第26話 コノエ対式神

 式神の扱いを練習したいので、実戦形式で相手をして欲しい。それが主となった魔術師、サコンの頼みだった。

 ただ、本当の実戦のように本気で術者を潰しに来られては困るとも言い添えられる。

 加減して、式神に応戦して欲しいということだ。


 引き受けはしたけれど、果たしてどれくらいの術が襲いかかってくるものなのか予想は着かなかった。本人曰く式神を戦いに用いるのは初めてのそうだが、先程のように当人の予測以上の力が出てしまう展開も有り得る。気は抜けないし、もしも式神にあっさり遅れを取るようならば、今度は僕の存在意義に疑問を持たれてしまうだろう。

 折角、力のありそうな、それも率先して魔物との戦いに駆り出されるのだろう相手と出会えたのだ。この縁は何としても手放せない。


 力のある魔術師の下でなければ強い魔物との戦いにも駆り出されず、力を示す機会に恵まれない。力があっても現場へ立つことへ消極的では、活躍の機会が減ってしまう。

 僕にとってサコンは望ましい相手だった。そしてそんな彼の、最初の従者に選ばれたのだ。

 このまま彼に認められ、支え続けることが出来れば、いつか彼が出世して陛下との謁見が叶うようになった際、同伴させてもらうことも可能なはず。

 欲を言えばきりがないけれど、せめて一目、もう一度肉親の顔を見ることが出来れば、僕はそれで十分だった。


「さて、早速始めようか」


 サコンがポケットから何かを取り出すのに合わせ、僕も剣を抜く。彼は間合いを取りながら、手にしたそれを見せてその用途を教えてくれた。式神の魔術を使う際に助けとなる代物らしい。多様な形をした紙にそれぞれ別な文字が書いてある。

 そのうちの一枚を手に彼は何事か唱え、それを手放す。紙は地面に落ちる前に大型犬へと姿を変えた。こちらに向かってその場でけたたましく吠えるその姿は完全に犬そのもの。

 これが魔術かと、思わず感心してしまった。先程の火球は見た目として派手ではあったが、光景としての不思議さではこちらが遥かに上だ。


 やがて犬は一直線に駆け出して、僕へと襲いかかってくる。

 足へ食いつこうとしてくるそれを回避するのは容易なことで、その力量は実物の犬と多分、同程度。実際に犬と戦った経験はないので推測に過ぎないけれど。

 細かな足捌きで避けたり、跳び下がって大きく間合いを開けてみせたりした後、一度蹴り飛ばしてみたりと対応していく。


 幸いにして余裕を持って対処可能な相手だった。

 サコンは更にもう一枚の形代を手にして、式神を追加する。二匹目の犬が加わって、二対一で追い回されるが、それでも全く焦りは感じない。


「反撃しても宜しいのでしょうか」


「ああ。どの程度の負傷で術が消えるのか知りたい。加減しながらで頼む」


 と言われ、これまでよりも強い力で一頭を蹴り飛ばし、もう一頭の胴を軽く斬り付ける。この程度ならば問題はないらしい。犬はまるで本当の生命かのように血を流していた。

 怯まず追撃してくる二頭へ繰り返し反撃していくと、それぞれ三度目の反撃で姿を紙片へと戻す。片方は感触からして恐らく骨折、片方は首筋を半ばまで裂いた結果だった。犬と書かれたそれらはどちらも破損している。


「どうだ? 流石に犬の二匹程度じゃ余裕か?」


「このくらいでしたら、まだまだ対応出来ます」


 あの二匹の大型犬に襲われれば、一般人なら命取りだろうけれど、魔剣士ならば簡単に相手取れる程度だった。魔物に対しても通じはしないのではないかと思う。

 特に残念そうにするでもなく、サコンは落ちていた形代を手に取って「まだ使えるかな」と、もう一度術を行使。再び犬型の式神が現れたが、それは先程までより一回り大きい。何の合図もなく出現と同時に僕へと襲いかかってきて、咄嗟に回避したが、明らかに先のものより動きが速かった。


