お嬢様がだべるだけ その10
「そういやさー。東京でするとかいうレースってどうなっているの?」
「基本ノータッチだけど、まぁ進んでいるんじゃない?」
レースクイーン姿の神奈水樹の質問に同じくレースクイーン姿の私が返事をする。
ついでに隣のユーリヤ・モロトヴァもレースクイーン姿である。
今日は、そのレースイベントの企画としてのグラビア撮影で、場所は例のプール、撮影は当然のようにあの石川信光先生である。
なお、場所柄メイド連中が懸念をしていたが、業界でも使いやすいスタジオなので利用しているという石川先生の説得に丸め込まれた。
というか、使いやすくないとアレに使われないか。確かに。
「発想がお祭り屋だから、あのレース危ないのよね」
ファインダー越しに石川先生がぼやく。
グラビア撮影ついでに、あの局長の相談相手になっているらしい。
とはいえ、危険なワードが聞こえてきたからには私も聞き返さざるを得ない。
「危ない?」
「本人言っていたけど、一発花火でいいからって意図的にアクシデントポイントを残すつもりなのよ」
カーレースというのはドライバーの技量と車の性能である程度の予測が立つ。
それをひっくり返すどんでん返しを観客も視聴者側もどこか期待しているのは否定できない。
そんな説明をした上で、石川先生は凄い事を言ってのけた。
「高速に上がるインターチェンジの料金所は撤去しない方針なんだって。
レースカーはETC搭載でそこを通過する訳」
「それ、やばくないですか?」
ユーリヤ・モロトヴァが懸念の声をあげる。
よく分かっていない私が質問する。
「何がやばいの?」
「ETCって20キロ以下の走行でないとバーが開かないんですよ。
つまりそこまで速度を落とすんですが、本線の後ろから下手すれば300キロで追っかけている車が来る事に……」
「うわぁ……」
説明されて気づくやばさに青ざめる私。
実際事故が発生したら非難轟々だろうし、既にそういう懸念が出ているのにあの局長はそれを押し通すつもりらしい。
石川先生がユーリヤ・モロトヴァの話を引きつぐ。
「このレースはやる事に意味があって、そして視聴率が取れるのならば事故ですら正当化される。
テレビってそういうものよ。
まぁ、お嬢様に気を遣ってか、このあたりを全部オープンにしているあたりあの局長も丸くなったというか……」
「人間って他人の不幸大好きですからねー」
その他人の不幸を散々見てきただろう神奈水樹が言うと説得力しかないので困る。
ユーリヤ・モロトヴァがジト目で石川先生を睨んだ。
「お嬢様の顔に泥をぬらないようにお願いしますよ」
「あの局長がそこまで考えている訳ないじゃない。
そのあたりは、今からでも遅くないからうまくねじ込みなさいな。
ルール設定の政治力ってのはそういうものよ」
ぽんと私が手を叩く。
ある意味、あの局長の社会勉強とも見えなくもないが、絶対そこまで考えていないと見た。
今回のレースに当たって東京都が新しい排ガス規制の徹底をルールに盛り込んだ結果、対応していない車種が続出して車メーカーが悲鳴をあげていたりするが都はそれを撤回するつもりはないらしい。
これが深刻なのが外車メーカーで、提携している国内メーカーやディーラーと協議して国内仕様に車体内部を換える力技を検討しているとか。
当然、対応結果として本来の性能が出ない以上、順位変動のハプニングポイントは多くあった方がありがたい訳で、このあたりの生臭さは聞けば聞くほどげんなりする。
「それでもレースは開かれるのかー」
「あの局長の悲願だからね。
夢だからこそ、一回だけと決めているんでしょう。
続けたら、夢が日常になってしまうし」
いいかげんではあるが、彼なりの美学は通す。
そういうはみ出し者が今のテレビを作ってきたから面白いともいえる。
「それでうちの綺麗所全部かき集めるの止めて欲しいんですけどー!」
「このレースに合わせてキャンギャルのファッションショーも行うから綺麗所はいくらあっても足りないのよ。
私としては嬉しいけどね。
脱いでくれるし」
「こ、この先生は……」
神奈水樹がポーズをとりながら愚痴り、石川先生が写真を撮りながらボケて、同じく私もポーズのままに突っ込む。
あの局長の美学なのか、客だから知っていたのか知らないが、このイベントに神奈一門の綺麗所が総動員されているらしい。
真剣に好き勝手生きて、その熱意が周りを動かしてゆく。
面白くならない訳がない。
「で、何処が勝ちそうなんですか?」
「さあ?
けど、逃げられない国内メーカーはガチで仕上げるでしょうね」
私の質問に石川先生はそんな事を言ってごまかす。
なお、今回のレースクイーンは私がテイア自動車、神奈水樹が鈴鹿技研、ユーリヤ・モロトヴァが鮎川自動車である。
別の日にそれぞれのメーカー車と一緒の写真撮影が行われるから、しばらくは私たちの写真が車雑誌やグラビア誌から消える事は無い。
「はい!おしまい!
じゃあ今度は脱いで……」
「「「お疲れ様でしたー!!!」」」
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「ルール違反はするけどマナー違反はしない」(『湾岸MIDNIGHT 29』 楠みちはる2004年5月発売)
この頃はまだこういう空気が残っていた時代である。
例のプール
https://dic.nicovideo.jp/a/%E4%BE%8B%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%AB
アクシデントポイント
昔F1でスタート一週目というか、スタートの第一コーナーしか見ない人が居て、そこのクラッシュが起きるかどうかが見たかったらしい。
そんな人も94年のサンマリノグランプリから見なくなったらしく、不幸を喜ぶにも許容度があるという事を私に教えてくれた。
真剣に好き勝手生きて、その熱意が周りを動かしてゆく
元ネタは『松田優作物語』(TEXT宮崎克 ART高岩ヨシヒロ ヤングチャンピオンコミックス)の日本テレビプロデューサー山口剛。
原文はこう。
「昔の楽しかった学園祭思い出さないか?陽気に殺気立つ優作の熱意がみんなを巻き込んでいるんだ。こんなムードで創られた作品がつまらんはずがないだろ」
この時作られた『探偵物語』は一話視聴率25.3%を叩きだし松田優作の代表作品の一つとなる。
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