第13話 貴族

「やあ、サコン、お帰りー」


「お前の指導員はどうだった?」


 一日中殆ど無言の中での学習を終え、日もすっかり沈んだ時刻になって寮に帰ると談話室で飲んでいたタダツグ、それから同じく見習いで都育ちのセスから声を掛けられた。彼は俺達よりも先にここへ入っており、少し前に識字の段階を終えた人物だ。荷物を抱えたままソファにどっかりと腰を下ろし、話し始める。


「貴族。タチバナって家の、当主のお姉さんだった」


「えっ?」とタダツグが驚き顔。「何でそんな人が?」と続いた台詞に答えたのはセスだった。


「あれだろ? 将来性のありそうな見習いを貴族が囲い込むっていう」


「何それ、初めて聞いた」


「偶にそういうことがあるらしい。サコン、お前占いの結果ってどうだった」


「そういえば、運気が強いとは言われたな」


 タダツグから酒の入ったグラスを差し出され、礼を言って一口飲んでから答える。一方で待ち構えているであろう災難に関しては口にしない。

「へえ。出世出来そう。良いなぁ」とタダツグ。


「タチバナって建国の時代から続く家だよな。でも確か、今は結構ギリギリだったような……」


「ギリギリ?」


 気に掛かってセスに尋ねる。彼は少し考える様子を見せてから答えた。


「人数。当主とその兄弟、それからその母親しか残ってなかったはず」


「それって、そんなに問題?」


「貴族の一族としてはちょっと、数が少なすぎる。先代が姉一人弟一人の状態から二人で子供を三人こさえたわけだから、一応、持ち直してきてると言えなくもないんだろうが……一家に男児が一人しかいないんだから、危ういままさ」


「断絶の危機って奴? 貴族の家のことって今一良く分からないんだけど、男がいなくなると継承出来ないわけ?」


「そりゃお前」と言って一度、セスが言葉を切る。


「まあ、都から遠いとそういう話を聞くこともないか。知ったところで価値もないしな」


 少々世間知らず気味の質問をしてしまったようだ。


「当主の地位自体は別に男じゃなくても継げるけど、問題は血筋を保てるかだ。平民のお家問題程度の感覚だと婿養子でも取れば良いじゃないかって話で済むんだが……、あの人達は近親姦で子供を残すからなぁ。多分、ここを知らなかったんだろ?」


「…………知らなかったな」


「そうやって偉大な祖先の血を保つんだと。確かに、エデン様にロウグ様、ナイア様みたいに、この人が当代随一だって言われてるような人は皆、由緒ある貴族の家柄だから、有効なやり方ではあるんだろう」


 知っている名前が出てきて密かに驚く。村に訪れていたあの魔術師はそれ程の大物だったのか。

 直接触れた際に感じた、あの強い不安は今でも強く印象に残っている。


「それにしても、姉と弟で子供ね」


 良く身内でやる気になれるなと、故郷の妹達を思い出しながら呟いた。高貴な血筋として育つと、また別な見え方がするのだろうか。セスから「念の為言っとくけど、否定的な言及は止めとけよ」と助言を頂いてしまう。


「で、具体的にどういう先生だったのさ。僕のとこは君も見た通りのお爺ちゃんが担当だったけど、まあ、厳しくもなく、甘くもなくって感じかな」


 タダツグが話題を仕切り直した。


「淡々とした人だったな。こっちに興味があるふうでもなく、自分の仕事に没頭してて、祭祀の本を読んで分かんないとこがあったら聞けって」


「結構ドライな人か」


 タダツグはそう述べる。彼のところはまた違った教わり方をしているようだ。


「俺の一人目の担当もそんな感じだったな。実践では割と厳しかったけど。今は二人目の担当に代わったとこで、こっちは手取り足取りって印象」


「で、美人だった?」


 セスの話に構わずタダツグが畳み掛けてくる。「お前、貴族様の容姿の美醜を問うなんて……」とセスが呻く中、美人だったとだけ答える。褒める分には構わないだろう。

 教わる相手の美醜などどうでも良いだろうに何故かタダツグが羨ましがる。


 とはいえ、美人であることはともかく、下手に厳しい人物というわけでもなさそうだし、セスの話によれば自分は目を掛けられている可能性があるようで、アリサが師となったのは俺にとって良い話なのかもしれない。

 これから毎日貴族の屋敷へ足を運んで指導を受けることに緊張の念はあるが、それもいずれ慣れるだろう。


 何にしても早く見習い期間が明けるよう、精進しなければ。

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