銀翼の残光 その2
『では、今日のニュース解説です。
年明けの株式市場に激震を走らせた帝興エアラインについてですが、経済部の〇〇さんとコメンテーターの神戸教授にお話を聞きたいと思っております』
『よろしくおねがいします』
『では、〇〇さん。
今回の帝興エアラインの急落についてですが、詳しいお話を聞かせていただけないでしょうか?』
『はい。
この帝興エアラインの隠れ債務ですが、関係者の間では知られていた問題でした』
『と、言いますと?』
『元々帝興エアラインが旧北日本政府のナショナルフラッグキャリアだった樺太航空を併合した際に、正確な資産の査定ができなかった事に起因しています。
樺太航空から継承した旧東側機材のリプレース費用と人件費は、旧東側特有の官僚主義による放漫経営で到底受け入れられないものになっていたのですが、市場経済化を進めてこれらを受け入れなかった場合は樺太の失業率と治安の悪化が懸念されたのです。
その上、樺太航空は旧北日本政府の国営企業の中では「まだまし」な企業で、統一後のバラ色の未来を皆が夢見ていた頃でもあったため、追及の手が緩くなった。
それらが爆弾としてずっと眠っていたという訳ですね』
『それがどうして今になって発見されて爆発したのでしょう?』
『2001年の同時多発テロから今に至るまで、航空会社の経営は不安定な状況に陥っています。
米国や欧州では大手航空会社の破綻が相次いでおり、帝興エアラインも2002年に国内三位の航空会社である極東空路と経営統合を行っていますが、これは極東空路の実質的な救済でした。
その経営統合の過程で、経営合理化を名目に更なる資金援助を大手金融機関に要請していた矢先に今回の内部告発が行われたのです。業界関係者の間では、告発者は「確実に脇に追いやられる樺太航空関係者」説と「これからリストラされるだろう極東空路関係者」説の二つに分かれており、まだどちらが正しいのか分かっていない状況です』
『うーん。樺太航空関係者なのかなぁ?』
『おや?
神戸教授は何か気になる事があるのですか?』
『いや、散々ここでも樺太疑獄が取り上げられたけど、樺太絡みは最終的には不逮捕特権で闇に葬られるじゃないですか。
ましてや、樺太航空の中を知っていたのならば、今回みたいに爆発したら自分たちが吹き飛ぶのを分かって内部告発するのかなとね』
『じゃあ、神戸教授は極東空路関係者説に立つのですか?』
『そっちも実を言うと懐疑的でね。
極東空路の親会社だった東横鉄道は経営統合の際にも帝興エアラインの株を保有する事で経営に関与しているのです。
この内部告発で急落した帝興エアラインの株価は近年導入された時価会計だと凄く痛い。
億単位の評価損を計上しないといけないでしょう。
親会社にここまでダメージを与えるのを理解した上で極東空路の関係者が内部告発に踏み切るか?
私は、第三の仕掛人がいるのかもしれない、と考えています』
『その第三の仕掛人とは誰なんでしょうか?』
『……あいにく、そこまで分からなくてね。
まぁ、分かっていたらここに出ずに帝興エアラインの株を内部告発前に空売りしていたよ』
『たしかに。ははは……
失礼しました。
〇〇さん。
当事者の現在の状況について教えてください』
『はい。
まずは帝興エアラインは「内部調査中に伴いコメントは差し控えたい」と報道機関に対してFAXにて回答しています。
また、監督官庁の国土交通省は岩沢国土交通大臣の記者会見で「近く調査チームを立ち上げる」と発表。
大手金融機関は今の所「帝興エアラインからの支援要請を拒否しない」とコメントしています』
『ちなみに、帝興エアラインの支援要請金額はどの程度なのでしょうか?』
『総額は六千億円で、半分は政府系金融機関、残り三千億円を帝都岩崎銀行、二木淀屋橋銀行、桂華金融ホールディングスが一千億円ずつ受け持つ予定でした。
繰り返しますが、これらの金融機関は支援要請を今の所拒否はしていません。
現在、帝興エアラインの債務は一兆円もあり、万一破綻した場合はこれらの債務が不良債権化してこれらの金融機関の経営を直撃するでしょう』
『大手金融機関は大丈夫なんでしょうか?』
『現在五和尾三銀行との統合を進めている帝都岩崎銀行とこの春の上場を予定している桂華金融ホールディングスにとってはこれらのスケジュールが狂う可能性があり、金融庁及び不良債権処理を強力に推し進めている恋住政権はこの案件を注視しています。
樺太銀行のマネーロンダリング疑獄に次いでの樺太絡みのスキャンダルに、北日本政府の併合は正しかったのかという声が一部から上がる現状、この件ももうすぐ開かれる通常国会で取り上げられるのは確実でしょう』
『〇〇さん。ありがとうございました。
神戸教授。
去年の選挙での大勝利で楽な政権運営と思われていた恋住政権ですが受難が続きますね』
『ええ。
樺太疑獄では枢密院改革による不逮捕特権の剥奪、派遣法改正による雇用改善、樺太特区法による樺太統治への政府関与の強化という三本柱で臨時国会に挑んだのですが、党内抵抗勢力の頑強な抵抗にあって通ったのは結局樺太特区法のみという結果になりました。
枢密院改革と派遣法改正は今国会でも審議されるのですが、予算審議も絡んで通るかどうかは微妙な所でしょう。
その上、恋住政権の成果として強調していた不良債権処理ですが、帝興エアラインが万一にも破綻でもした場合、大手金融機関に更なる損失が出る事になり政権運営に支障が出る事は避けられないでしょう。
樺太問題が解決した後に恋住総理は悲願の郵政民営化に向けた党内整備を進めており、党内抵抗勢力はこの本丸に手が付けられる前にと樺太疑獄で激しく抵抗しているという訳です』
『ありがとうございました。
CMの後は芸能コーナーです。
時の人である桂華院瑠奈公爵令嬢に殺到する映画・ドラマのオファーですが、そのほとんどが拒否され……』
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岩沢国土交通大臣
岩沢都知事の長男。
あまりのめぐりあわせに大爆笑したのは内緒だ。
お嬢様の鉄道建設の支援のつもりだったんだろうなぁ……
まだこの頃は改革派として、恋住総理の次を狙う一人と目されていた。
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