道化遊戯 桜田門迷宮案内人 道暗寺晴道 その5

「ドライブに行きませんか?」


 小野健一麹町署副署長と道暗寺晴道警視庁総務部特別文書課課長の関係は、そんなドライブのお誘いができるような仲ではない。

 それでもこういうお誘いが来るという事は、それ相応の理由があるからという事で、小野副署長は彼のお誘いに乗ることにした。

 麹町警察署の入り口で待っていると、ごく普通のセダンの後部座席に道暗寺晴道課長が乗っており、前の運転手もあまり運転なんてしなさそうな女性だった。


「あんたが運転はしないだろうとは思っていたが、そちらのお嬢さんはどなたで?」


「私は内閣情報調査室主任解析官の若宮友里恵と申します。

 そこから先の話は、とりあえずドライブしながらでいかがですか?」


 幸せになれと送り出したが、こういう時に近藤俊作を使いたかったのだ。

 失った手札を嘆きながら、小野健一副署長は後部座席に乗ってドライブが始まった。


「で、この面子をそろえてのドライブという事は、あまり楽しくない理由なんだろうが何だい?」

「『キャスリング』周りの話とそれに伴う状況変化と対策という奴ですな」

「それ、前のお嬢さんに聞かせて良いお話なのかい?」


 警察上層部は恋住政権についてあまり良い印象を持っていない。

 理由は、成田空港テロ未遂事件で自衛隊の治安出動を承認したからだ。

 結果、対テロ名目での自衛隊側の諜報活動が活発になりつつあった。

 内閣情報調査室に出向されるその手の人間は警察と自衛隊。

 いつの間にか付き合いが長くなった前藤正一樺太道警監察官の情報を信用するならば、こういうドライブに元自衛隊の彼女が来てよいはずはない。


「できれば二人で話したかったんですがね。そうも言ってられなくなりました。

 『キャスリング』は対テロ戦争がまだどこか他人事であるこの国でそれが現実であるという事を知らしめて、その警戒を上げる事を目的とした米国国防情報局が仕組んだ政治的茶番劇の予定でした」


 車が高速に入る。

 首都高は今日も程よい渋滞で、適当に環状に入った。


「テロ未遂レベルのニュースが発生し、この国のテロ警戒を上げて、その上でイラクへのさらなる関与を。

 今となってはの話ですが、米国は恋住政権ができる事を想定しておらず、その民意の裏にあった反米感情に機敏に反応していました」


 道暗寺課長が嗤う。

 まるで出来の悪い三文芝居を見てきたかのように。


「そう。

 米国は、不良債権処理が終わった後で世界の覇権を懸けて日本が米国に挑んでくる事を本当に恐れていました。

 あの時の日本は、それができる手札があった」


「……桂華院瑠奈。

 彼女をアイコンにした日露同君連合。

 9.11で全て吹き飛びましたがね」


 道暗寺課長の言葉を若宮友里恵が拾う。

 この国は世界の覇権というグレートゲームから降りた。

 不良債権処理で経済的にきつかったのもあるが、それ以上に米国を敵に回す事の恐怖を第二次大戦世代が共有していたのが大きい。


「あの嬢ちゃんが総理共々米国から警戒される存在であるというのは理解した。

 それがどうキャスリングに繋がるのかい?」


「彼女の周囲に米露の諜報関係者がいるのはご存じでしょう?

 そうする事で、彼女は鎖に繋がれると同時に安全を確保したのです。

 つまり、政治的茶番劇を行うならば、安全を確保した上で行えると踏んだのです」


 道暗寺課長の話をまた若宮友里恵が拾う。

 来る前に打ち合わせでもしたかのように。


「テロへの警戒を強めると同時に、テロとの戦争にさらなる協力をと米国は企んでいました。

 混迷深めるイラクへの自衛隊の追加派兵です」


 そこまでくると、小野副署長にも話が見えて来る。

 ニュースはそれ関連がトップになっていたのだから。


「なるほどな。

 イラクの大統領がつかまったから、危険を犯す必要がなくなった訳だ。

 にも関わらず、俺にも舞台裏を聞かせるのはどういう理由だい?」


「逆なんですよ。小野さん。

 樺太銀行マネーロンダリング事件が明るみになった事で、ロシアンマフィアの報復テロは必ず起こる事が決定していた。

 そのテロの政治的衝撃をどうやって弱めるか。

 つまり、テロが失敗する、もしくはテロの政治的衝撃を緩和するように、テロの流れを誘導した」


「それが『キャスリング』って訳だ」


 テロが起こるならば失敗しやすい場所を狙う様に。

 万一成功しても政治的衝撃が緩和できるように。

 『キャスリング』はそういう政治的茶番劇のはずだった。

 その誘導に乗っかったロシアンマフィアをどうするかを除いて。


「平成天誅の連中の逮捕はトカゲのしっぽ切り……」


「トカゲ本体である、ロシアンマフィアとそれに雇われたテロリストグループの消息は未だ掴めていません」


 小野副署長のぼやきを塞ぐように若宮友里恵が補足する。

 『キャスリング』というリハーサルが潰れた以上、本番である新宿ジオフロント完成式典で彼らは必ず狙ってくる。

 だから、このドライブが企画された。


「今の所、あなたが追っている帝都警の残党というか信奉者。

 彼が唯一の手がかりなんですよ」


「待ってくれ。

 この時点でテロリストの情報が入っていないってどういう……」


 小野副署長は喋りながらその理由を思いついて黙り込む。

 そして、隣に道暗寺課長が乗っている理由も理解する。

 だから、このドライブを企画した若宮友里恵がハンドルを握っている訳だ。


「そうですよ。

 ここに至ってテロリストの情報が入っていない理由は、テロリストが我々の手の届かない場所に囲われているからに他なりません。

 ……樺太華族の懐の中です」


 バックミラー越しに若宮友里恵が後ろの二人の顔を確認するのが見て取れた。

 小野副署長のPHSが鳴ったのはそんな時だった。

 見ると近藤俊作からである。


「とっていいかな?」

「我々に聞かれるのを気にしないのでしたら」


 道暗寺課長の了承を確認して小野副署長はPHSをとる。

 近藤俊作の話を聞くと顔色が変わり、スピーカーモードにして小野副署長は話す。


「すまない。もう一度いってくれ」


「だから、ネットカフェに来た神奈水樹に、捕まった平成天誅の連中の写真を見せたんですよ。

 その中に、あの娘が抱かれた帝都警の残党はいなかったって……」 




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なお、お嬢様視点だと2-3話で終わるのがこの話。

そして、新宿ジオフロント完成式典のテロ阻止の話 『道化遊戯 正義の傀儡のバラッド』 に続く。



民意の裏にあった反米感情

 これも今ではもう分からない話だが、不良債権処理でウォール街のヘッジファンドが好き勝手したのが米国の陰謀である論がかなり強かった。

 湾岸戦争のトラウマと、この反米感情の板挟みでイラク自衛隊派遣は本当に揉めに揉めた。

 で、あの大統領逮捕である。

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