第27話 転居

 虎の式神の罠で一矢報いた後、演習場での活動は終わらせた。コツを掴む程自在に操れるものだと確認出来たのは収穫だったが、やはり戦闘において獣では魔剣士に及ばないことも改めて分かった。コノエは今回、魔剣の特徴である飛ぶ斬撃を用いていない。全く手加減されていたのである。

 同時に従者というか、相棒の頼もしさを知ることが出来た面もあるので悪くはなかった。

 形代を回収し、一先ず演習場を立ち去る。


 演習場の外で遠巻きにこちらを見ていた魔術師の一人から名を問われて、それから少しだけ立ち話。特に用はないようで、お世辞程度に魔術の腕を褒められて終わりだった。

 コノエと二人で学院の敷地を歩きながら次の予定について考えていると、彼から院内にある王族の社に行ってみたいという希望が告げられたので案内。正直、二人で揃っていても今は他にやることがなかった。

 初代から三代目までの社を回る。彼はとても熱心にそれらを拝んでいるように見えた。尋ねると、悲願の成就を願っていたらしい。


「サコン様は太陽神以外にどのような神を崇めていらっしゃるのですか?」


「生まれ故郷で祀られてる祟り神……で生前にこの傷を付けた相手と、それから魔王」


「魔王?」


「俺の先生がこの辺りの神様との相性を確認してくれたんだけど、そこが一番良かったんだ。……俺が式神の魔術に関心を持ったのも、魔王が生前それを得意としてたってのが切っ掛け」


 そこでふと気になったことがあって、今度はこちらから尋ねてみる。


「君はどこの神様に力を貸してもらっているんだ?」


「先祖に魔術師がいまして、そこからです」


 無難な回答を得て、他に立ち寄りたいところがないか確認した後、次の行き先の相談。

 時間もあるようだし、何かあった際、俺の方から連絡が取りやすいよう彼の下宿先まで一度案内してもらうことになり、加えてその前に折角だから、彼をアリサに紹介しておくことにした。コノエは身分の高い相手からの承認を求めているようだったし、散々時間を共にした彼女にならば俺も紹介がしやすい。

 これが当主のシキ相手になると少し腰が引ける。忙しそうで畏れ多い。一方で、女性関係まで含めて管理したがる彼のことだから、雇った魔剣士についてもむしろ積極的に報告してやった方が良い気もして、判断に困るところだ。

 まずは次に会った際、少し話してみれば良いか。興味があるようなら向こうから連れてくるよう命じるはず。


 学院を出てタチバナの屋敷に向かう。これまでは一度も門番から止められたことはなかったのだが、今回は見知らぬ人物を連れていることから声を掛けられ、俺の魔剣士であると告げると通行を許される。

 敷地内に入ると侍女に捕まって、用件を問われるでもなく応接間に連れて行かれた。


 少しして、見知らぬ少女が姿を見せる。身なりは明らかに使用人でなく、彼女もタチバナの人間だろう。まだシキの妹にお目に掛かっていなかったので、それが彼女であるに違いない。容姿はアリサに似ているが、いつも黒いローブで表情に乏しい彼女と異なって、落ち着いた色調のドレス姿で、緊張を隠せていない様子ながらも微笑を湛えている。姉や兄にはない可愛らしさがあった。

 その背後には剣を腰にした女の姿。ヘレナではない。この家で彼女以外の魔剣士らしき人物を見るのは初めてだ。

 立ち上がって彼女の方を向くと、相手から先に挨拶をしてくる。


「はじめまして、サコン殿。シキの妹、ケイと申します。彼女はヘレナと同じく当家に仕えてくれている魔剣士、リゼです」


 ケイとリゼ。これまでそれなりの期間、この屋敷に足を運んできたにも関わらず出会う機会がなかったのは縁がなかったからだろうか。


「はじめまして。こいつはコノエ。昨日闘技場で見出して雇った魔剣士です。今日は彼をアリサ様に紹介出来ればと思って伺いました」


「あら、そうだったのですか」と、ケイは意外そうな顔をした。


「先程、サコン殿に使いを出したのですよ。お留守だったので寮の管理人へ伝言を頼んでおいたと報告を受けていましたから、そちらを聞いてお越しになったのかと思ったのですが、どちらにしても丁度良いところ……いえ、お二人にとっては間が悪かったかもしれませんね。姉様は今、留守にしておりますので」


