2022/10
第1週 コール
青空はない。心地よい風も、芽吹く植物も何も無い。
ここは、文明の途絶えた最果ての街。
長い旅路を歩きに歩き、ようやく辿り着いた神父と牧師は、謎の開けた場所に腰を下ろした。恐らくかつては、芝に覆われた公園か何かだったのだろう。乾燥しきった砂は、水すら拒絶するほど硬い。
「こんな所に、まだ人がいるのかなぁ。」
「『俺ら』が歩いてこられたんだから、少なくとも何かしら居るんだろ」
「『僕ら』がそもそも、一瞬で移動出来ないことがおかしいよ。信仰があれば、
「ははは、ダンテ・アリギエーリには悪いことしたなァ。夢も希望もへったくれもなく、「うるせー! 知らねー!」って行って、文字通り吹き飛ばしたからな。」
「その後被害者たちがいる所にも、「うるせー! 知らねー!」で通したあたり、流石だと思うよ。
「褒め言葉として受け取っとくよ。」
そう言って神父は、湿気も残っていないウィスキーの空き缶で、酒を飲んだ気分になった。牧師はため息をついて、周囲を見回した。
人々が愛想を尽かして立ち去った、いわゆるゴーストタウン。誰かの信仰が無ければ存在を保つことが難しい自分たちが『呼ばれた』。そこには何かしらの
ここは、『無』だ。神が
神父もまた、一体誰が自分たちを呼び寄せているのか、考えていた。
信仰のあるところ、遍く我らは現れる。
それなのに、今回は『現れる』ことが出来なかった。『行く』ことしか出来なかった。平素であれば、祈りがされる前や、捨てた信仰の前にすら現れることが出来るのに、だ。
誰かが『探して』いるのだ。
ただ、『行ってくる』と言うと、何か思うところがあったようで、
「帰っておいで。」
と、三人は送り出してくれた。
「気配を探るだけじゃダメだな。やっぱり直接見て―――。」
「待て、―――煙の匂いがする。」
「火事? どこも煙は上がってないけど。タバコの類? 流石ヤニカス。」
「うーん、どちらかというと焚き火に近いような…。手がかりもないし、行ってみるか。」
「誰かいたらいいんだけどなあ…。」
牧師はそう零したが、すぐに気持ちを切り替えて、神父の後をついて行った。
辿り着いたのは、朽ち果てた寺だった。小さな石の箱の中に、今にも消えそうな火が、必死に訴えている。
―――消えたくない。消えてはならない。僕達私達は、永劫消えてはならない。
―――ゴミでもなんでもいい、燃やすものを下さい。俺たちおらたちは、絶対に消える訳にはいけない。
「ああ…『お前』か。『俺たち』を呼んだのは。」
「僕には言葉は分からないけど、この火が必死だってことは分かるよ」
牧師はそう言って、早口で祈りを唱えた。そうでもしないと、祈りを全て聞く前に、火が消えそうだったからだ。
「2人呼ばれた理由もこれだな。多分、取り出すと消えるから、担いで行って欲しいんだろ。」
「ヒェッ…。」
「さっさと運んでやろうぜ。」
滅びの炎の分火はもう終わり。
燃え盛る神の愛の炎が、悲しみを焼き付くし、無念を癒して、心を暖めるだろう。
だから、『俺たち』を、呼んだんだよな? 仏教でも、神道でもなく、『
※
「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰り返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない」
―――1952年8月6日
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