道化遊戯 平成天誅信奉者 三田守 その4

 三田守の家は木造三階建てアパートの三階にある。

 部屋は一階につき三軒で計九部屋。

 場所を教えてもらった近藤俊作が遠くから確認すると、主が居ないのにもかかわらず、電気がついていた。


「堂々と居座ってやがる。

 坊主。確認するが、お前に友達とかいないよな?」


「居たら、こんな所に居ないよ」


 近藤俊作の言葉に、ふっきれた三田守が笑う。

 追い込まれて窮鼠になったともいうが、今の彼には必要な物だった。


「よし。ちっとはいい切り返しができるようになったじゃないか。

 愛夜はここに残って待機。

 今から十分後に消防と警察に『火事だ』と連絡してくれ」


「わかったわ。気を付けてね」


 近くの駐車場に止めた軽ワゴンから完全装備の三人が出る。

 近藤俊作はバットに小型消火器、ゲオルギー・リジコフはゴルフクラブ、三田守はポリバケツの蓋で作った即席の盾を持っていた。

 ありがたい事に夜のせいでまだ通報はされていない。


「ゲオルギーはここで待機。

 逃げる奴らを仕留めてくれ」


「わかった」


「坊主は俺と一緒に来い」


「う、うん」


 アパートにはエレベーターもなく、階段を上る際に安全ブーツの音が思ったより大きく響く。

 二階まで登った所で、近藤俊作は三田守に振り向いて口元に人差し指を当てる。

 三田守が頷くのを見て、三階まで二人は昇る。

 ここで待てとハンドサインで三田守を押しとどめて、買った中古のゴルフボールを床一面に転がす。

 自らがそれに転ばないようにゆっくりと慎重に歩き、三田守の部屋の前につく。

 彼の部屋は階段の奥の角部屋だった。


「で……だ……」

「よー……ま……」


 それほど防音が良くない部屋の音が中途半端に聞こえる。

 バットを床におき、小型消火器の準備をして、買った発煙筒をつけて、ドアについている郵便受けに入れてドアの反対側に待機する。


「……なんだ?」

「煙だ!」

「火事だ!!」

「逃げろ!」


 中にいた男たちは完全に油断していた。

 帰ってくる三田守を始末して、そのまま逃げられると信じていた。

 自分たちに懸賞金がかけられた事や、彼らをそそのかして金をくれた外人が彼らを見捨てたなんて知る訳もなく。

 かくして、彼らの正義の報いが彼らに襲い掛かる。


「うわっ!?」


 ドアを開けた男が転がっていたゴルフボールを踏んで床に転がるのを確認した近藤俊作は、消火器の栓を抜いた。

 それは次に逃げ出そうとした男に命中して、同じくゴルフボールを踏んで転がる。


「畜生!てめぇか!!三田ぁ!!!」

「ひっ!?」


 仲間の体を踏みながら階段まで逃げた男が三田守に向けて持っていたナイフで攻撃する。

 それを三田守が持っていた即席の盾は防ぎ切り、ナイフはポリバケツの蓋につけられた漫画雑誌に刺さったままになり、男はそれを放置して下に逃げて行った。

 ガムテープで転がった男の両手両足と口を縛りながら、転ばないように近藤俊作は三田守に近づく。


「大丈夫か?坊主?」


「はは……やった……俺だってやればできるんだ……!

 ざまぁみろ!!」


 ハイテンションな三田守の肩を叩こうとした近藤俊作は三田守の顔色が変わったのを察して振り向く。

 隠れていたのだろう男が、床に置いていた金属バットを持って凄い形相で睨んでいた。


「三田。てめぇ……俺達を売ったな?

 ぶっ殺してやる!!」


「そんな言葉が出る時点でお前らの天誅なんて失敗するんだよ」


「黙れ!体制側の犬が吠えるな!!」


 横から口を出した近藤俊作に男の殺意が移る。

 三田守を庇う様に、近藤俊作は男と対峙するが、発煙筒の煙が広がり、騒ぎに周辺も騒がしくなっている。


「俺たちは間違っていない!

 見ろ!!この世界を!!!

 弱者は搾取され、華族や財閥は腐敗の末に私欲を肥やしている現状を!!!

 俺達の正義は!世界を正す正義の一撃なんだ!!」


 逆上し正義に酔っていた男は、叫び声をあげて近藤俊作に向けて突っ込んでくる。

 それを眺めながら、近藤俊作は拾ったゴルフボールを男に向かって投げた。


「天ちゅ…っ!?」


 顔に向かって投げられたゴルフボールをかわす。

 崩れた足元にも同じゴルフボールが転がっていると気づいた時には、足はそのゴルフボールを踏んでいた。

 鈍い音と共に男が自滅したのを確認して、近藤俊作は最後の一人をガムテープで拘束する。


「こういうのも探偵の仕事ってな」

「おーい!そっちは終わったか?」

「ああ。下に逃げた奴は?」

「しっかり捕まえて転がしているよ」


 階段を上がってきたゲオルギー・リジコフに向けて近藤俊作は苦笑する。

 まだ終わった訳ではなく、発煙筒を消して三田守の部屋を確認する。

 隠れているかもしれないと思ったが、それはなさそうだった。


「窓が開いているな?」

「飛び降りようとしてためらったんだろう。

 そうすりゃまだ可能性はあったんだろうが?」


 二階でも飛び降りるには勇気がいる。

 三階ともなると、煙を覚悟して階段へというのは間違ってはいない。

 だから、罠を張られたともいう。


「で、飛び降りた所で怪我をしてお前と対峙だろう?

 どっちにしろ、結末は変わらんよ」


 部屋の中はごみ屋敷となっていた。

 主が居ない上に、人目に付きたくなかったからだろう。変わりきった部屋を見て三田守が呆然とする中で、パトカーと消防車のサイレンの音が近づいて来る。

 愛夜ソフィアが連絡したのだろう。


「これで一段落かな?」


「多分な。

 『優秀だが、情報が与えられていない下っ端』という所に落ち着くだろうよ」


 それは、後始末までおやっさんこと小野健一麹町警察署副署長の手を借りられない事を意味する。

 察して助けてくれるだろうが、こちらからのヘルプが言えないという事は、この騒ぎの説明は近藤俊作がする事になる訳で。


「なんて説明するかな?」


「説明ついでに、ここの警察にお世話になっておけ。

 終わったとは思うが、最後だからと気を抜く事もあるまい。

 警察に拘束される事で、おやっさんが多分察するだろうよ」


 そんな事を言って、ゲオルギー・リジコフは転がった男を抱えて下に降りてゆく。

 近藤俊作が何かつぶやいた事を三田守が聞き返す。


「何か言いました?」

「なにも。

 俺達も男を下におろすぞ」


(『天誅』ねぇ……あれだけ嫌いだった新選組みたいじゃないか……)


 この騒動で近藤俊作以下四人は、平成天誅の構成員を捕まえたと同時にやり過ぎという事で小金井警察署に拘束される事になる。

 小野副署長が手をまわして釈放されるまで、四人は小金井警察署に宿泊する事になった。

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