31 最後の切り札

俺とバッカスが睨み合った後、初めに動いたのはバッカスだった。


「死ねぇぇ!」


バッカスは先ほどと同様に剣を振りかぶった状態で馬に乗ったまま駆け出してくる。


「ふん、同じ手が通用するかよ」


俺は迫ってくるバッカスの乗っている馬に右手を添え――


『ホーリーレイ!』


――中位の聖魔法を行使し、バッカスが乗っている馬の足に光の光線を放射する。


「ヒヒーンッ」


――ドサァッ!

足に傷を負った馬はバッカスを放り出して倒れ込む。


「グァッ!!」


盛大に放り出されたバッカスは地面に落ちる。

その間に俺は倒れた馬に近づき、傷ついた足を治療する。


(……すまんな、乗っていたバッカスを恨め)


馬の治療を終えた俺は、馬から落とされ地面に這いつくばっているバッカスに視線を戻す。


「お前、さっきから俺を見下ろし過ぎだ。……ほら、立てよ」


俺はバッカスを見下ろしながら問いかける。


「ぐぅ……おのれ!!! 魔法が使えるからって調子に乗るなよ!!」


バッカスは起き上がると、俺に向けて駆け出してくる。


「ふん。……だったら、その魔法ってモノを存分に味わせてやるよ!」


俺は迫ってくるバッカスに右手を向け――


『インフェルノ!』


――最上位の火炎魔法を放ち、バッカスを灼熱しゃくねつの業火に包ませる。


「グアアアアアアァァァッ!!」


業火に包まれたバッカスは火だるまの状態で踊り狂う。

このままだと、さすがにアレなので俺はすかさずバッカスに右手を添え――


『タイダルウェイブ!!』


――最上位の水魔法を行使し、バッカスを含めた背後に待機している兵士達に大量の大波を激突させる。


「「「「「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」


火だるまのバッカスは鎮火し、多くの兵士は大波に飲まれて遠くへ流されていく。

数人の兵士と、燃えてボロボロに変形した鎧のバッカスがその場に残る。


――コトンッ

すると、バッカスの焦げて変形した鎧から気色の悪い禍々しい顔の仮面が落ちる。


(……ん? ……なんだあれ)


「はぁ……はぁ……クソ! ……なんという力だ……」


そう呟くバッカスも自身の鎧から落ちた仮面に気付く。


「……っ! ……ふふ……ふふふ……アーッハハハハハ!」


気が狂ったのか、急に笑い出すバッカス。


「何が可笑しいんだ、バッカス!」

「ふふ……使うことなど、無いと思っていたが……最後の切り札というものは用意しておくものだな、アーノルド」

「最後の……切り札?」


そうバッカスは呟くと、地面に落ちた気色の悪い仮面を掴む。

すると、大波に飲まれながらも残った少数の兵士が声を上げる。


「……っ! バッカス様、なぜそれを持ち出しているのですか! 危険です、すぐに手放してください!!!」

「黙れ!!! ふふ、今こそこの仮面の力が必要なのだ……私は悪魔に魂を売るぞ、アーノルド!!」

「させるかよっ!」


俺はすかさず右手をバッカスに向けて――


『ウインドインパルス!』


――最上位の風魔法を行使して、風圧による衝撃波をバッカスに放出する――




――が、俺の魔法発動と同時にバッカスは手に持つ気色の悪い仮面を顔に付けてしまう。

すると、瞬く間にバッカスは漆黒の闇に包み込まれ――


「グアアァアァァァッァァァァァァァァ!!!!」


――俺の風魔法を全てかき消し、漆黒の闇の中からバッカスの断末魔のような奇声が辺りに鳴り響く。


「……う、うるせぇ!!! なんだよ一体!!!」


俺は訳も分からず、後ろに控えていた兵士に尋ねる。


「おい!!! これはどういう事だ!」


すると、一人の兵士が話し出す。


「……あの仮面は、大昔に世界を破滅させようとした魔王を封印していた仮面です……厳重に保管していたはずなのですが」

「はっ?! 魔王だと!? なんで、そんなものを持ち出しているんだよ! あのバカ野郎は!」


俺は吐き捨てると、すぐにエイルが慌て始める。


≪……っ!? ……あ、アーノルドさん。だ、ダメです……あれは!! すぐに止めさせないと!≫

(なんだよエイルまで。さっきも魔法で防ごうとしたけど、打ち消されてしまったんだぞ?)

≪うぅ……そうでした。……あ、あれは、大昔に私達が封印した魔王なんです!≫

(なんだと!? ……ってか私達って……お前以外にも仲間がいたのかよ)

≪はい、戦いを終えた私たちは寿命を迎える前にそれぞれの精神体を宝玉に封じ込められて各地に保管されていたんです!≫

(……その内の一つの宝玉を俺が割ったという事か)

≪そうです! ……懐かしいですね~……って、懐かしがっている場合じゃないです!≫


エイルが自分自身に突っ込んでいるのを聞き流しつつ、バッカスを包み込んでいた漆黒の闇が収まっていくのに気づく。


(……どうやら、終わったみたいだな)


漆黒の闇の中からバッカスの姿を現し、全身が漆黒の鎧に変わっていた。

凛としたたたずまいで周りを見渡す。


「……ふふ、とても気分が良い」


そうバッカスは呟くと、大波で流された大勢の自軍の方に右手を向け――


『ヘルズ・ゲート』


――最上級の邪魔法を行使し、大勢いる自軍の上空に漆黒の球体を出現させる。


(……魔法だとっ!?)


地平線を埋め尽くすほどいた兵士達を一瞬のうちに黒い球体は吸い込んでいき――


「……い、いやだ! 死にたくない!!!」

「「「「「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」


瞬く間にカンク軍からは断末魔のような悲鳴が鳴り響き、辺り一帯の兵士は漆黒の中に吸い込まれて消えていった。

こいつ……俺が以前使った魔法と真逆の即死魔法を使いやがった。


「……嘘……だろ」

≪……酷いです。……ですが、まだあのバッカスさんという方の中で微かに魔王の存在を感じる程度で、完全に魔王は復活していないようです≫

(……ってことは、俺とエイルのような状態って事か?)

≪完全に魔王に乗っ取られていないようなので、おそらく……そうなのでしょう≫


俺がエイルとやり取りをしていると、周りにいた兵士達が怯え始める。


「ヒィィィ!!」


周りにいた少数のカンク兵もすっかり腰が抜けて立ち上がれないようだった。

そんな兵士達には目もくれないバッカスは、自身の手のひらを見つめて呟く。


「ふふふ……なるほど。……これが力というものか」


俺は最大限の警戒態勢を保ちながらネルド村に右手を向け――


『セイント・ホーリーウォール!』


――最上位の聖魔法の防御結界をネルド村に張り、戦闘の被害が及ばないようにした。


「……おいお前、自国の兵士を殺すなんて……気でも狂ったか?」

「ふふ、酷い良い草だな。……丁度よく私が手に入れた力を試せる対象がいたまでの事だ」


俺はその対象がネルド村じゃなかった事に心底安堵する。


「そうかよ。……それじゃ早いとこ始めようぜ。……こいよ、バッカス!!」

「ふふ、いいだろう。手に入れた力でお前を消し炭にしてやる!!」


こうして俺と魔王の力を得たバッカスとの最終決戦が始まった。

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