【プロローグ】


 日本庭園。初夏の日差し。

「……礼介れいすけさんのこと」

 上等の着物を召したご婦人が、制服姿の少年に話をしている。二人は、池にかかった橋を渡っているところだった。他に人の気配はなく、響く鳥の声や流れる小川の音が、余計に静寂を際立たせていた。

「ずっと籠りきりでいらっしゃるのよ。あれじゃとても、脳に悪いわ。それで、貴方なら、どうかと思って」

「僕がですか」

 少年は不服そうな声で返事をする。

「ええ。あの人、子供なら好きだから。それに大人が行っても、追い返されるだけよ。私でも駄目だったんですもの」

「………………子供好きってのも、昔の話ですよね。今は違うんじゃないですか。会ったことないし。それに僕なんかが、」

「貴方の憧れでしょう? 彼」

「昔の話です」

「今もあの人の本質は変わらないわ」

「……………………」

目解めどき家の家訓は?」

「…………………………人に優しく」

「お願いね」

 少年は最初から断れないのを知っているから、すぐに分かりましたと言った。そうして、きっとこの先、これ以上の美しい人は己の人生に現れないであろうと確信させる女性が微笑むのを、チラチラと盗み見ていた。

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