僕はカラカルの森の店で刺さらない推理をする

嬌乃湾子

ー起

雨の匂いのする通り道、ポツポツとクリアブルーの傘を弾く雨音。

足元に続く新緑と星のように散りばめる花を道なりに通ると、淡い紫色の白詰草が隅に咲く一軒の店が見えた。


滴の垂れた傘を閉じて扉を開くと中は幾つかテーブルが並べられ、ちょっと寂れたレストラン風の内観。その奥で僕と同い年の一人の少年が後ろ向きで何かをしている。



僕の名はマヌルで彼は幼なじみのジャコウ。この店はかつてジャコウのお兄さんのカラカルさんの開くお店だった。


その近くまで来ると苺の甘い匂いが漂い、僕に気づいたジャコウは鍋をかき混ぜながら言った。


「なんだい。マヌルネコのようにじとっとした目で僕を見て」


「名前の通りのこの顔は生まれつきでね。君こそ、こんな所で何やってるんだ」


「見れば解るだろ。庭のプランターから採れた苺を蜂蜜を入れて煮ているところだよ。店に売られているのよりはいまいちだろうけど、こうしたら絶妙な美味しさで今度はこれをカラメルのプリンにしようと思ってるんだ」


挿絵(近況ノートより)

https://kakuyomu.jp/users/mira_3300/news/16817139555516314980


鍋の中を覗き込むと、苺が音を立てて赤く透き通りながら煮込まれている。僕は思わず唾を飲むと、彼は自分の作ったものを見つめる僕に恥じたのか慌てて隠すように背を向けた。


「‥だけどこんな事をしても無駄だって言いたいんだろ。これは試作途中だから人に出せるものではないよ。兄の居なくなった今、もうこの店は終わってるし」


この店の主人でジャコウの兄だったカラカルさんの作る料理はとても美味しく、街から離れた森の中でも客足が途絶えなかった。


しかしある日突然、カラカルさんが店の中で亡くなり閉店せざるを得なくなった。

それでも兄の店を守りたいと未成年のジャコウが継いだんだけど、それからはこんな店に人が来る筈もなく、近くに出来た流行りの店に客足は移り、更に気ままなジャコウに務まる筈が無いと街の人たちは彼を咎めた。



「カラカルさんは尊くて手が届かない存在だけどジャコウ、君は近親感が持てる。誰も居ないのなら自分のペースで色々考えながらやれるだろ」


僕は精一杯のお世辞を言ったつもりだったけど彼はつっけんどんとした表情で言った。


「そうやって煽てても無駄だよ。

それに今日は、君の相手をしている暇は無いんだ」



「そーぅだよぉおーー」


それを聞いたかのように声がすると、雨音と共にドアを開けて誰かが入ってきた。


「この店に私たちを呼びだしたのは君かねぇ?ジャコウ君」


現れたのは高貴というより高圧的な雰囲気を醸し出すベンガルさんとその隣には妻のロゼットさん。


「はい」


不躾ぶしつけに答えるジャコウにベンガルさんは大きなため息を吐いた。


「君、色々呼んだらしいけど他の人は来ないよぉー?。彼のお陰で私はとんだ目に合っているのだか」


「そんな事はない」


続けて入ってきたのは、この店の従業員だったボブさんとミーアさんだった。ボブさんは厳しい顔つきでジャコウに進言した。


「私も言いたい事があって此処に来たんだよ。君は何時迄この居なくなった兄の店で遊んでいるんだ」


「まあ、皆んな座って」


ジャコウに促され皆んな一つのテーブルに座ると、彼はグラスと店に放置されていたワインを取り出し、コルクを開けながら言った。


「今日、大人の貴方たちを呼んだのは聞きたい事があったからです。此処にいる皆さんがこの店にいたあの日、誰のせいで兄が殺されたのかと」


「お前!!」


ベンガルさんは憤るようにそう叫ぶ立ち上がるとジャコウに罵声を浴びつけた。


「こんな曰く付きの店、買い取ってやるから早く売り払え!ロゼットが止めなければとーーっとと潰して土地開発を進める筈だったんだよぉお!!」


「僕はただ、真実を知りたいだけだ」


ジャコウは藍色の目、暗く沈んだ目で彼らを睨みつけている。


「ちょっと待ってよジャコウ、落ち着きなよ」


「マヌル、君には解らないだろう。突然兄を失った僕の気持ちが」


彼は突然兄を失った事が信じられなかった。

その気持ちは解るよ。

しかし疑心暗鬼に駆られているジャコウの心を鎮めさせてみようと思いつくまま言葉を出した。


「じゃあ何とかして解決してあげようか」


「えっ?」


そう叫んだと同時に皆んなの視線を浴びると、ジャコウは僕を睨みつけた。


「君が?そんなの出来っこないよ」


「賭けてもいいよ。僕、カラカルさんが何故亡くなったのか解決してみるよ」


君にはやって欲しい事があるんだ。

僕の心はある意味不純だけど‥君の為に推理するよ。




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