道化遊戯 閑話

「弱者の救済を!」

「財閥優遇はんたーい!!」

「華族を解体して、真の民主主義を実現しろー!!!」


 光ある所には闇がある訳で、兜町から適度に離れた浜町公園では、桂華金融ホールディングス上場に反対するデモ隊が気勢を上げていた。

 その数は主催者発表でおよそ二千人。


「結構集まっているな」

「集めた俺達が言うのもなんですが、よく集まりましたよ。これ」


 近くの道路に路駐した後部座席から私服姿の小野健一麹町署副署長が呟き、運転手の近藤俊作がぼやく。

 集めたとはまさにその通りで、平成天誅の被害者という事になっている三田守を利用してこのデモを用意させたのだ。

 もちろん届け出のある合法的なものだが、三田守を利用してこのデモを非合法な抗議活動に利用しようと企む輩を捕まえる罠だったりする。

 既に始まって二時間経過しているのだが、7人の馬鹿どもが隠れていた探偵や賞金稼ぎによって御用となっている。


「聞こえる?

 越中島公園に集まっている連中の数が増えつつあるわよ。

 佃公園やあかつき公園あたりにも人がボートで集まりつつあるわ。

 全部合わせて数百人って警察無線は言っているわ」


 タクシー無線とは違う周波数から愛夜ソフィアの声が聞こえる。

 こういう事ができるタクシーというのは実に使い勝手が良い。

 東京は水の都という側面がある。

 特に、二級市民こと樺太出身者の居住先としてボートハウスが未だ多くあるこの街での非合法デモにおいて、船での移動というのは見逃す訳にもいかない。


「そっちの方は機動隊に任せるさ。

 はなから馬鹿が出るのは分かっていたからな」


 小野副署長の返事は、半ば独り言みたいなものだった。

 良くも悪くも注目されていた桂華金融ホールディングス上場に合わせての抗議活動の阻止はかえって危険が増すと判断した桂華側は、合法的なデモと非合法なデモに分ける事で各個撃破を企んだのだ。 

 合法的なデモの方は名前を隠して炊き出しと毛布の支給まで行っており、多くの不満層が浜町公園に行ってしまい、非合法デモの扇動者が意図した兜町突入による上場式典阻止は失敗する見込みとなった。 


「しかしまぁ、桂華本当に金がありますね。

 ここまでしますか? ここまで」


 近藤俊作の声も呆れ声に近い。

 なお、この桂華金融ホールディングス上場による桂華グループの上場益は数兆円になると言われており、そりゃ俺達にもポンと払う訳だと納得はしたが、現場を見るとそんな声をあげたくもなる。

 これらの活動には、桂華は直轄戦力である北樺警備保障を使っていなかったからだ。

 北樺警備保障の戦力は機動隊と共に兜町周辺の警備に使い、この手のテロ対策は外注という形で都内の警備会社や探偵や賞金稼ぎに丸投げしたのである。


「じゃあ、炊き出しでもして毛布でも支給したら?

 人間、満腹の時に馬鹿な事はしないし、毛布を手に入れて濡らしたいと思う馬鹿はいないわよ」


 たまたま来ていた北都千春の言葉をそのまま愛夜ソフィアが採用し、三田守という元賛同者が居た事で合法的なデモ申請は馬鹿を吊り上げたい桂華側が喜んで乗ってしまい、かくしてタクシー探偵はこんな所に。

 三田守と北都千春と社会奉仕活動という事で説教しても懲りない神奈水樹の三人は浜町公園で他のスタッフと共に炊き出しに追われており、愛夜ソフィアは鶯谷のネットカフェから情報を近藤俊作のタクシーに送り続けていた。

 非番の小野副署長がわざわざ乗っているのは、「一声かけやがれ!」と説教をするためだったりする。

 これも、彼らが途中で深淵を見るのを降りたからなのだが、もし深淵を見ていたらこのタクシーも兜町近辺に停まっていたのだろう。


「しかしまぁ、わざわざこんな事しなくても稼げただろうに?」


「東京の地価を知っててそれ言っています?

 俺の取り分全部渡しても利子で消えるんですよ。あそこ」


 愛夜ソフィアの元ラブホテル購入と裏社会からの身分確保に使った金の総額は六億円を超えていた。

 ITバブルで儲けたとは言えそれを一括で支払える訳もなく、愛夜ソフィアはその資金をヤクザ資本の闇金融から高利子で借りて体で返していたという訳だ。

 当然、そのあたりとの縁を切る際に、彼女はこの借金の残り三億円を返す選択を選んだ。


「体目当てとはいえ、金を出してくれた恩もあるし、あの手のは面子を大事にするわ。

 金をきっちり返す事で、向こうから口出しできなくするのが大事なのよ」


 という訳で、正規身分を手に入れた愛夜ソフィアは経営者として桂華銀行に融資をお願いし、裏事情を伝えられた融資担当者によって三億円の低金利融資を入手して一括返済に。


「ごめん。

 結婚してくれって言ってくれて嬉しいけど、今桂華の人に抱かれろって言われたら、私多分股を開くわ」


 そんな謝罪をピロートークで聞かされると、彼も頑張らねばと奮起する訳で。

 世の中金だなとなんとなく公園のデモ隊に賛同したくなる近藤俊作。ハードボイルド探偵を目指していた男である。

 使い捨ての下っ端の仕事だが、この仕事で入る収入は企画者という事で捕まった馬鹿どもに比例するから、返済のボーナスタイムに突入していた。


「で、おやっさん。

 一応これでキャスリングは終わりって事ですか?」


「まぁな。

 所詮本命の新宿ジオフロントの予行演習みたいなものさ。

 あっちは、俺ですら触れない闇が蠢く魔窟だからな。

 これぐらいで小銭稼いで深入りしないようにしておけ」


「これで小銭ってのが恐ろしい所で……ん?」


 コンコンと窓が叩かれるとそこには制服警官が。

 日本の警察は馬鹿ではない。

 捕物の近くでずっと停車しているタクシーが居たら職務質問をするぐらいの職業意識は持っているのだ。

 小野副署長もなれたもので、制服警官が声をかける前に窓を開けて身分証を見せる。


「麹町警察署副署長の小野だ。

 久松警察署署長には話が通っているはすだ。任務ご苦労さん。

 出してくれ」


 こう言って敬礼すると、制服警官も敬礼して動き出すタクシーを見送るしかない訳で。

 前もって二人で想定していたので、このタクシーの行き先は小野副署長が言った久松警察署である。

 つまり、今から話を通しに行くという訳だ。

 時計で時間を確認した近藤俊作がラジオをつけた。


『……今、桂華院瑠奈公爵令嬢が上場の鐘を鳴らします……カーン!カーン!!カーン!!!』


 何も言わなかったが、タクシーに乗っている二人には、新宿ジオフロントでの始まりの鐘に聞こえた。

 最終的にこのデモがらみで捕まった馬鹿の数は13人にのぼったが、ほとんどはニュースなどで取り上げられることもなかった。




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毛布を手に入れて濡らしたい

 暴徒鎮圧に使われるのが放水であり、デモが暴徒になったら機動隊が放水をする。

 つまり、暴徒になる前にもらった毛布が濡れるという我に返る一手。

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