帝都学習館学園七不思議 学生寮のざしきわらし その4

「神様なり、物の怪なり、ファンタジーなり、オカルトなり……一番難しいのは相手の姿が見えないという事。

 相手に意思がある場合、その意志にそぐわない行動をとったら、高橋さんの身が危険にさらされるわ」


 高橋鑑子がその神様なり、物の怪なり、ファンタジーなり、オカルトなりに接触する前に、神奈水樹は高橋鑑子にそうアドバイスしていた。

 今となると、そのアドバイスがありがたいと思わずにはいられない。


「と、同時に、相手に意思があるという事は、コミュニケーションをとらないといけないという事を意味するわ。

 つまり、こちらの行動に対しての報復はあるけど、こちらの思考に対しての報復はできない。

 大事なことだから、覚えておいて」


「こちらの心を読む妖怪とか居なかった?」


「居るわよ。

 サトリとかがそういう妖怪ね。人の心を読むの。

 けど、ここ大事。

 『読む』だけで『考える』ことはサトリにも止められないわ」


 神奈水樹はその男性関係から派手にトラブルをまき散らしているが、今この時の彼女は間違いなく占い師だったと高橋鑑子は思い出して苦笑する。


「言葉は相手の武器であると同時に弱点でもあるの。

 相手がこちらに望む事は相手が自分でできないという事。

 大事な情報よ」


 部屋で考えていた高橋鑑子は立ち上がる。

 お風呂の時間が終わりかかっていたからだ。

 オカルトに迫られても、お腹はすくし、お風呂には入りたい。

 人というのはそういうものだと湯船で苦笑する。


(おねがい。

 開法院さんを説得してよ。

 『ざしきわらしに戻って、この国を幸福に導いてください』って)


 高橋鑑子は湯船で考える。

 それが私にできるという事なのだろうが、もちろん高橋鑑子は生まれを間違えた系ではあるが、オカルトには縁のない少女である。

 かといって、開法院蛍にそのままの言葉を言うのがオカルトのオファーとも思えない。


「そういう時に多いのは、封印を解く形のお願いかしら?

 その封印を解く事で、封じていた何かが外に出ると」


 思いだした神奈水樹の言葉は、誰もいない風呂場に広がるような気がした。

 彼女の言葉を高橋鑑子は考える。

 行きつく所も何かは語っていた。


(ざしきわらしかぁ……)


 お菓子がなくなったり、ちょっとしたいたずらをしたりする寮の見えないマスコットたち。

 そんなざしきわらしを寮生は良き隣人として敬い共に暮らしており、ざしきわらしたちを祀る神棚も食堂にあったはずである。

 何かしろというのならば、多分その神棚なのだろう。

 高橋鑑子はそこで違和感に気づく。


(待って?ざしきわらしたちが開法院さんをざしきわらしにするの!?)


 ぽたりと汗が湯に落ちて波紋を広げた。

 けど、その違和感が糸口として靄を晴らしてゆく。


(そもそも、私に語り掛けてきたあれは本当にざしきわらしなの?)


 何で他の寮生でなく高橋鑑子なのか?

 それは開法院蛍に近いからだ。

 それが意味する事、それによってあの何かの願いとどう繋がる?


 ぽちゃん。


 最後なのを良い事に頭を湯の中に沈めて高橋鑑子は水の中で呟く。

 ぼごぼごとしか外には聞こえないだろうが、その結論は心の中に秘めるには少し大きすぎた。


(あの何かは、私に憑いて開法院さんに近づくつもりなんだ……)



 湯上りの牛乳は美味しい。

 なお、初等部修学旅行にて、牛乳かコーヒー牛乳かフルーツ牛乳かで大論争が女子湯内で勃発し壁向こうの男子湯からの「コーラでいいじゃん」の一言に一致団結して論戦を挑んだのは懐かしい思い出だ。

 なお牛乳派が高橋鑑子、コーヒー牛乳が桂華院瑠奈、フルーツ牛乳が春日乃明日香、コーラが帝亜栄一である。

 そんな事を思いながら風呂上がりの高橋鑑子は食堂に来ていた。

 そこそこ大きな食堂の端にはTVがつけられており、その対角線上に神棚が祀られている。


「神様だってTV見たいでしょ?」


 という先輩の言葉を思い出すと、この寮のざしきわらしは本当に丁寧に大事に敬われてきた。

 ざしきわらしもそれに応じたのかしらないが、この寮の空気はとても良い。

 社会に出た先輩方が折りに思い出し敬うぐらいに。

 自然と神棚に向かって高橋鑑子は拝む。


(ざしきわらし様。私にはあなたの心がわかりません。

 けれども、貴方が私にとりついて開法院さんにとりつくような悪いお方でもないと思っているのです。

 どうかこれからも、私たちを見守ってください……)


 食堂を出ようとした彼女のスリッパに何かが当たり、『ちりん♪』と澄んだ音が食堂に転がった。

 蹴とばした何かは古ぼけた鈴。

 誰かの落とし物と考えるのが普通だろう。

 だが、高橋鑑子は、その普通を考えなかった。

 鈴は古来より魔除けとして用いられてきたのだから。

 今の高橋鑑子の状況を知って、そんなタイムリーなものが彼女の所にやってくる偶然を彼女は信じない。


「ありがとうこざいます」


 その鈴を拾い上げて、高橋鑑子は部屋に戻る。

 まるで返事をするかのように、手の中の鈴が小さく鳴った。




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今回出てきた妖怪の紹介

サトリ


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%9A

https://dic.pixiv.net/a/%E3%81%95%E3%81%A8%E3%82%8A


東方の古明地さとりで大分有名になった妖怪。

対処方法は『相手にしない事』であり、撃退方法は『思いも寄らない行動で攻撃する事』である。

この妖怪、ざしきわらしとよく似ているんだよね……



神棚の話

 これは私がかつて行った職場の話だが、その職場で野球を見ていて応援側が負けた時に「神様!なんで応援したチームが勝てんのじゃ!」と突っ込んだ人に私が思わず「そこからじゃTV見れないからじゃないですか」と突っ込んだのが元ネタ。

 なお、その後その球団の成績が良くなったかどうかについてはコメントを控えさせていただく。

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