「正しいドミノの倒し方」読了しました

伊野尾ちもず

「正しいドミノの倒し方」読了しました

「正しいドミノの倒し方」

著:岩堂草子


 この物語は、ある大学病院に勤務する医療関係者たちが一次予防医療を浸透させようと奮闘する話である。

 予防医療と言うとなんだか地味なテーマに思えるが、ここまで華やかに描けるものなのかと驚いた。臨床医だけでなく、歯科医師、看護師、薬剤師、医療事務、医学博士など実に多様な職種の人たちがそれぞれの場所から挑戦する姿に胸が震える。講演会など大規模なものから、待合室のポップや何気ない声かけに至るまで、ありとあらゆる方法を駆使してメッセージは常に伝えられている。その一つ一つに物語が詰まっているのだ。


 オムニバス形式で7つの話があるが、私は特に3つ目の「酒は百薬の長」が気に入った。

 まだ検査結果が基準値を超えてはいないものの、今の生活習慣を続けていれば必ず病気になると結果が出た患者の島崎。でも当の本人は酒を飲まないとやってられないのだと言い、会社の愚痴をこぼすだけで一向に改善しようとしない。相手のペースに飲まれて何も言えなかった研修医の美作みまさかが「救える命なのに、本人が望まなければ医者は何もできない」と自身の不甲斐なさを嘆きながら1人呟いた言葉が刺さった。

 現役医師の岩堂氏だからこそ書けるのであろう、医師(副音声つき)と患者のリアルな会話。現状を直視せずのらりくらりとその場凌ぎを続けたい患者にどう接すれば良いのだろう。研修医・美作の葛藤だけでなく、患者・島崎の背景にある優しき哀愁まで表現しきっているので板挟み感と切なさが倍増する。1章と2章の話が明るめの話だっただけに少し堪えたが、暗くなりすぎないところが岩堂氏の凄いところだ。


 医療小説であると同時に豊かな人情噺とも言えるこの作品は、疲れた心にオアシスのごとく存在する何度でも読みたい小説だ。全体を通して明るい印象だが、ほろりと泣かせる話も、医療現場のリアルな苦しさもしっかり描いている。これほどの絶妙なバランスの作品に仕上げた岩堂草子氏の力量はかなりのものと思う。「正しいドミノの倒し方」が出版されてから数年経過しているのに次作を見かけないのが惜しいところなので、今後の活躍に期待したい。


 ところでこの小説のタイトル「正しいドミノの倒し方」は医療小説にしては不思議な名前だと思う。

 どうやら「メタボリックドミノ」という言葉があって、悪い生活習慣をきっかけにドミノ倒しのように進んでいく病気達のことを指すのだそうだ。例えば、肥満→高血圧→糖尿病→透析や失明等、と進んで行くように。

 メタボに限らず、生活習慣を改善するだけでリスクの下がる病気は多々ある。あとがきによれば、この本が書かれた当時、日本人の死因TOP3は1位ガン、2位心疾患、3位脳血管疾患だったらしい。いずれも正しい生活習慣をしていればリスクを抑えられる病気であり、岩堂氏は現状を憂えてこの作品を書いたそうだ。その心が凝縮されて作品の中に満ちているので、読み終わった時にはちゃんと生活に気をつけようと姿勢を正したくなるだろう。

 なぜ「正しい」とついているのかは、是非本書を読んで確認して頂きたい。


 ともあれ、岩堂草子氏は一時予防医療を題材にしたことで、医療小説に新たな風を招き入れたのだと思う。こういった作品が他でも書かれることを私は期待する。

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