第4週 さつきぼとけ
第4週 さつきぼとけ
801:神も仏も名無しさん
勝手に投下していくわ。
俺の名前はサツキと読む。男。三十歳。ちな、誕生日は九月なので5月生まれでは無い。
俺の一族には変な伝説があって、それに纏わる因縁地味な不思議な話があるから聞いて欲しい。
女みたいな名前って言うので、小さい頃はよく虐められた。それだけじゃなくて、親戚にも「さつき」っていう発音の子が結構いるのよ。同姓同名な。さつき、サツキ、皐月、五月、咲月なんていうハンドルネームみたいなのもいるし、茶津紀とかみたいなちょっと教養っぽい名前もある。男も女も問わずだ。
で、小学校の時だったかな。自分の名前の由来を聞いてこいっていうよくある宿題があったわけよ。俺半泣きで親に聞いたのね。そしたら父ちゃんが教えてくれた。
父ちゃんの家、つまり俺の一族だけど、俺の一族には「さつきぼとけ」っていう不思議なお釈迦様の伝説があるんだって。切支丹の一族なのに、このお釈迦様だけはサンタマリヤと同格で奉ってる変な一族なんだ。
802:801
戦国時代くらい、俺の一族にとある娘がいたんだってさ。その娘というのが、何らかのタブーを犯して、村の者に殺されかけた。
そのタブーっていうのが何なのかよく伝わってないんだけど、何でも俺の地元に宣教師が流れてきた後だって言うから、多分切支丹由来のタブーなんだと思う。
で、衆人環視の中、殺されようとした、まさにその時。娘を、金色に輝くお釈迦様が護ってくれたんだ。外から来た神さまの使いから、日本に元々いたお釈迦様が護ってくれるとか、皮肉にも程がある。それでお釈迦様は、今にも殺そうとしてくる宣教師と村人達を優しく諭したんだそうだ。
それでも宣教師は食い下がらなかった。どうしても殺す、と言って聞かなかったらしい。なんかよく分からないけど、理由があったんだろうな。それでもお釈迦様は娘を護りきった。宣教師をどうやって説得したのかはわかってない。ていうか、分からなかったらしいんだ。お釈迦様も宣教師も、どっちも日本語じゃない言葉を喋っていたってことだけは伝わってる。お釈迦様って、ポルトガルとかにもいたのかな? 知らんけど。
んで、娘はお釈迦様の神々しい御姿に平伏そうとしたんだけど、お釈迦様は立たせて、今度は日本語で言ったんだそうだ。
『親と子どもを大切にしなさい』
『そうすれば、あのようなモノから、我が一族が護ろう』
っていう。で、その話が皐月、つまり5月なんだ。で、娘はそのお釈迦様をお奉りするために、生まれてくる子どもには「さつき」と名付けることと、お奉りするためにお名前を頂戴したいとしつこく迫ったんだそうだ。お釈迦様は名乗るような者じゃないと謙遜なさったんだけど、一子相伝で伝える、門外不出とか、なんか多分そんな風にして聞き出そうとしたんじゃないかな。でも変な言葉を残して、お釈迦様は消えちゃった。困った娘は、5月に出会った仏様、「さつきぼとけ」と勝手に名付けて、お奉りした。
んで、そのさつきぼとけ様が残した言葉というのが、娘の直筆で、うちの床の間に飾ってある。本当に戦国時代に書かれたってだけの、何の価値もない紙な。
803:801
「非神非人非佛」。
これがなんて読むのかは分からないんだ。娘もこの字を書き残して、産褥ですぐ死んじまったらしい。ただ、遺言通り、生まれた子はさつきと名付けられた。男か女かはシラネ。
で、この後本当に不思議な事が続いた。その後禁教令とか色々出て、切支丹狩りが始まって、切支丹集落になっていた村は全滅したんだけど、娘の子の子孫、つまりさつきの子孫は残った。切支丹なのにな。その時は、別のお釈迦様が現れた。時代が進んでくすんでしまったのか、もう金色に光ってはいなかったんだけど、赤いお釈迦様だったらしい。でも赤って言っても昔の赤だから、茶色だと思う。この辺はあとで話す不思議な出来事で分かった。
で、お釈迦様に二度も護られたってんで、一族では生まれた時に難があった子をさつきと名付けて、代々伝えてきたってわけ。
