アンガー・メイジ
赤い酒瓶
第一部 金色の獅子
第一章 旅立ち
第1話 追放
「王家の血筋もここまで衰えたか」
宮殿の一室、生まれたばかりの我が子を抱きながら、大陸全土を統べる王は絞り出すようにそう呟いた。先祖が建国の時代に華々しく力を振るったのも遥か昔、腕の中の赤子からは微かな魔力も感じられず、最早魔術師としての体裁を整えることさえ叶わないのは明らかだった。
「それでも、大きくなれば多少は……」
「いや、これでは到底無理だろう」
精一杯楽観的な展望を抱こうとする王妃に、王ははっきりと否定的な見解を示す。小さな力が幾許かに育つことはあっても、ないものが後天的に生じることはない。魔力とはそういうものだ。
「では、この子はどうなります」
「いずれにせよ、この家には置いておけない」
「…………例え魔術が使えなくとも、私達の子ですよ?」
「魔術師の筆頭として、この国の人々を魔物と祟りから守る、それが我々の、王家と貴族の存在意義だ。それを果たせないと明白なこの子が王族として留まっても、良いことは何もない。我々にとっても、下々にとっても、この子にとっても」
王は表向き、自分が今抱いている赤子、自分達の第二子が死んで生まれたことにして密かに養子へ出そうと妃に告げたが、妃はそれを頑なに拒み、結局、後々になって死んだと偽っても大差はないだろうと妥協して、少しの間自分達の下で育てることとした。
赤子は七つを迎えた後、ひっそりと養子へ出されていった。公には、王子の死が布告された。
大陸の中央に位置し、神聖な巨石を祀って暮らしている田舎村、ノイルの村外れ、そこにかつて村を襲った祟り神を祀る社があって、今日も俺はその社で過ごしていた。供え物を持っていき、祝詞を上げ、境内を清浄に保つ、それが俺の仕事である。
昔に負った傷のために左顔面が醜く歪み、それから何かと村の同年代から攻撃の的にされ、彼らを避けるためにあまり人の近付きたがらないこの場所で隠れて過ごすようになったのが切っ掛けだった。祟り神の生前、つまり魔物に襲われた一件は今でも皆の記憶に新しく、祟りの心配もあって、出来るだけ関わりたくないのである。そんな中で一人だけ、好んでこの場所へ入り浸っていた俺に、大人達は社の管理を任せた。
一通りやり方を教え込まれた後は表立って敷地を独占出来るようになったし、鬱陶しい同年代の連中もここにいる間は寄り付かないので、正直助かっている。
足を運び始めた当初こそ俺自身もこの場所に陰鬱な気配を感じていたが、徐々にそれは薄れていって、今となってはむしろ清浄なものを感じている程だ。
因みに、俺の顔の傷もここの祟り神にやられたもの。奴の爪が振り下ろされる瞬間の光景は未だ鮮明に覚えている。一緒に逃げていた祖母や他の襲われた村民は皆、命まで奪われたが、俺だけは何故か顔面に一撃を貰い、昏倒するだけで済んだのだった。
祖母を殺され、厄介な傷痕も貰ったが、不思議とそのことに恨みの感情はない。神々のやることだ、受け入れるしかない。そんな心境である。恐ろしいとは思うけれど。
一方で、たかだか容姿が醜いというだけの話で小馬鹿にしてくる連中には暗い感情しかなく、珍しくこの社へとやって来ようとしている若い男女の姿を見つけ、俺はどんよりとした心境でその姿を横目に、掃除を続けた。
「おい、サコン、下りてこいよ」
一行の中から一人が社に近寄ってきて呼びかける。普段話しかけてくる際にはいつもニヤけ面をしている男だが、この場所を恐れてか、それとも何か真面目な用件でも出来たのか、今日に限っては少し緊張した面持ちだった。
「はいはいはいはいはい」
小声でそう呟きながら、さてどんな目に合うのやらと不安に思いつつ掃除を中断して立ち上がる。雑巾をそのままに板張りの床をとんとんと踏み鳴らしながら歩いていって、社の階段を下りた。
改めて見ると十人程の、自分と歳の近い男女のグループ。その中には弟も混じっていて、皆一様に表情が固い。
「相変わらず目付き悪いな」
同年代の中でリーダー的存在にある男、ダリが開口一番に悪態を吐く。いきなり容姿への罵倒が出てくる辺り、真面目くさった表情と異なって、用向きは嫌がらせだろうか。数年前までならいざ知らず、今はお互い十五になって、彼も家の仕事の手伝いくらいあるだろうに、そうだとしたら暇なことである。
「で、何か用?」
「今話そうとしてたんだ!」
早々に話を終わらせたくて本題を尋ねてみると馬鹿みたいな怒り方。こういう奴だ。「ちゃんと話聞けよな!」と取り巻き。
「そう」とだけ答えてそれならば話の続きを大人しく待ってやろうと黙っていると、暫し黙って睨みつけてから、舌打ちを一つして相手は話し始める。
「最近魔物が出るようになったのは知ってるな?」
「うん」
西方から新しく魔物がやって来て村の作物に被害を及ぼしていることは聞いている。幸いなことに今の所、人的な被害は出ていないようで、夜中にこっそりとやって来て悪さをしていく辺り、あまり強い個体ではないらしい。
「ぶっ飛ばしに行くぞ。付いてこい」
「いや駄目でしょ」
反射的にそう告げた瞬間、相手の足が持ち上がって、凄まじい力でこちらの胸の真ん中を蹴りぬいた。取り巻きがぎょっとした顔をしているのを見ながら後方に吹き飛ばされて、それから恐らくは社の階段か何かの感触が後頭部を襲う。
「自分のことばっか考えてんじゃねえ!」
そんな謎の罵倒を聞きながら、俺の意識は遠退いていった。
何なんだこいつは。
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