道化遊戯 閑話 ネットカフェ店員 三田守

 三田守という人間を一言で表すならばと本人に聞いたとしよう。

 本人はたぶんあっさりと自分のことをこう言うだろう。


「真面目系クズ」


 それを臆面も無く肯定して言うあたりが彼の本質なのだという所に本人が気づいていないのも含めて、まさに真面目系クズであった三田守が『真面目系クズ』を返上する羽目に陥ったのは、平成天誅の連中と縁を切ってハードボイルドに憧れていたタクシー運転手とネットカフェを経営するその妻の部下になったからなのは間違いがない。

 元ラブホのネットカフェに住み込みで働く彼だが、男手として色々活躍できる場所は多い。


「ご苦労様です。これ、今日の分」

「新人かい?」

「ええ。住み込みで働くことになりまして」


 元がラブホな上、女性スタッフは店長の愛夜ソフィアまで含めて『自由恋愛』で稼いでいた店である。

 そのごみ処理とクリーニングの手伝いをするのが最初の仕事である。

 もちろん素人の三田守に全部任せる訳ではなく、それぞれ専門の業者を入れてさせるのだが、業者に頼むまでもない些細な事などは彼の仕事となる。

 また、女性スタッフの『自由恋愛』中の受付をするだけでなく、自動車免許があったので女性スタッフの送迎もする事になったので、女性スタッフからの評判も上々だった。


「おっじゃましまーす♪

 店長居る?」


「いるよ。今、旦那と盛ってる最中。

 えっと……水樹ちゃん?」


「そーいう所ですよ!三田さん!!

 一緒に働いた仲じゃないですか!!!」


 浜町公園での炊き出しで働いた仲だが、同時に『この人ならごまかせるかも』という下心見え見えである。

 ナイスバディだが、まだ中学生というのを教えてもらわなかったら手を出していただろう。多分。

 そういう所でも彼自身が言った『真面目系クズ』はある意味正鵠を射ていた。


「はいはい。ちなみに何の用だい?」


「決まっているじゃないですかぁ。

 ちょっと部屋を利用しようかなって」


「だめ。お帰りはあちら」


「横暴だぁぁぁぁ!!!」


 神奈水樹にとって、リスクをとるよりもルールというか場の空気を守ろうとする三田守との相性は致命的に悪い。

 この一件だけでも『雇って正解だった』と愛夜ソフィアが漏らしたとかなんとか。


「ん? それ何?」

「実家から送られてきた梅干」


 事が事だけに、オブラートに包んで実家の祖母に引っ越しを報告したのである。

 なお、近藤俊作と愛夜ソフィアのアドバイスに従って、もらった賞金の一部を給料袋に入れて送ったのだが、電話越しに『立派になったなぁ』と泣かれた上にその給料袋は中身ごと仏壇に飾られる羽目に。

 さらに上司である愛夜ソフィアまで引っ張り出されて『孫をよろしく頼みます』と電話越しに泣かれて懇願されたら三田守も考えるものはある訳で。


「もらっていい?」

「どうぞ」

「……すっぱい!」

「そりゃ、梅干だし」


 そんなやり取りをしていたら、北都千春が一人でネットカフェに入ってくる。

 多分この後男が入ってくるのだろう。

 恋とか愛とかに無縁だった三田守だがその姿を見て、何となく心が痛い。


「空いているかしら?」

「……どうぞ」

「千春さんだけずーるーい!!!」


 なお、こういう時が三田守にとって一番きつい。

 淡い恋心とかでなく、空気読みのエラーが出るからだ。


「水樹ちゃんも十分食べているでしょう?」

「だけど、こういう所で買い食いするのも嫌いじゃないんですー!」

「……しょうがないわねぇ。

 愛夜ちゃんには内緒よ」


 こういう会話を三田守の前でする所とか。

 北都千春は神奈水樹にとって神奈一門という占い師兼高級娼婦集団の姉弟子にあたるので、彼女もいう事を聞くが、神奈のロジックで温情をかける事もよくある。


「だって神奈だもの。

 千春姉さんも基本男好きよ」


 とは、目の前の神奈水樹のお言葉である。

 そういう時は、大体都内高級ホテルに二人して向かうことになる。


「ごめん。三田君。

 タクシー頼んでいいかな?

 今日は別のところでするわ」


「はい。じゃあタクシー呼びますね」


 ここで奥の近藤俊作に繋ぐほど三田守もバカではない。

 上司の機嫌はとっておくに越したことはないのだ。


「三田君。いい顔になったわね」

「そうですか?」

「そうなの?」


 神奈水樹の言葉を気にすることなく、テーブルに置かれた梅干しを北都千春は眺めながら微笑む。

 その時、三田守は北都千春に愛情ではなく母性を感じていたのだと理解した。


「ちゃんと、仕事する男の顔になっているじゃない」




「邪魔するぞ……って三田のぼうずか。

 という事は……」


「いらっしゃいませ。小野さん。

 もしかして、暇なんですか?」


「だったらいいんだけどなぁ……お前さんが絡んだ件で俺は大忙しだよ。

 ……なんだこれ?」


「梅干しですよ。祖母が送ってくれたんです。

 食べますか?」


「いいな。腹が減っているんだ。

 茶漬けにしたいからご飯も用意してくれ」


「電子レンジのでよければどうぞ」


 そんな会話をしながら準備をして、小野健一麹町署副署長と共に茶漬けを食べる。

 食べながら彼は三田守にこんなことを言った。


「どうやら大丈夫そうだな」

「なんか北都千春さんにも同じことを言われましたよ」

「あの人と見立てが同じならば安心だよ」


 それだけ言って、奥の二人を呼ぼうとした三田守を手で制して小野副署長は帰ってゆく。

 流されて平成天誅なんてものに関わり、犯罪者どころかあやうく命まで失いかかっていた彼である。

 助けたはいいが流されてまたなんてことになるのは目覚めが悪いのだろうと察したのは、小野副署長が帰ってからの事。


「なんで水樹ちゃんと千春姐さんと小野副署長が来たのに呼ばなかったのよ!!!」


 後で愛夜ソフィアに怒られたが、一緒にいた近藤俊作は目をそらして黙秘を貫き、世の理不尽というものを三田守は学ぶことになった。




────────────────────────────────


神棚の給料袋

 『じゃりン子チエ』(はるき悦巳 アクションコミックス)

 この本が出た昭和にはまだ『汗水たらして働いた金』と『あぶく銭』の区別があった。

 バブル崩壊後、大規模の貸しはがしの前に『あぶく銭だろうが働いた金だろうが金は金』という概念が一般化する。

 古き良き何かがここで壊れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る