第5話 生還

 目を覚ますと天井があった。ぼんやりとした頭でそれを見上げているうち、背中と胸部の痛みが蘇ってきて、眉間に皺を寄せながら小さく呻く。

 さて、何がどうなったのだったか。纏まらない頭で考えているうちに村長である老人の顔が覗き込んできて、驚き身動ぎした瞬間、身体の痛みが一層強まる。


「気付いたか。何やら、大変だったみたいだな」


 言葉の意味を把握出来ず、徐々に頭がはっきりしてきたところで一連の出来事を思い出した。その間、長は何も言わずこちらの反応を見守っていた。

 痛みを堪えながら、身を起こして周囲を確認すると、ここが巨石の四阿あずまやの下だと分かる。その中央で寝かされていて、屋根の外には取り囲むようにして年配の村人達。


「何で、ここに?」


「大きな銀色の犬が、お前を咥えてここまで運んできたんだ」


「あの魔物が……」


「向こうで何が起きたか聞かせてもらえるか? あれは儂らにお前を預けて、後は山を穢すなと言ったきり、直ぐに立ち去ってしまった」


「はい」


 そうして、周りの皆にも聞こえるようにはっきりとした声で、一連の出来事を告げた。ダリ達による魔物の嬲り殺し、その現場を俺と親父が発見して、それからあの犬の魔物が現れた。逃げ惑う中、一人一人殺されていき、俺自身も押し倒されて捕まったところで失神。気が付いたらここにいた。

 皆、一様に重苦しい空気だった。特に、一行に身内のいた人物の顔色は悪い。


「お前があの魔物に生かして運ばれてきた理由は分かるか」


「あれはあくまで、魔物の怨念で縄張りを穢されたと怒っていたので、そのためだと思います」


「だが、一度はあれに捕まったのだろう?」


「ダリ達といた弟を抱えて逃げていたからでしょう」


「……お前の親父はどうした」


「分かりません。あれから逃げる途中で逸れました」


 親父と弟はどうなっただろう。俺がこうして生かされている上、意識がないところを態々運んできてくれるような相手なのだから、親父も殺されていないと信じたい。サマは、難しいだろうが。

 ダリはあの後、きっちり奴の牙で裁かれただろうか。


「日暮れも近い。生きているなら、ダリ達を追い掛けて出ていった皆が戻ってくる頃だろう」


「山の麓まで、様子を見に行って来ます」


「動けるか?」


「歩く程度なら」


 金毛の加護は一時的なものだったようで、傷の痛みはすっかり戻っており、溢れるようだった体力もなくなっている。

 報われなかったとはいえ、弟の危機に駆けつけるのに大きな助力をしてもらった。あの祟り神の社にも道中立ち寄って、礼を言っておこう。それに掃除道具も出しっぱなしだ。

 起き上がって歩き出すと、少し痛いが平気な範囲。


 ただでさえ分厚い雲に覆われた空の下、徐々に暗くなっていく中を西へ進む。するとそのうち、遠くからやって来る集団の影が見えた。思わず小走りになろうとしたところで傷が痛み、引き続き落ち着いて歩を進める。

 しかし集団の中に周りよりも小柄な影を一つ見つけると、思わず痛みに耐えながら走っていた。


「おお、サコン、無事か!」


 こちらの姿を確認した親父が先に声を上げる。その傍らには弟の姿。死体ではなく、しっかりと地に足を付け歩いている。ただ、魔物の咆哮で幾分薄らいでいたあの怨念の気配は元に戻ってしまっていた。


「うん。サマも生きてたか。駄目かと思ったよ」


 とはいえそれは、魔術師が来ればどうにかなるだろう。


「良く分からないが、お前に免じて許してくれたらしい。すまないな。俺は何も力になれなかった」


「仕方ないって」


 言いつつ、弟の無事に安堵して近寄り、その肩に手を伸ばしたところ、相手は怯えたように身を引いてしまう。

 戸惑い、「どうした?」と問いかけたところ、相手は頭を振って「ちょっとびっくりしただけ」と力なく答える。顔を見ると随分泣いた後のようだし、多分、周りにこってり絞られて過敏になっているのだろう。

 一団の面子を見渡して、親父に小さく「他は?」と問うが、首を振られてしまった。


「皆四阿のとこに集まって心配してる」


「……それじゃあ、急いで向かわないとな」


「俺は先に金毛様のとこに寄ってくよ。今回世話になったのに、急いで出てきたから掃除道具もそのままなんだ」


「そうか。行ってくると良い」


 そう言って、親父達と別れる。

 これから襲い来る祟りと増税がどの程度のものになるか、まだ見当も着かない中、原因となった一行から一人だけ生存者を出してしまった我が家への反応はどうなることやら。

 先の心配をしつつ馴染みの社へと一人向かう。


 まあ、近く村を出ることになるだろう自分が気を揉んでも、仕方のない話だ。

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