帰省(夫にナイショエントリー版)

麻木香豆

第1話

「やべぇな、スッゲー混んどるわ」

 連休ともあって夫の剛士の運転で彼の実家に帰省する。薄暗かった空があっという間に晴れている。彼の仕事終わりに少し寝てから早めに出たもののみんな考えることは同じだ、ものの見事に渋滞に巻き込まれた。長い列に彼はイライラしている。

 次のサービスエリアでコーヒーを買ってあげよう。タバコも吸って少しは上機嫌になるだろうがまだ距離はある。私は高速道路には不慣れで実の所免許を取る時以来乗ってない。


 ほっとするのは二歳になる娘の穂乃果が隣のチャイルドシートでスヤスヤ寝ていることだ。次のサービスエリアはまず娘のおむつを変えて、私もトイレに行き、コーヒーはそれからかな。子供がいるとやはり優先は小さな娘である。

「剛士、運転変わろうか?」

「ええわ、沙織、お前もえらいやろ背もたれ横に倒しやーよ」

 実の所これ以上もう倒れない。けど私は笑顔で返す。

「大丈夫、次のサービスエリアまでなんとかなる」


 私は大きなお腹を撫でる。もう8ヶ月になる。このお腹で長旅も大変だがもしものことを考えていく先々の病院はチェック済みだ。でももしもの時に受け入れてくれるかどうかは私にはわからない。そんな状態なのに向かっているのは……あの人たちからの熱いラブコールがあったからだ。ラブコール、と言っても私からしたら迷惑コールだ。


 そう、剛士の両親。私にとっては義父母にあたる。顔を思い出すだけでも嫌になる。頭が痛くなる。

 私はこんなお腹だし、娘もまだ小さくてこんな長旅初めてに近いし、剛士は仕事から帰って一日くらい休みたいのに日にちを勝手に指定されて2泊3日しろって……。まぁ2泊3日も訳があってその次の日すぐ剛史は仕事が入ってるからなんだけど、だったら1泊2日にしたいところだが。


 なかなか進まない車の中で私は平気な顔してそうでもない。そんな中過去のことを思い出してしまう。吐くことはないが気持ち悪い。つわりでさえも気持ち悪くて吐けない体質の自分に恨んでしまう。ここで一発吐いたら妻が吐いた、帰るで終わるのに。

 いやそうなってもこの渋滞の車内で吐いたところでどうにもならないし、夫しか運転できないし、そこで穂乃果が泣いたらゲームオーバーだ。

 あ、また剛士が、イライラしてハンドルをバンバン音楽に合わせて叩いてる。も少し静か曲を流してほしい。いくら胎教にクラシック聞かせても聞かせなくても同じと言うのはわかってるけど娘が寝てる時にロックは無い。でも、子供向けの歌は眠くなるし私も飽きた。今は運転してる彼の尊重をしなくてはいけない。


 そんな無理ゲーさせてまで帰省させる義父母。こんなのはわかってもいたけどね。彼らはそういう人たちなんだ。


 帰ったところで周りに自慢したいだけなんだ。親孝行してくれる息子、孫を産んでくれた嫁、そして可愛い可愛い孫を。


 いや一番は孫だろう。孫を見たさに呼び寄せたんだ、あの人たちは。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る