 取り敢えずお二人共お掛け下さいと言われて、改めて着席し、ソファに座ってケイと対面する。

 アリサが留守というのは少し意外だった。俺の見習い期間中、彼女が外出するような用事を抱えたことはなかったし、何となく出不精な印象が形成されていた。社巡りと最後の仕事の件意外、屋敷の外に出ているのを見たことがない。


「サコン殿のことは姉様と兄様から聞かされていましたが、漸くお会い出来ました。わたくしは最近、洛外に出ていることが多かったもので」


 マヤが入ってきて、三人分の茶を出していった。リゼは扉の脇で待機している。


「お忙しいのですね」


「お家の威厳を保つためにも、家中で唯一太陽神の加護を受けているわたくしが頑張らなければならないのです。サコン殿のことは頼りにしていますからね」


 そう言われて「全力を尽くします」とだけ答える。少ない人数で家名を支えるために大変なのだろう。俺には分からない苦悩だ。


「姉様もそう遅くはならないでしょうから、お待ち頂いても良いのですけれど、昨日、サコン殿の新居が見つかったようでして。本当なら兄が自分で案内したかったようなのですけれど本日は忙しく、丁度良いのでこれを機にわたくしも面識を持っておくようにと、案内を任されました」


 それから新居に関する詳細を知らされて、その後、俺とアリサの指導関係がどのようなものだったかとか、見習い生活の様子とか、俺の故郷に関してとか、あれこれと問われては答える時間が続き、紅茶が空になったのを見計らって実際の新居まで連れて行かれることに。

 寮内の荷物が少ないようなら、このまま運び込んでしまおうということで、先にコノエと二人で自室に向かう。彼に手伝ってもらって全ての私物を持ち出した。大した量はないのだけれど、一人ではギリギリ手に余る。俺が書籍の類を抱えて、残りはコノエ。急ではあるが管理人に新居が見つかったようだからと報告すると、鍵の返却を求められ、応じると事務局への届け出も忘れないようにと念を押されて見送られた。


 事務局に寄り、ケイから聞かされていた新居の住所を報告して、それから学院の正門前に出る。リゼが御者を務める馬車が待っており、ケイがそれに乗って待っていた。

 コノエと二人でそこへ乗り込んで、目的地へと出発。

 馬車は正門から南下して、中央へ差し掛かる前に西へと進路を変え、少し進んだら到着する。

 学院から少し距離はあるものの、遠いというわけではなく、中央や西部が近いので市井へ出掛けるには丁度良い。そういった立地だ。


「こちらです。サコン殿は当家で働くマヤをご存知ですよね。その実家ですよ」


「……成程」


「マヤとの関係は説明した上で先方も積極的に受け入れてくれたようなので、そう身構えなくとも大丈夫かと思います」


 シキに任せたのは失敗だったかと不安になるが、あまり話が拗れないよう祈るしかない。娘が当主の命令で関係を持っていると知った上で、俺を受け入れたその親族の腹積もりはどういったものなのか。

 不思議そうに見上げてくるコノエのことは一先ず放置して、ケイと共に目の前の家へ向かう。


 俺のような者の相手を命じられている女の実家と事前に知っていたら、見窄らしいものを想像していたに違いないが、マヤの実家は決して貧しいものではないらしい。門と塀に囲まれた家屋が立ち並ぶ通りのうちの一軒だった。

 開けっ放しになっていたそれを潜り、敷地を窺うと母屋が正面にあって、右手側を見ると小屋が一つ。どちらも造りは東洋系。

 中々立派な住まいに思えた。

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