804:801
その後も色々な時に赤いお釈迦様は何とはなく護ってくれるんだけど、大体災難から護ってくれるってんじゃないんだよ。
なんていうのかな、あと一歩遅れたら早かったら、あと一人多かったら少なかったら、っていうような、そういう間一髪のところで、「邪魔」が入って護られるんだ。それも命が危ないようなものから、電車遅延とか、そんな様々なもの。でも、共通してるのは、その「助かった!」っていうのが、本当にその人の人生にとって大事な時なんだ。
例えば家族が死にかけてる時、あと一本遅かったら間に合わなかったけれど、最後の一枚の切符が買えたから間に合ったとか。防空壕に入ろうとしたけど一人分多くて締め出されたら、その防空壕が蒸し焼きになっちゃったとか。でも皆口を揃えて言うのは、「あの時護ってくれなかったら今の私はいない」っていうことなんだ。
805:801
これで俺の名前が「さつき」っていうのは分かってくれたと思うんだけど、ぶっちゃけ今くらい医療が発達するとさ、逆に子どもって産むときの心配増えるのな。エコーとかで分かっちゃったりするから。あと生存率も上がった代わりに、後遺症とかが残ったりする。俺も例外ではなくて、生まれてくるときに逆子だったらしい。逆子なんて小指箪笥の角にぶつければ治る、って言われてるけど、まあ、親はそんなのどうでもいいわけよ。それで、すぐにさつきぼとけ様に縋ろうと、性別が男って分かってる俺の名前が決定したのであった。ちゃんちゃん。
806:801
ところが生まれた俺、ぴんぴんしてるのよ。元気も元気、で、カンはいいからやんちゃやりすぎて怪我することもない。んで、すくすく育って、一時はキリスト教から離れたんだけど、やっぱり三つ子の魂百までと言うわけで、スッポンのように首根っこを掴まれて、神学生になったのよ。
んで、入学が決まったからこの前寮の下見に行ったのよ。そしたら神父さまがいたんだよ。なんで分かったのって、一人だけ白いローブみたいなの、あれアルバっていうんだけど、(黒いのはカソックな)あれを着るのは、信者なら誰でも着れるには着れる。でも首下に差し込んである白いやつは、神父にならないとつけられないんだ。警察手帳みたいなもんで、あれって神父の身分証明書なんだよ。それがあるからすぐに分かった。
807:801
すげー、東京の神父さまって、こうなんていうのかな。神々しさっていうか、人並み外れた感っていうか、とにかく常人とはこんなに違うんだって言うのが一発で分かるの。後光っていうの? でも染めてるのか地毛なのか分からないけど、茶髪でさ。ローマンカラーしてなかったら、絶対所属教会の神父様に絞られそうな見かけなんだけど、なんとなく、さつきぼとけ様ってあんな感じかなーって、ぽやっと思ったのよ。そいたら神父様が気付いてさ、子どもみたいにテケテケ走ってきて、すげー気さくに話しかけてくんの。神学生と神父さまの関係じゃなかったら惚れちゃうね、ってくらい。ただ近づいて来るとタバコ臭いのよ。
808:801
神父さま「よお、サツキ。元気か?」
コミュ障「ひゃ、ひゃいっ!」
神父さま「お前は召し出される子だったから、親父が守ってくれてたんだぜ。お前気付かなかったろ?」
コミュ障(神父さまになると、父なる神も「親父」って言うのかな? 凄い信仰だなー…)
神父さま「これからはお前が、新しい『お釈迦様』を育てるんだぜ。んじゃ、叙階式で会おうなー」
809:801
あ、叙階式(じょかいしき)っていうのは、神父職に任命される儀式な。つまり神学校を卒業した時で、神父になる人間にとっては神との結婚式。現行法だと、神父になると結婚出来ないから、家族から見れば成人式であり結婚式なんだ。
で、俺、ぽかーんとしてて気付いた訳よ。
俺、名乗ってない。ていうか、神学校で『神の子を育てる』とか『次代の神父を育てる』なら分かるんだけど、『お釈迦様を育てる』って言わなくない?
