道化遊戯 コールランナー 愛夜ソフィア その3
事件が終われば、後始末が待っている。
世のハードボイルド探偵たちは、特にこの後始末をないがしろにすると愛夜ソフィアは思った。
で、近くにいた探偵に聞いた事がある。
「ハードボイルド探偵の条件って知っているか?
一匹狼の反体制である事。
粋であり、己の美意識に従って行動している事。
タフな肉体に、男の優しさを秘めている事ってな。
後始末なんて、この条件の全てに当てはまらないだろう?」
なるほど。
まず、事件の処理は体制側、つまり警察が絡まないといけない訳で。
個人の粋や美学ではなく、万人共通の法なり、多人数の合意が前提となる訳で。
タフな肉体に男の優しさなんて後始末の前に使われるものである。
(なるほど。絶対にこいつには後始末は関わらせないようにしないと……)
よりを戻す前に思った事を小金井警察署で思い出したのは、やっぱり探偵こと近藤俊作と結婚すると決めたからだろう。
つまり、彼女の仕事はこれからなのだった。
「とりあえず、北樺警備保障への賞金申請、あんた名義で出しておいたわよ」
「ん?ああ。ありがとう」
小金井警察署の牢屋ではなく宿泊室なのは、その牢屋に捕まえた平成天誅の連中が居るからだ。
そんな訳で、一泊した翌日の朝食時に愛夜ソフィアはそんな事を切り出す。
「賞金ってどれぐらい出るんですか?」
よくわかっていない三田守が朝食の味噌汁をすすりながら尋ねたので、愛夜ソフィアがその額を言う。
「今、確定で五百万円」
「ぶっ!?……げほっ!げほっ!!」
「汚いな。ほら。坊主。拭け。
この手の仕事にしては高い方なんじゃないか?」
法律改正で賞金稼ぎや探偵が合法化されたと同時に、個人が犯罪者にかける懸賞金が一気に広がった。
この個人の多くは犯罪被害者の復讐だが、その背後には企業や華族が絡むことが良くある。
そのため、懸賞金申請を自治体警察を管理している都道府県公安委員会が行い、そこが許可を出す形をとって個人報復に一定の歯止めをかけているという訳だ。
また、この形だと犯罪を未然に防ぐことができない。
そこで注目されたのが依頼によって動ける探偵であり、ストーカー防止や企業に対する攻撃阻止などを名目に契約を結ぶことになる。
その為か、大体探偵と賞金稼ぎは兼業であることが多く、近藤俊作もタクシー運転手をしながらも使うあてもさしてなかった探偵と賞金稼ぎの資格を維持していたのがここで大きくものを言う。
持っていなかったら、四人とも捕まえた平成天誅の連中の隣の牢屋に入れられていただろう。
「まず、平成天誅の連中の情報提供が百万円。
これは奴らを捕まえる情報を提供してくれたらって事で、実際捕まえたからクリアね。
次にその平成天誅の連中の逮捕だけど、これも一人につき百万円。
大体誤認逮捕とかで揉めるのはここなんだけど、今回は三田くんのおかげで裏がとれている上に、不法侵入のおまけつきよ。これも通るでしょうから、捕まえた四人×百万円で四百万円」
「凄い……」
「じゃあ、バーッと使う……」
三田守と近藤俊作の言葉が途切れたのは鬼の形相で睨みつけた愛夜ソフィアのせいである。
そんな三人を眺めながら、ゲオルギー・リジコフは慣れた手つきでご飯を箸で食べていた。
「で、今回使用した経費のお話していいかしら?
買った武器防具の代金、移動に使ったガソリン代に高速代、途中のコンビニの食事もね。
まぁ、大雑把だけど五十万円って所かしら?」
彼女が助手席にいた理由は、近藤俊作が捨てようとする領収書を確保する事だったりする。
なまじタクシーの方で生計をなんとか立てているから、浪漫に走るこの探偵はそのあたりを気にしなかった。
「次に今回利用した北樺警備保障の警備プラン。
あれ、一日三十万円かかるのよ。
それが今も継続中だから三日で九十万円」
「桂華だったら請求できるだろ?」
そう言った近藤俊作は見事なまでに地雷を踏む。
どのハードボイルド探偵ものにも絶対に書かれないだろう事に触れて、愛夜ソフィアはとてもいい笑顔を作る。
「知ってる?
