう暫し助けてもらっておこう。霊の格としては金毛より魔王の方が上のはずなのに、どうにも後者の方が気軽に頼み事をしやすく感じてしまう。


「何か、ありましたか……?」


「元来た森には帰れないから、どこか他に良い土地を紹介してくれないかって」


「まあ…………それでしたら、一先ず役人にでも聞いてみるしかないですね。学院ならそうした土地も把握していそうですから、役場伝いに確認してみるのが良いかと」


 おずおずとした調子の相手とそのようなやり取りがなされ、彼女とその魔剣士を伴って役場へ向かうことに。念の為、この場に残ってもらった方が良いかと最初は考えたが、むしろ一度見張りを手薄にして、それでも魔物が不審な行動を取らないか試したかった。


「それにしても鮮やかなお手並みでした。私共など比較になりませんね」


「神々のお陰ですよ。強敵のようでしたから、初めから全力で助力を求めたんです。後はのんびり祝詞を唱える時間を危なげなく稼いでくれる相棒のお陰でもありますね」


「式神も、あのように強力なものまで使役出来るものとは存じず、とても驚きました。もっと脆いものなのかと」


「案外頑丈ですよ? 今回のは魔王に力添えされている影響もあって一段とそうですが、俺単独で用意した式神でも少しは戦えます」


「そうなのですか。直接戦闘向けというより斥候向けの術と思っていましたが……。いえ、サコン殿だからこそ、なのでしょうけれど」


「…………個人的には、これだけ便利な魔術なのに手を付けたがる方が少なくて、不思議なくらいです」


 学院で、同じく式神の魔術を極めようとしている者達の会合に出席した経験があって、しかしながらその会の人数は十にも満たないものだった。魔王も愛用し、それなりに名の通った魔術に関心を示しているのがたったのこれだけかと意外に思ったものである。


「遠い昔に一時は流行ったことがあると聞いています。ただ、呼び出すのも自在に操るのも案外難しいのと、それから諜報のためにあまりに便利だったことからむしろ術者が警戒の目で見られるようになったことで、使用されなくなっていったそうです」


「……そういう歴史的な経緯は知りませんでした」


「サコン殿のように戦闘へ応用出来る者が多ければまた違ったのかもしれませんけれど、そもそも戦いのために使役するのならばゴーレムの魔術がありますから」


 俺自身は単に魔王が使っていたという点からの影響で式神の魔術を使い始め今に至るわけだが、確かに、戦闘へ使役するという目的を持って学ぶのなら、式神よりもゴーレムが好まれるだろう。そちらも簡単ではないそうだが、きちんと扱えれば式神よりもずっと頑丈なようだった。

 反対に式神よりも手順が面倒臭かったのと、他にも学びたい術があったために、俺は手を付けていないが。面倒な準備をして頑丈なデカブツを操れるようになるくらいなら、早いところ上位の式神を扱えるようになりたいものである。


 そのまま町中まで戻って役場に確認を入れると、直ちに都の学院へ連絡するとのことで書状が認められ、役人が馬に乗って駆けていった。

 返答があるまでは結構な日にちを要するだろう。思わぬ長期滞在になりそうだ。

 幸いにしてそれなりに賑やかな町での待機だから、田舎程の退屈はしなくて済むはず。

 回答があるまでの間、魔物へ食料を援助してやる旨も伝え、取り敢えず一頭の家畜と一抱えの野菜を用意させて、俺達は魔物の下へと戻った。

 狼の魔物は犬のように座って、俺達の帰りを待っていた。

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