道化遊戯 桜田門迷宮案内人 道暗寺晴道 その1

注意 ここから十数話はお嬢様は出てきません!


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 警視庁の住所は東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。

 だが、多くの人間はその住所を別の地名で呼ぶ。

 『桜田門』と。

 そんな桜田門の地下資料室に設置されている名称のない部署。

 そこの事を知っている人間は、軽蔑をこめてこう呼ぶのだ。


 『迷宮案内人』


と。




「偉くなんてなるもんじゃないな。

 現場に出られずに、会議、会議、会議で、やらかしたら詰め腹を切らされる。

 おまけに、出た所で根回しは大体終わっていると来たもんだ」


「まだ詰め腹を切らされるだけいいじゃないですか。

 こっちは副署長より上に行く事が決まっているから、椅子取りゲームの足の引っ張り合いですよ。

 応援するんで、真面目に署長になりませんか?」


「冗談を言うな。

 これ以上、ここでの腹の探り合いをするぐらいならば、一介の刑事に戻って犯罪者を追っていた方が気楽だろうが」


「おっしゃる通りで」


 エレベーター内の麹町警察署副署長小野健一警視と九段下交番所長夏目賢太郎警部の会話は他の人間にも聞こえているが、そもそも会議参加者の乗っているエレベーターだからほぼ全員がキャリアの幹部である。

 口を挟むつもりはないが、聞き耳を立てつつその情報を今後の椅子取りゲームに使おうとしているのに二人が気づいていない訳がない。


「今回の警備は米国からの圧力がありますからね。

 上は突っぱねましたが、警備関係者を参加させたがっているのを諦めた訳ではないですよ」


「夏目。それ、何処情報だ?」

「今朝、朝食をとった喫茶店のメイドから」


 夏目の返事に失笑とも嘲笑ともつかない声が漏れる。

 彼が朝食をとった喫茶店が九段下桂華タワーの『ヴェスナー』で、その朝食を持ってきたメイドの名前がエヴァ・シャロンという情報をここで言っても彼らは失笑とも嘲笑ともつかない声を漏らすだろう。

 組織の中で偉くなると、組織の論理が最優先になりがちだ。それは人間社会の宿命であり、警視庁もその例外ではない。

 幹部オフィスのある階にエレベーターが止まり、そこの人間が降りるとエレベーターの中は小野副署長と夏目警部の二人になる。


「夏目。ありゃだめだな」

「仕方ありませんよ。

 現場の人間、あの成田空港テロ未遂事件で責任取らされたんですから」


 安保闘争、第二次2.26事件と警察は戦時体制でこの国の治安を守ってきたが、それは平時の人材が脇に追いやられる事を意味しており、冷戦終結を契機に内部で熾烈な派閥争いが発生。

 そんな矢先に発生したのが95年の新興宗教のテロ事件だが、高度な警察組織はそれに耐えきって……同時多発テロ事件という新時代の戦争に巻き込まれる事になった。

 警察内部は戦時の人材と平時の人材が混在化して、互いに主導権が握れないからこそ、外をそっちのけで激しく争っていた。

 成田空港テロ未遂事件の責任問題は、こういう背景を入れると途端に生臭いものに変わる。

 戦時系の警備担当者が軒並み責任を取らされ、平時系のキャリアが官僚化と事なかれ主義を推し進めようとしていたのである。


「で、何か起こったら奴らどうするんだ?」

「責任とらないようにするんじゃないですかね。

 京都の成功例がありますし」


 警視庁の大会議室で行われた新宿ジオフロント第一期工事完成記念式典警備会議は、警視庁の威信をかけた大々的な警備となる。

 何しろ、恋住総理に岩沢都知事揃っての参加の上、この工事のメインスポンサーである桂華グループより桂華院瑠奈公爵令嬢がセレモニーとして歌を歌う予定なのだ。

 何かやらかそうものならば、数十人単位で首が飛ぶ。

 そして、そのやらかしについては桂華院瑠奈という少女は前科があり過ぎた。

 成田空港テロ未遂事件では自らテロリストのテロを防ぎ、京都観光では神隠しにあって出しゃばって警備をした米国警備関係者に大統領からの皮肉をプレゼントさせるというおてんば娘なのだ。

 そんな彼女が出席するこの記念式典でも何かやらかすだろうと参加した二人は、自己保身と組織防衛に躍起になっていた各派の中で浮くことになる。


「米国の出しゃばりを奇貨にして、責任を押し付けるか。

 そうなると後はタイミングだな」

「外務省も絡んだらしくて、米国大使と特使を招待したそうです。

 で、その警備責任を米国に強制的に渡すふりをして押し付けて、それでも逃れられない責任は……」

「現場に押し付ける。すばらしいな」


 小野副署長が先ほどの幹部連中が漏らした失笑とも嘲笑ともつかない笑みをこぼす。

 とはいえ、そんな事は百も承知でこの椅子に座ったのも事実。

 現場のたたき上げである小野副署長は、越権と独断専行に臨機応変を絡めた合わせ技を選択する。

 なお、そういう事をするから平時の幹部連中から蛇蝎のごとく嫌われるのだがと平時感覚で入った夏目警部は思ったが、口に出さないぐらいにはキャリア人生を歩いていた。


「仕方ない。

 迷宮案内人の所に顔を出すか」


「迷宮案内人?

 たしか、華族の不逮捕特権行使で迷宮入りになった事件のつじつま合わせをする部署だったはずですが、何でそんな所へ」


「決まっているだろう。

 起こるのが分かっている上に、迷宮入りが確定している事件だ。

 つじつま合わせの為に、情報を既に集めているだろうよ」




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これ、『パトレイバー』で言うと太田さんと進士さんの対立である。


95年の新興宗教のテロ事件

 あえてここでは書かないが、警察庁長官狙撃事件のグタグタぶりは安保時の戦時体制だった警察内部が平常化していた事を知らしめてくれた。

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