第2話

「くっくっくっ! あなた達、呪詛の儀式を見てしまったのね?」


「呪詛? お婆ちゃんの背中を流してあげているだけじゃないですか」


「そうそう、生徒会長はとっても優しくお婆さんを労わっている。ホントはいい人だったんだ!」


「目に見えた現象をそのまま真実と思い込んでしまう愚か者達め! この老婆は学院一の美ボディと男共が噂しているマリアンヌよ。男どもを惑わす罪を断じる為、魔力を吸い出して一時的にカラッカラの干物にして差し上げたのでございますわ。あっはっはっ!」


 背中を流していた布に魔力を注入し無理矢理に折り畳んで扇子状にしたものを口に当てながら高笑いして見せる。笑い始める直前、お婆さんには「ごめんなさい、少し私のお芝居にお付き合い願えますかしら?」と耳打ちしておいた。


「えっ!? ほんとにマリアンヌなのか。皆が一度は揉んでみたいと願っていたのにシワシワに萎んでイチジクみたいになっているじゃないか……」


「いやーーーー! 私の88cmのバストがこんなになってしまったわ」


 お婆さんは私が小声で言った通りに叫んでくれた。


「88cm、確かにマリアンヌだ! という事は87cmのヒップも熟れ過ぎた桃の様に潰れてしまったのか……」


(胸のサイズで他人を識別するとは……、男って本当に愚かな生き物ね! でも、こんな程度で騙し切れる程度のアホどもで助かったわ)


「ついでだからあなた達の魔力も吸い取ってあげようかしら? 成績の悪い者どもには搾った後のレモンカス程度しかないでしょうけどね。おっほっほっほ!」


 勝利の仁王立ちポーズでバッチりと決まった。恐怖におののき平伏するかと思った男達が何故か突っ立ったままニヤけている、どうも4つの視線が私の首より下の方に向けられている気がする……。


「日頃の行いの良し悪しと身体の美しさは関係ないのだな」


「身体に罪はない」


「いや、何とも罪な身体をしているじゃないか」


「もう魔王と陰口を叩くのも今日で終わりだ。今からマっパレードスポポンヌ様と呼ぼう」


「ん? それ、意味はよくわかんないけど……。マっパレードって何かいいな」


「うん、スポポンヌだ」


 入浴中だったのを忘れたまま、うっかりいつも通りに決めてしまっていた事に気付いた……。


「いやぁぁぁっ~~~~!」


 その時、目の前に1枚の大きな布が現れて私の身体に巻き付き始めた。そして、腰に布切れを1枚巻いただけの男性が岩場の陰から姿を現した。


「美しいものに見とれてしまうのはわからないでもないが、それではレディに失礼というものだよ」


 その口ぶりから察するに晒されてしまった私の身体を隠してくれたのは彼なのだろう。その上、2人の男子生徒と私の間に割って入る形で立ち完全に私の身体を彼らの視界から覆い隠してくれていた。彼の身体からあふれ出る魔力は迂闊な事をすればすぐにでも何かお仕置きの様な一撃を放てる状態にあるのは明らかだ。


「な、なんだ、こいつ?」


「でもなんかやばそうだぞ……。見るものは見たし、ここは大人しく帰ろう」


(見るものは見た、ですってぇ!?)


「待てこの変態ども~~~~!! 天罰を食らうがいい」


「天罰って……。自ら見せたくせに酷い! ぐわぁ~~~~!」


 魔法で記憶を消してやった。これで私の裸が彼らの頭の中に棲み続ける事はない。ホントは消す期間を秒単位で調整出来るのだけど……、それをする余裕もないままにぶっ放してしまった。数時間消えた程度で済んでいて欲しいが何十日も消してしまっていたらどうしようか。まあその時はその時で何とかすればいい。


(あれっ? いない)