支払いってタイムラグがあるの。
請求して、審査して、確認が終わった後で振り込まれるのよ。
つまり、仕事が終わったからってバカ騒ぎして酒場にツケなんて残すと……」
近藤俊作の顔に脂汗が浮かぶ。
もちろん、三田守とゲオルギー・リジコフは知らないふりをして朝食を食べることにした。
「で、ここから来年の税金が絡んできます。
確定申告は忘れないように。で、その際の項目は……」
「金いらないから帰っていいか?」
「だめ。
それじゃあ、あなた浪漫でしか動かないでしょう?
これは仕事として受け取ってもらいます。
次は依頼としてちゃんと契約してもらうから」
ぴしゃりと愛夜ソフィアはゲオルギー・リジコフに言い切る。
今回は浪漫で動いてくれたが、それは浪漫で降りることを意味する。
ちゃんとした契約で縛って仕事をさせるのがプロであり、ネットカフェを経営していた彼女は、そういう人間をきっちりと契約で動かしていた経営者だった。
「次、あるのか?」
「あるだろうよ。本命は新宿ジオフロントだ」
確認するようにつぶやいたゲオルギー・リジコフに近藤俊作が横から突っ込む。
刺激的な夜ではあったが、本当の舞台は新宿ジオフロント完成式典である。
こういう事が起こって、新宿ジオフロントで何も起こらないなどありえない。
「じゃあ、今度は俺があんたらを雇うかもな」
「そういう事。
だから契約って必要なのよ♪
私達を雇うためにもね」
「あのお、俺はもう……」
降りますし、逃げますというか、関わりませんと言おうとした三田守に対して、愛夜ソフィアは実に分かりやすいため息をついた。
「わかってるの?
貴方これからが一番大変なのよ?」
「え?」
「あの騒ぎで住み続けられると思っているの?
大家さんから賃貸契約破棄。原状回復請求食らいかねないわよ」
真っ青になる三田守。言われてみればその通りで、そう遠くない内に大家なり仲介した不動産屋が怒鳴り込む未来が目に見えていた。
「ど、どうしましょう!?」
その言葉を待っていたといわんばかりに、愛夜ソフィアがにっこりと笑う。
近藤俊作とゲオルギー・リジコフには、蛙を食べようとする蛇の笑みに見えたのだが、もちろん言える訳もない。
「そのあたりも経費に入れちゃいましょう。
違約金や引っ越し費用諸々を入れて五十万ぐらい見ておきますか。
この手のは、少なく申告して後で揉めるより、多く見積もって余った方が揉めないのよね。
という訳で、三田くん。
よかったらうちのネットカフェに住み込みで働かない?」
「え? あ? それは……」
優柔不断な三田守に愛夜ソフィアは切り札を出す。
娼婦の甘え声で、実にわざとらしく、それを指摘してあげた。
「私、俊作と結婚するから、私のシフトが空くのよ。
空いている時間は同意の元なら女の子と遊んでいいし。
……うち、千春姐さんよく来るのよ♪」
「やります。やらせてください!」
男二人は罠にかかった哀れな男に同情はしたが、助けるつもりもなかった。
こんな感じで、四人の食事が終わるまで、愛夜ソフィアの話は終わらなかったことを付け加えておこう。
経費を引いた報酬は三百十万であり、それを四人で頭割りした七十七万五千円が一人当たりの報酬となった。
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ハードボイルド探偵の条件
『松田優作物語』(ヤングチャンピオンコミックス)より。
台詞では小鷹信光氏が言っている。
懸賞金云々
まずは現実のケースをペタリ
捜査特別報奨金制度
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%9C%E6%9F%BB%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%A0%B1%E5%A5%A8%E9%87%91%E5%88%B6%E5%BA%A6
バウンティーハンター
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC
なお、この話を書くために読み込んだのは『GUNSMITH CATS』(園田健一 アフタヌーンコミックス)で、作業BGMが『カウボーイビバップ』だったりする。
実写化するんだよなぁ。『カウボーイビバップ』……
領収書
作家になって税理士に駆け込んで真っ先に言われた事である。
「絶対に領収書は捨てないでください!!!」
仕事として受け取ってもらう
『らーめん才遊記』(原作:久部緑郎、作画:河合単 ビックコミックス)のラーメンハゲこと芹沢達也の名言。
「『金を払う』とは、仕事に責任を負わせる事、『金を貰う』とは、仕事に責任を負う事だ。
金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる」
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