3 小さな助手

奥に入ると診療室に通され、白い簡易的なベットがあった。

寝かせようとすると、オイドが患者服を持ってきた。


「アーノルドよ。その汚れた服装で寝かせるのも良くないじゃろう。これを着させるのじゃ」

「……そうですね。ありがとうございます」


俺はオイドから患者服を受け取ると、亜人族の少女がまとっていたボロ布をはぎ取る。


「ほうほう……綺麗な肌をしておるのぉ」

「……あの、変な目で見ないでくれますか?」


オイドが言う通り亜人族の少女の体は綺麗そのものだ。

だが、それは俺が既に治療をしているからであって、拾った時の状態を見たらオイドも驚いていただろう。


(……さて、こんなもんか)


俺は少女にオイドから貰った患者服を着させて、白い簡易的なベットに寝かせる。


「して、アーノルド。この少女は拾ったと言っておったが?」

「はい。このネルド村に来る時の道端に捨てられていたんです」

「……ふむ、なるほどの。ここらではそういった話は多いからのぉ」

「そうみたいですね」


お金が無いと悪魔の囁きにも耳を傾けてしまうのだろう。

ま、それで誰がどこで野垂れ死にしようが俺には関係ないが。


(……俺の目が届く場所以外での話だけど)


偶然拾ったのだが、俺の前で死なれるのは御免だ。

俺は着替えさせた少女に毛布を首元までおおわせ、オイドに視線を向ける。


「それで、今日からこの医療所に俺も勤務させてもらいますが、俺の住まいはどこにあるんですか?」

「あぁ、この医療所じゃよ」

「……は?」


思わず気の抜けた声が出てしまう。

オイドは診療室から出て通路の奥の方を指出す。


「この通路の奥に住宅区域があるんじゃ。そこに住むと良い」

「……そうですか。ちょっと見せて貰っていいですか?」

「よいぞ。こっちじゃ」


俺はオイドに案内され、奥へ進むと超絶狭い部屋に案内された。


「ここじゃ」

「ここじゃって……めちゃくちゃ狭いじゃないですか!」

「我慢するのじゃ、この部屋ぐらいしかないからの」


俺は案内された部屋を再び見る。

人一人が横になったら両壁に足が付くような広さで小さなテーブルしかない。


(……こりゃ、早々に改装しないといけないな)


俺はそんなことを考えながら手荷物を超狭い部屋の隅に置き、亜人族の少女を寝かせている診療室へと戻る。




診療室に戻った俺は寝ている少女の顔を覗き込む。

すると、少女は目を開けて俺と目が合う。


「……お、起きたか」


――ガバっ!

少女は勢いよく体を起こし周りを見渡し、自身の体を確認する。


「……あぁ、ケガしていたみたいだから俺が治しておいたぞ」

(ケガ、というレベルの代物ではなかったが)


自身の体が治った事に信じられないような表情を浮かべた後、俺に視線を向けてくる。

そして次の瞬間――


――ムギュッ!

思いっきり抱き着いてきた。


「いや、なんだよ急に!」

「ふぉっふぉっふぉ、どうやら懐かれたようじゃな」


少女は小動物のようにしゃべる事なく、俺を放そうとしなかった。


「おい、いい加減……放してくれないか?」


少女は顔をブンブンと左右に振る。

どうやら、俺の言葉は理解できているようだ。

なので――


――ガバッ

俺は少女の両肩を掴み、俺から強制的にはがす。


「……お前はどこの誰なんだ?」

「……」


少女は俺の顔をただボーっと見上げているだけだった。


「どうやら、この子は話せない様じゃな」

「……話せない?」

「うむ、精神的にひどい目にあった者がよく発症する症状じゃ」


俺は少女に視線を戻し


「……そうなのか?」


と、問いかけると少女は上下に顔を何度も動かす。

体の傷は俺の魔法で治す事は出来たが、脳の治療は出来てなかったようだ。


(……いや、厳密に言うと”したくない”というのが正しいが)


俺の魔法を使えば脳内の治療もできるが、人道的に手を出すことはしないおきてを自らに課している。

こればっかりは、時間が解決してくれるのを待つしかないな。


「アーノルド。して、この子をこれからどうするのじゃ?」

「……拾ったのも何かの縁なので、俺が世話を見ようと思います」

「ふぉっふぉっふぉ、それは良い。一気に若い青年と若い少女が増えて老いぼれとしては何よりじゃ!」


笑いだすオイドを横目に俺は少女に問いかける。


「おい、お前の名は?」


少女は俺を見つめながら口を開く。


(……ら み り あ……ラミリアか)


――ぽふっ

俺はラミリアの頭に手を置きながら話す。


「ラミリア。働かざる者、食うべからずだ。今日からお前は俺の助手だからな」


ラミリアは無表情のままバッと両手を上げて――


――ムギュッ!

再び俺の腰に抱き着いてきた。


「いや、だから放せって!」

「ふぉっふぉっふぉ、これから賑やかになるのぉ」


オイドは俺達のやり取りを白い髭を摩りながら眺める。

こうしてオンボロの医療所に到着した俺の生活は、小さな助手を持つところから始まったのであった。

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