帝都学習館学園七不思議 学生寮のざしきわらし その3
高橋鑑子は〇〇を間違えた少女である。
この〇〇にはいくつかの言葉が入る。
高橋鑑子は『性別』を間違えた。
これは最近特によく言われる。
四人兄弟唯一の末娘で、その末娘が一番道場で才能を発揮しているのだから、ある意味当然なのかもしれない。
とはいえ、彼女は武道一筋という訳でもない。
勉学は学年トップ層に位置し、習い事は茶道に短歌や俳句などを吟じる文武両道の少女である。
県警本部長を務める父は息子三人とも警官の道へと考えているし、それを息子たちも理解してその道を目指しているが、一番才能を見せていたのがこの末娘だった。
だからこそ、そういう事を言われるのだが、それが家族や兄弟に波紋を広げることはなかった。
それは彼女が女性だからである。
「悪くはないわよ。
無駄に家庭環境が荒れても良い事はないし」
どれほどの才を見せても、家からすれば、嫁に行く身である。
だからこそ、彼女は惜しまれながらも、良好な家族関係を維持できているのだ。
高橋鑑子は『年代』を間違えた。
彼女の年代は、帝都学習館学園のカルテットを筆頭にした綺羅星才能の当たり年だった。
帝亜栄一、泉川裕次郎、後藤光也、桂華院瑠奈の四人を頂点に、春日乃明日香や橘由香、久春内七海等の成績優秀者がずらりと並んでいた。
高橋鑑子もその中で競える人間ではあるのだが、一年ずれていたらきっと頂点に立っていただろう。
帰宅部少女だった彼女の委員会活動は体育委員会と風紀委員会を渡り歩き、クラス委員にもなった事がありそれらを大過なく勤め上げていた。
特筆すべきは初等部体育委員会体育委員長就任で、六年時の体育祭実行委員長として体育祭をカルテットと共に大成功に導いた陰の立役者である。
その為か体育会系部活からの受けがものすごく良い。
「たいした事はしていないわよ。
できる事をできる人にお願いしただけ」
彼女はそんな事を周囲に漏らしたが、執行部に、つまりカルテットには選ばれなかった。
彼女は、生まれる年代を間違えたと彼女を知る第三者が嘆く理由である。
そんな言葉に彼女はただ微笑むことで返事を返すのみだった。
高橋鑑子は『友人』を間違えた。
これを言うのは本人を含めて誰もいないが、後から見ればそう言いたくなる選択だった事は否定できない。
初等部高学年。
道場の為に部活を選択しなかった彼女は、桂華院瑠奈の剣道に魅了されたのだ。
(ああ。なんてもったいない剣を振るうのだろう)
と。
剣道部というお遊びで終わらせるのはもったいない。
彼女の剣と打ち合ってみたい。
思ったら、自然と手を打っていた。
春日乃明日香経由でそれとなく顔を合わせ、後は話をしながらいつの間にか友人ポジションにちゃっかりと収まったのだ。
「また試合をしましょうね♪」
「え?