 気が付くと突如現れた男性もお婆さんの姿も消えていた。私の瞳の奥には助けてくれた男性の後ろ姿だけが焼き付いていた。



 翌日、朝礼を済ませると学院長から呼び出しを受けた。何でも名誉学院長が視察に来ていて生徒会長である私に挨拶したいのだという。


(我が学院に名誉学院長がいたなんて初耳ね)


 名誉学院長が泊っている部屋の前に立ちノックをしようとした瞬間、ドアが開いた。ノックするつもりでいたのでちょっと前のめりになりながら部屋の中へ駆け込む形になってしまった……。


「私とした事が失礼致しましたわ!」


 転んでしまうのだけは何とか回避して体勢を立て直した。背筋を伸ばしながらそう言った時、目に入ってきた顔には見覚えがあった。


「昨夜のお婆様?」


「背中を流してくれてありがとね、ベルジット前生徒会長」


 湯煙の中で見たのと同じ顔ではあるが昨夜とはどこか様子が違う。名誉学院長という肩書がそう思わせるのか?どこか気品漂う淑女と呼ぶのが相応しい。その傍らにはセントヘレナ学院の制服に身を包んだ1人の男子生徒が立っていた。


(うちの学院にこんな人いたかしら?)


 見慣れない顔ではあったがどこか知っている様な気もする不思議な感覚だった。そのどこかを思い出そうと考えた時、名誉学院長のおかしな発言に気が付いた。


「あの……、先ほど前生徒会長と呼ばれた気がしたのですがどういう意味でしょう?」


「あなたは生徒会長解任という事になりますわね。そしてそこにいる私の孫、ラルスが新しい生徒会長に就任します」


(えっ、ラルスですって? 時折、私を見つめてニヤついている転入生のラルス? いや、全然見た目が違う。もうっ、何がどうなっているのよ!?)


 昨晩、露天風呂に迷い込んで来たお婆さんの正体がうちの学院の名誉学院長だった。そこまではいいとして、私が生徒会長から降ろされて名誉学院長の孫と交代なのだという。しかも怪し気な転入生と同じ名とは。この急展開どこから整理するべきか。


(そうよ、そもそもなぜ私が解任なんかされなきゃならないの?)


「名誉学院長様、このベルジットに生徒会長として何か落ち度がございましたかしら?」


「何一つございません。それどころか生徒達を見事に恐怖で支配して勉学に武術に魔法に勤しむ様に仕向けていると言ってよろしいでしょう。歴代生徒会長の中でも屈指の成果、見事な悪役令嬢っぷりですわね」


「お祖母様、教師達の中には第34代生徒会長ミルサローズに匹敵すると噂する者さえおりますがどうでしょう?」


「……」


 名誉学院長はラルスを一瞥しただけで何も答えなかった。


 ミルサローズ、それは伝説の生徒会長と呼ばれる悪役令嬢の名前。学院創立以来の学生不作年、荒れに荒れた生徒たちばかりが集い1人も騎士を輩出出来ないのではないか?と囁かれた事があったそうだ。そんな絶望的な環境下で徹底した恐怖支配を敷き、最終的には1人の落第生も出さずに全員を騎士叙任まで持って行ったのだという。


「ラルスさんでしたかしら? まさか伝説のミルサローズ様のお名前を出して私めを並べて頂けるなんて恐縮ですわ」


「僕が言っているのではありませんよ。教師たちの評価です」


「では、だからこそ名誉学院長様にお尋ね致します。私がそれなりに評価を頂いているのならなぜ解任されなければならないのでしょう?」


「そうですわね~~、その力が必要だから辞めて頂くのです」


「だから、それでは話がおかしいと申し上げております!」


「必要としているは学院にではありませんよ! 我が一族、このミルサローズの孫にです。ベルジットさん、あなたにはラルスの妻として当家に嫁いで頂きます。よろしいですわね?」


(えっ? ほえっ!? このお婆様がミルサローズ様? ますます話がややこしくなってきたーーーー)

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