 しかしそれでも、実力は僕の方が上だ。それを示す意味も込めて、その犬を一刀両断する。

 地面には真っ二つになった形代が落ちていた。


「ちょっとずつ要領が掴めてきた。まだまだ行けるよな?」


 そう言って次の形代を手にする彼へと頷いてみせると、今度は一度の呪いで二頭の式神が同時に現れる。今回はいきなりけしかけて来られるわけでもなく、彼自身、全身を撫で回しながらその出来栄えを観察しているようだった。

 虎が二頭、姿勢良く座って待機している。

 当たり前だが、犬よりも強そうだ。

 昨日、自分の対戦相手が、自分と戦う前に虎を屠っていたことを思い出した。


 僕もちょっと触ってみたいなと思いながら彼らの姿を眺めているうち「良し、行って来い」と言ってサコンが虎達の背中を叩く。二頭が勢い良く襲い掛かってきた。牙を剥いて飛び掛かってきたその姿に不審な点を見つけて術者の方を見ると「爪は間引いておいたぞ」との言葉。

 気遣いは有り難いが、まだ必要な領域ではない。二頭の虎の猛攻を躱し続けてそれを示す。ただ、犬の相手をしていた頃に比べて、大きく間合いを開けて体制を整えることは増えていた。


「三頭目は来ないのですか?」


「残念ながら、それで殆ど精一杯だ」


 答えを聞き届け、それならばそろそろ反撃に転じてしまって良いかと判断し、魔剣を振るうことにする。

 飛び掛かってきた一頭を迎え撃ち、その胴体を薙ぎ払った瞬間、虎の姿が消える。

 すると奇妙なものが視界に飛び込んできた。


 先程までは虎の影になって見えていなかったのだろう。どうしてその位置にそんなものがいたのか。猫が宙を舞ってこちらへ飛び掛かってきていた。虎がやられる寸前にその背中を踏み台として跳躍したのだとしか考えられないが、どうやって。

 どうにか身を捻ってその攻撃を躱す。それから一旦猫のことは忘れて残りの虎へ対処。猫に気を取られた一瞬の隙を狙って背後から迫ってきていたその爪、というか前足を間一髪で躱して、剣を振るうと虎は紙になる。不思議と手応えが薄かった。斬った感覚がしない。


「やあ、お見事。流石に強いな」と、サコンが先程の猫を抱きかかえて声を掛けてきたので、一先ず気にするのは止め、剣を鞘に納めて彼の方を振り返った。

 不思議さで言えば、その猫の方が疑問だ。


「その子も式神ですよね。いつの間に?」


「虎達をけしかける前に、片方の後頭部に形代を貼り付けておいたんだよ。呪いもない上に手元から離れた状態で上手く発動出来るか自信はなかったけど、どうにか上手く行った。驚いたかい?」


 ちょっとだけ機嫌良さそうに、彼はそう答える。成程、式神というのは随分と応用の利く魔術らしい。


「危うく一撃貰うところでした」


「俺としては最後まで攻撃を掠らせることも出来なかったわけだけど」


「幼少から魔剣士になるべく鍛えてきましたので、獣に遅れを取るわけにはいきません」


「そうかそうか」と答えて、何故か彼は可笑しそうに笑った。

 直後、背中に何かが伸し掛かってきて体勢を崩し、地面に押し倒される。自分の両肩に乗せられているそれを見ると、恐らく虎のもの。


 サコンの方を見上げたら、丁度抱きかかえられていた猫がその腕から飛び降りて、こちらへ真っ直ぐ掛けてくるところだった。爪のない前足で額を小突かれる。

 彼は口元を手で覆い、本当に楽しそうだった。


 もしやと思い伸し掛かってじゃれ付いてくる虎を退けながら背後を確認すると、先程まで落ちていた形代がない。

 攻撃した際の手応えのなさと合わせて考えるなら、こちらの刃によって式神が崩れる寸前にサコン自身の意図によって術を解き、こちらが振り向いて油断した隙に再度式神に戻したということか。

 油断した僕の問題とはいえ、最後に不意を打たれて敗北したのは結構悔しい。


 不満を述べられる道理もないため、仕方無く虎と猫とじゃれ合って鬱憤を晴らした。彼らの一挙手一投足はどの程度まで術者に操られているのだろう。

 少しして立ち上がり、サコンに次はどうするのか問いかける。

 良く見ると、演習場を取り巻くように幾人かの魔術師がこちらを観察していたことに、今になって気が付いた。

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