第14話 神々との相性

 アリサの下で指導を受ける日々は穏やかというか、静かな日々だった。二日目以降は早朝から通い、タチバナの屋敷内にある霊廟で日々の祭祀の実践を行ってから、彼女の自室に籠もりきりで勉強。質問をすれば落ち着いた声音で明瞭に答えられ、反対に俺がつい学習中にうとうとしていても、注意されることはなかった。


 毎日同じ部屋で長い時間、最低限の関わりだけを持ちながら、二人で過ごす。緊張感は直ぐになくなったし、もしかしたらそれは相手も同じなのか、何日も経過すると、彼女は昼食後、ベッドに向かって昼寝するようになっていた。

 別段、軽んじられているといった感覚はなかったが、短い断りの言葉と共に寝台へ向かい、無防備に寝顔を曝す彼女を見ていると、それで良いのだろうかと思ってしまう。時折、本から目を逸らし、その姿を盗み見てしまうくらいには美しかった。平民に見せるものではない気がする。


 因みに昼食は俺にも出されており、アリサの部屋で二人きり、侍女が運んできたものを頂いている。

 俺がこういった日々を過ごしている一方、タダツグとセスは魔術師の巡行に付き添い都を留守にしていた。揃って同じ魔術師の下に付けられたらしい。二人共、洛外は初めてだと言って楽しみにしていた。


 そういう話を聞くと自分の過ごしている緩い日々は大丈夫なのだろうかと心配になるが、知識自体は順調に身に付いているし問題ないはずと考えるようにしている。

 渡された分厚い本の一巡目が終わった頃、いつもの時間に屋敷へ向かうと普段は二階の自室にいるアリサが階段の下で待っていた。傍らには初日、庭先で見かけた魔剣士。赤い髪を後ろで束ねた西洋系の若い女だ。

「おはようございます」と、何事かと思いながら一先ず挨拶を済ませると、アリサはこう告げる。


「今日はお社巡り」


「……承知しました」


 意図を問おうか迷いつつ、一度頷いておく。


「どの神様と相性が良いか、私が見てあげる」


「宜しくお願いします」


 祭祀のやり方を身に付けつつあるのだし、そろそろ誰かしらの神様を本格的に拝んでおけ、ということだろう。魔術師と神が信仰によって結びつくと、時として奇跡的な現象が生じることがある。そうでなくとも魔術に対する後押しくらいは期待出来るそうだ。


「前から気になってたんだけど、サコンがしているアミュレットはどこの神様のもの?」


「故郷にいた頃、拝んでいた祟り神のものです。村を出る前、丁度居合わせたエデンという方が、折角だからこれからも祈るようにと用意して下さいました」


「そう」と短く答えると、そのまま出発する旨が告げられた。


「ああ、彼女はうちの魔剣士のヘレナ。今日は護衛に付いてきてもらうから」


 ヘレナと呼ばれた魔剣士とも軽く挨拶を交わし、それから屋敷を出る。


「まずは三神の社から」


 門を出て、向かう先は学院。都の市中にも社は存在するのだが、学院の敷地にはそれらの本社が殆ど揃っていた。

 三神の社というのは太陽、月、星を神として祀っている場所のこと。魔術師ならば大抵、これらのどれかとは相性が良いと聞く。都で祀られている中では数少ない、自然を信仰対象とした社でもある。


 巨石と祟り神くらいしか祀っていなかったノイルと違って、都の神々は殆ど、かつて人間だった存在だ。その多くは偉大な魔術師。功を成し歴史に名を刻んだ人物が死後、神として祀られるのである。また、功名のためではなく、祟りのために祀られている者もいる。

 タチバナ家のような建国時点から存在する家の初代当主達の社も存在するのだが、それらについてはそれぞれの家の敷地に霊廟が構えられていて、本社ではなかったはず。


 学院の正門を潜り、正面に進んで十字路を通過するとその先に三神の社。

 以前からその存在は把握しており、既に何度か足を運んだこともあった。何となくふらりと立ち寄ってみた程度だが。

 木々に囲まれたその空間へと進んでいくと正面に太陽、その左右に月と星の社が見える。他の参拝者の姿も複数あった。


 アリサから先に進むよう促され、俺が先頭になって進む。背後からは彼女が何かぶつぶつと唱える声。分岐路で立ち止まりそうになると後ろからはっきりした声で「太陽」と言われたので、そのまま真っ直ぐに進んだ。

 社の前で立ち止まり、取り敢えず祈りを捧げる。


「うん。サコンは太陽だね。結構好相性」


 声を受けて振り返った。


「はっきり分かるものなんですか?」


「お呪いとお星様の加護があればね。これからは毎日お参りするんだよ。特に将来魔物退治を任されることがあったら、神様との繋がりが大事になるんだから」


 彼女は星の加護が強い人物と今になって知る。

 太陽の加護が強い魔術師はその性質上戦闘向きで、そのために魔物への対応に駆り出されることが多い。そこで仮に殺し合いとなった場合には太陽の加護を強く引き出せるかが戦況に強い影響を与えるため、生死に直結する問題だった。


 セスやタダツグから聞いている話が正しいのであれば、この時点で将来的に大陸のあちこちに派遣され、魔物と相対する未来がほぼ確定したのだが、アリサは感慨に浸る暇もなく次へと出発してしまい、遅れないようその後に続く。

 それから学院内に存在する、良くも悪くも名だたる魔術師の社を回っていった。名だたる魔術師などと言っているが、一人一人の実際の事績についてまで、俺は詳しく知らない。そういうふうに聞かされているだけだ。


 いずれの社でも、アリサはこれといった反応を示さなかった。特段相性の良い神はいなかったのだろう。


「そろそろ終わりにしよっか。後三箇所巡ったら、お昼食べよ」


 昼食時も過ぎた頃、彼女はそう告げる。

 最後の目的地がどこか、言われなくとも見当が付いていた。三神に並ぶ有名な社が飛ばされている。


「ここまでの社では、どうだったのでしょうか? 誰か、相性の良い方は?」


「これといった場所はなかった。悪いってこともないんだけど。サコンはあんまり、人の神様に好かれないのかもね」


「…………残念です。因みに、残りの三箇所はやはり、王族の?」


「そう。初代から三代目までのお社」


 それからまず足を運んだのは初代、高祖の社だった。東方にある異大陸で魔王と呼ばれた王とその国があらゆる国家を侵略していった際、その大陸の東洋と呼ばれた地域から西洋と呼ばれた地域に至る全ての地域の出身者から構成される船団がこの大陸へと逃れてきて、この地の都の元となる町を築くに至った。その中から王として選ばれたのが、一団の中で最も魔力の強い高祖だったという。

 後年、魔王の船団がこの大陸の征服を目指して押し寄せた際、太陽神の力を借りて船団の全てを滅し、国を守ったそうだ。


 その次は鬼退治の二代目、更に次は竜殺しの三代目。

 いずれも芳しい反応は返ってこなかった。


「駄目。そのアミュレットの神様程相性の良いとこはないみたい」


「ってことは、この神とは相性が良いと」


「知らなかったの? もう大分、良い感じに結び付いてるけど。エデンさんもそれが分かってたから態々アミュレットを用意してくれたんだと思うよ?」


「……そういえば一度、困っていた際に助けられたことがありました」


「これといって好相性の神様がいないことも普通なんだから、例え祟り神でも、気に入ってくれている神様がいるなら心強いでしょ」


 相性が殊更良くないからと言って拝んで良くないわけではないので、俺の方で関心を持った相手がいたのなら崇めておくのも悪くないと、最後に言い添えられる。

 それで一度、神々の社巡りは終わった。

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