それであの神父様のことを誰か知らないか、入学後に聞いて回ったのよ。もしかしたら偉い司教さまかも知れないじゃん。司教さまって言ったら、神父は神父だけど、上司に当たる人で、日本では数人しかいないトップクラスのお方だ。出世に特に関わりがあるとかじゃないけど、失礼なことしてたらマジヤバイ。だって俺コミュ障全開だったわけよ。
810:801
まあ、この板に来てるわけだから分かると思うけど、そんな神父様も司教様もいなかったわけ。でも校長先生が、『浪漫神父』っていう不思議な人物の話をしてくれた。
811:801
浪漫神父っていうのは、切支丹の大迫害を生き残った『元』切支丹たちのところに来てくれるっていう神父様で、多分本当は「ロマン神父」とか「ジョアン神父」なんだろうけど、「浪漫神父」で通っている。一種の都市伝説みたいなもので、孤独な信者の元に現れて慰めてくれたり、心がささくれて信仰を離れそうな人の愚痴を聞いてくれたりする、ピンチヒッターというか、神父の仕事が届かない手の痒いところを掻いてくれる、ありがたい神父様なんだそうだ。一部の神父様しか知らない、というか、存在を信じてないっていうんだけど、信じてる神父様達は、神父様を導く守護天使だと言っているらしい。
812:801
『浪漫神父』の特徴は、『赤毛』で『アルバを着てる』、それで『物凄くだらしない』。俺の場合、『物凄くだらしない』ってのは違ったんだけど、まあ、確かに服装以外は神父様らしくなかった。言葉ガサツだったし、禁煙の神学校なのにタバコ持ってた。あと思い返すとケータイ灰皿じゃなくてウィスキーの空き缶だった。でも校長先生のいう『赤毛』っていうのでピンと来た。
813:801
昔の人ってさ、緑のことを青っていうのと同じように、茶色のことを赤って言うじゃん。そんで俺の名前も知ってて、しかも俺の一族がこっそりお釈迦様も奉ってる事も知ってる。
そりゃそうだよ。あの神父様がさつきぼとけ様だったんだから。
『親父』ってのは、多分金色に光ってたっていう、娘を説得したさつきぼとけ様のことかな。さつきぼとけ様は金色から赤色が変化したんじゃなくて、『さつきぼとけ』っていう一族の中の赤いどなたかが、俺の一族を護ってくれてたんだ。
神父になる俺が言うのも難だけど、本当にお釈迦様って人々に寄り添ってるんだなって思ったのよ。
814:801
この板にいる奴の中で、キリスト教絶許な奴も、盲信してる奴もいると思うけど、もし自暴自棄になってる奴がいたら、茶髪でタバコ臭くて酒臭い、白いローブ着たあんちゃんに絡まれたら、思い直して欲しい。少なくとも、俺の信じてる神は、おまいに使いを使わしてくれてる訳だし。
別に俺は神父になって、おまいにキリスト者になれなんて言わないからさ。捨てる神あれば拾う神ありってことで。
815:801
俺明日からもうここ来れないから質問とかあっても答えられなくてすまない。おまいらに神も加護あれ。じゃあの。ノシ
816:神も仏も名無しさん
乙。凄くいい話だった。
817:神も仏も名無しさん
あんまり天使とかは信じてないんだけど、浪漫神父って天使なのかな。ガブリエル? ミカエル?
818:神も仏も名無しさん
神父の修行頑張れよー。
………
999:801
ごめん、折角だから1000取りたくて追ってたわ。1000なら世界平和が実現する。
1000:神も仏も名無しさん
おい皐。明日叙階式だろ。ネットなんかやってねえでとっととクソして寝ろ。
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