いやですよ。
負けますし」
高橋鑑子と桂華院瑠奈の関係はここに定まった。
つまり、桂華院瑠奈の見え続ける場所に、彼女は入ってしまったのだ。
高橋鑑子は『場所』を間違えた。
そもそも、彼女は帝都学習館学園に来ずに別の学校に行けば頂点の座は容易く取れたのだろう。
事実、特待生として彼女には他校からのスカウトの声があった。
それでも、彼女は帝都学習館学園中等部に進んだ。
「できれば、お嬢様のご友人としてこれからも過ごしていただけると嬉しいのです」
そう言って桂華院瑠奈の執事である橘隆二は彼女に頭を下げた。
もちろん、主である桂華院瑠奈には内緒にだ。
高橋鑑子は自分が詰んでいる事を悟った。
「私みたいな人間は、いくらでもいるでしょうに?」
「たしかに、これからあなたみたいな人はどんどんお嬢様の側についてゆくでしょう。
ですが、初等部からお嬢様と仲良くなされている高橋様はそんな輩とは一線を画す存在であると、桂華院家は考えているのです」
すでに家族や道場を含めた外堀は埋まっていた。
別に特待生として出てゆく事を決めた訳でもないが、桂華院家がこれほどまでに彼女を囲うとは思っていなかった。
高橋鑑子がその時思ったのは、恐怖でも疑念でも怒りでもない、納得。
その言葉が、彼女の才能を晒してしまう。
「ああ。
私だけ桂華院さんから自主的に離れられるんだ」
「はい。
あなた自身は選ぶことができました。
ですが、お嬢様の側にとお願いするのは私の、桂華院家の意志と考えて頂いて結構でございます。
同性で競える方はそれだけ貴重なのでございます」
かつて桂華院瑠奈を負かした剣道大会の事がきっかけ。
初等部の生活や行動を全部見られた上で、橘隆二は彼女がお嬢様の良きライバルになる事を望んだ。
彼女は自分の未来がある程度狭められたのを自覚した。
「で、私はどこまで桂華院さんとお付き合いすればいいのかしら?」
「できうる限り。
それをしていただけるのでしたら、桂華グループ内部のそれ相応の場所に高橋様の場所を確保いたします」
家を離れざるを得ない女子であり、男兄弟もいる彼女は桂華院家からすれば囲うのにお買い得な人材だった。
何よりも、初等部から桂華院瑠奈と友人関係を構築している事がどれほどのアドバンテージになるか。
それが理解できない彼女ではなく、彼女がそれを理解しているとわかった上で橘隆二はしっかりと彼女の人生の買収金額を提示した。
「桂華院家は、貴方のために桂華グループの重役席を用意いたしましょう」
これがどれだけ破格の待遇であるかわからない彼女ではなかった。
そして、その選択肢を断る理由がない事もまた自覚していた。
だから、了解するついでにぼやく。
「私はただ、桂華院さんと剣を交えたかっただけなのになぁ……」
(ねぇ。
あなたの間違えたいろいろをやり直したいと思わない?)
そんな声が聞こえてきたのは、つい最近のこと。
ざしきわらしの戯言だろうと高橋鑑子は無視する。
(私ならできるわ。
あなたが間違えたいろいろをやり直させる事ができる)
口を閉ざして無視する。
この手の物の怪はそれが一番大事なのだと、高橋鑑子は神奈水樹から聞いていた。
神奈水樹は、栗森志津香や華月詩織に起こった不思議な出来事をそれとなく周囲に警告していた。
そして、その警告を十二分に活かすことができる才能を高橋鑑子は持っていた。
「いい?
最初は黙って何も答えない事。
沈黙は、相手に情報を提示させる大事な武器になるわ」
「桂華院さんが出ていたサメ映画みたいに?」
「そう。
あれはオカルトの理想的な対処法よ。
こちらの情報を与えずに相手の情報を探り、情報が出そろったら対策を講じて退治する」
「水着を破かれた後にセーラー服を着る必要はない訳だ」
神奈水樹の友人関係で多分桂華院瑠奈の次に親しいのが高橋鑑子だろう。
変われない事を肯定した神奈水樹と変われなくなるのを自覚した高橋鑑子の関係は、ドライだからこそ馬が合った。
「ここ最近の不思議現象は明らかに桂華院さんの周囲を狙っているわ。
間違いなくあなたも狙われるでしょうね。
だから、最後は従うふりをして相手の目的を聞き出して頂戴」
「最後まで抵抗しなくて?」
「変に抵抗してあなたに害が及んだら桂華院さんが悲しむじゃない。
ついでに私もだけど」
「あらどうも」
悪魔の誘惑はそれを望んでいるからこそ。
高橋鑑子は、その誘惑を否定できない自分に苦笑する。
「で、私に何をさせたい訳?」
慎重に用意した高橋鑑子の誘い水に、ざしきわらしはあっさりと乗った。
その情報も神奈水樹から聞いてはいたが、ショックがなかったと言えば嘘になる。
(おねがい。
開法院さんを説得してよ。
『ざしきわらしに戻って、この国を幸福に導いてください』って)
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