第16話 書庫

 魔王の社から帰還し、アリサと分かれて寮に戻ると時刻は夕暮れ時だった。一旦自室に荷物を置いて、それから再度外へ。学院に複数設置されている書庫の内、最も近いそれへと向かう。

 司書に魔王に関する書籍について尋ね、複数紹介されたうちの最も新しい一冊を備え付けの座席で読み始めた。魔王の生前、東の先にある大陸を制覇し、都の近海に没するまでの経緯が簡潔に纏められている。それが本の内容の前半分。後半はこの地で神として祀られるようになってからの話が記載されており、魔王の霊魂がもたらしたと考えられる過去の事象について綴られていた。


 圧倒的な魔力を持って生まれた野心家。そんな印象の人物だった。大国の王位を若くして継承し、国内の改革を進めて国力を増強させ、近隣の騎馬民族を服従させると、それからは瞬く間に他国を制圧していったらしい。

 嘘か真か山一つ消し飛ばす程の魔術を行使出来る魔力量だったようで、高祖が彼に勝つことが出来たのは海上にいるところを魔法で狙い撃って、船を転覆させ溺死させるという手段を用いたからだと書かれていた。高祖自身が認めていたことらしい。高祖は大陸東部の出身で、魔王の周辺国侵攻が始まってから比較的早期に滅ぼされた国の人物であり、それからは傭兵として魔王に攻め込まれようとしている国を転々としながら、追い詰められて西の海へ船出するまでの間、幾度も魔王との戦いを経験したという経緯がある。実力差は良く分かっていたのだろう。


 魔王が祟り神となった後は当時の魔術師が総出で祭祀を行い、災いが鎮まるまで凡そ十年を要したそうだ。その間は飢饉と疫病が続き、いっそ都を他の土地にという意見もあったが、当時の感覚ではこの地に拠点を保ち、いつまた来るか分からない東の大陸からの侵略に備えるというのは譲れない役割だったという。執念で怨念が治まるまでこの地にしがみつき、今日へと繋げたようだ。


 祟りに関する記述が終わってからは魔王の神としての事績が載っていて、これまでの彼を崇拝していた魔術師達の身に起きたそれらしい事象が記されていた。多くは普段の実力を大きく超えた力を発揮出来たという典型的な神の加護だったが、遠方の出来事を見聞き出来たとか、道に迷っていたところに影が現れて助けてくれたとか、そういう話もあった。

 魔王は生前、式神の魔術に長けていたことから、そうした奇跡が生じやすいのだろうというのが著者の考察だった。式神を斥候に使っていたらしい。


 一冊を丸ごと読み終えて、それからやってしまったなと思う。今は何時だろう。就寝時間はあまり残っていないに違いない。貸し出しの申請をして自室で少しずつ読むべきだった。

 周囲を見回すと、こんな時間であっても他の魔術師の姿。書庫が一日中開放されているのは無駄でないと分かる。


 本を返却し、式神の魔術に関する本を適当に一冊借り出して、それから寮に戻る。部屋の四隅にある燭台へと手をかざして魔法の明かりを灯していき、椅子に腰掛けて少しだけ式神についての記述を読んでから眠りに就いた。

 翌朝は少しだけ遅くなったが、アリサからの叱責はなかった。






 見習いのうちは見習いとしての学習に精を出すのが筋だとは思いつつ、夜間に少しだけ式神の本を読み進めるというのを繰り返して十日。アリサの部屋で普段通りの学習に勤しんでいると、今日は何かの本を読んでいた彼女が書面から目を離し珍しく語りかけてきた。


「ところでサコン、魔王について書いてある本とか読んだ?」


「一冊だけ読んでみました」


「式神の本は?」


「夜中に少しずつ、読み進めているところです」


「宜しい」と言ってから、こちらの学習意欲を褒められる。実践はしてみたかとも尋ねられ、それはまだだと答えた。


「明日、やってみよっか?」


「良いんですか?」


「うん。ただし、私は式神についてあまり知らないから、貴方が書籍から読み取った知識だけで行うの。本と道具は持参してね」


 それから、と更に話は続く。「これ」と彼女が懐から何かを取り出す。アミュレットだった。


「見習いしながら向こうの社まで通うのも難しいよね。明日はアミュレットをきちんと神様に繋げるかも見てあげるからそのつもりで」


 明日はまず二人で魔王の下を再訪し、それから式神、という流れになるらしい。


「今日は早いけどこれでお終い。帰って明日の準備を済ませたら、早めに休みなさい」


 そうしてその日の学習は終わった。ひょっとしたら俺が連日寝不足気味であることとその原因を見透かされたのだろうか。

 寮の部屋に帰ると早速式神の本を開き、術の行使に必要な道具を確認する。切り抜いた紙に書き込みを加えたものを、取り敢えず複数用意しておいた。上位の式神はこうした形代を必要としないそうだが、こちらは初歩の初歩。最も簡単なものを試してみるつもりだった。


 道具を用立てたのなら別にこの場で実行してしまっても良い気がしたが、折角師匠が試してみようと言ってくれたのだから、それは明日まで控えておく。

 その後はアミュレットの作成に関する知識を復習し、ゆっくりと休んだ。

 翌日になってタチバナの屋敷に向かい、霊廟での祭祀を済ませてからヘレナの操る馬車へアリサと共に乗って魔王の社へと向かう。

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