A VICTIM 〜搔き乱れる様々な事情や各々の心情、それらがぶつかり合う〜

あばら🦴

第一章 悪意無きトリックスター

六月十三日

ベンシー-1 夜九時ほど。その住宅街の一角はいつもなら街頭の光すらも薄く静けさに包まれるはずだった

 夜九時ほど。その住宅街の一角はいつもなら静けさに包まれているはずだったが、しかし今日は激しい衝撃音が鳴り響いていた。

 そこには二人の高校生の少女と、人間の身体を三メートルほどに歪に巨大化させた化け物がおり、少女二人はぼろぼろになりながら化け物と戦い合っている最中であった。化け物の方も満身創痍で、大幅に人間離れした動きを見せる二人を相手に苦戦している様子だ。


「はあっ!」


 と、棍棒を持った方の少女が走って飛びかかり化け物に攻撃を加えようとする。だが化け物は異常に伸びた腕で振られた棍棒を受け止めると、逆の腕をしならせて少女を殴り吹き飛ばす。

 棍棒を持った少女は背中からめり込むように家の塀に衝突して気を失った。


 刹那、今度は化け物の巨体が右に揺れる。もう一方の素手で戦う少女に横から殴られたのだ。およそ人が出せない威力のパンチに化け物は顔を強ばらせる。

 少女が逆の手で二発目のパンチを放つ。速すぎる動きに化け物はよろめいた身体を立て直す時間も無い。

 ズドンと化け物の腹に当たった少女の拳は勝負の決め手となるのに充分だった。

 腕を戻した少女は息を切らしながらも化け物を強く睨みつけて言った。


「ベンシー! これで……もう終わり……!」

「くっそ!」


 化け物がそう言うと次の瞬間、化け物の身体が急速にしおれていく―――というよりは元の人間の姿に戻っていく。それと相対するように化け物の身体から勢いよく黒い煙が噴出し、その煙は意志を持つように固まって動く。

 もう煙が出なくなると化け物の姿だったものは気絶した普通の人間の身体に変わっていて、既に少女の目線はその人間ではなく煙の方に向けられていた。


「待て!」


 少女が煙を追いかける。

 煙は一直線にとある場所に向かっていた。今さっきたまたまこの戦いを目撃した通りすがりの一般人。その一般人は迫ってくる煙に「うわっ!」と驚いて逃げようとするが、煙の速さがそれを許さなかった。


「お前の身体を借りるぞ!」

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