乙女の尊厳と大名行列 その後

 大名行列にキレた私がトイレを増設したその後の話をしよう。


「るーなーちゃん」


 放課後明らかな姉妹モードを前面に出して明日香ちゃんがつつつと寄ってくる。

 こういう時の明日香ちゃんはその裏面が政治家の娘モードになっているから、大体お願い事と当たりをつける私。


「なあに?

 明日香ちゃん?」


「お願い。トイレ貸して」


 ここで現場から少し離れたところにトイレがあるというを指摘するのは野暮なんだろうな。多分。

 クラスが違うおかげで、今や彼女も一学年に六匹しかいない女王蜂の一匹である。


「私が建てたトイレの事よね?

 もしかして、何か揉めた?」


「揉めたというより揉めそうなのよ。

 で、とばっちりを受ける前に瑠奈ちゃんと手を握ろうと」


「トイレで?」


「もちろん手は洗った後で」


 小粋な乙女ジョークはひとまず置いといて、話を聞くと、要するにバッティングにおける序列争いが不徹底という理由が浮かび上がる。

 うちが特異というか異様なだけで、他所の女王蜂は友人の同盟関係と特待生枠で入ったその家の従者枠によって構成される。

 で、友人関係というやつは、利害や感情で敵味方に変わるもので、ぶっちゃけると下克上なんてよくある話な訳だ。

 そんな下克上が女の子の友人関係でクラスを跨げば他家介入という戦国時代あるある……たしか今は新世紀になったはずなのだが。


「何言っているのよ?

 この国は、特に田舎はそれこそ荘園の時からずっとこんなノリよ!」


 いや力説しないで。明日香ちゃん。

 しれっと隣でこくこくと頷いている蛍ちゃんは分かっているのか分かっていないのか。

 彼女の家奈良のというか荘園関係の当事者だから分かっているっぽいな。

 話がそれた。


「で、明日香ちゃんはうちのトイレを借りるついでに私と組んで、騒動に立ち向かおうと」

「というか、その台風の目に居るのが、瑠奈ちゃんの所の神奈さん」


 ジト目で明日香ちゃんに言われて天を仰ぐ私。

 隣に居た華月詩織さんの額にオコマークがついたのは見ないふりをするが、明日香ちゃんの報告は止まらない。


「ほら。

 男女の仲って……ね」


「呼んできます」

「呼ばなくていいから」

「しかしっ!」

「あの人はああいう立ち位置。道化師と思って頂戴な」


 華月詩織さんだけでなく橘由香まで青筋立てて連れてこようとする所を私が手で制す。

 短いながらも彼女とのつきあいで分かったことがある。

 神奈水樹は変わらない。いや、変われない。

 良くも悪くもだ。


「で、何やったのよ?彼女?」

「私が知っている限り、五股?」


「……」

「……」

「……」


 絶句する私と華月詩織さんと橘由香。

 私は唖然だが、残り二人は怒りを忘れて顔が赤くなっていたり。

 私たちも中学生ゆえ、それ相応に性知識は身に着けている。


「つまり、彼女が誰かの子を孕んじゃったら、自動的に私に火の粉が?」

「立ち位置的に、分からない訳じゃないのよ。

 この学園というか、古くからの閨閥形成だとね」


 戦国時代というか武家思考だと、ここで相手の殿方が財閥なりの有力者なら、神奈水樹の後援者である私が尻拭いをするのだが、同時に彼女を差し出すことで相手財閥とのコネを作れるというチャンスでもあるのだ。

 ゲーム時に彼女を友人枠というか側近にしていた私は、間違いなく彼女の体とそこから派生したコネを利用していたのだろうと、今になって理解せざるを得ない。

 で、それを最後まで続ける事ができずに、海外留学という形で彼女は放逐される。

 道化師としては実に理想的な保身を維持した最期である。


「作るなとは言わないけどもう少し、色々と……ね」

「うん。

 とりあえず、関係各所には私から頭を下げるわ」


 なお、プレハブ棟に私が頼んでもいないベッド付き休憩室なるものができており、調べたら神奈水樹の発注と知ったのは後の話。


「だって、空いている部屋探すの中々面倒だし、した後でここだとシャワー浴びれるから楽でいいのよね」


 ここまで突き抜けると、怒るより呆れるという華月詩織さんと橘由香の顔を見て、私は一言だけしか言えなかった。


「避妊はちゃんとしてよね」

「大丈夫。誰の種でも生んで育てるから」


 それができる財とスキルがあり、そうするように生き方を固定された神奈の女たち。

 彼女の華麗なる男性遍歴のトラブルのこれが序章である。




「桂華院さん。

 お願いがあるのだけど……」


 ある日、敷香リディア先輩が私の所にやってきて、神妙な顔でお願いされる。

 何だと身構えていたら、先日明日香ちゃんとから聞いた言葉と同じセリフだった。


「お願い。

 桂華院さんのお手洗い貸してほしいのよ」


 やはり、すぐそこにトイレがという天丼は言わない方がよさそうだ。

 明らかに明日香ちゃんと時と比べて、表情が真剣である。


「時と場合によりますが、何かあったのですか?」

「私じゃなくて、親がね。

 樺太疑獄絡みで」

「あー」


 盛大にワイドショーを賑わせている樺太疑獄こと、樺太銀行マネーロンダリング事件。

 敷香リディア先輩の実家である敷香侯爵はこの事件にがっつり絡んでいたのだが、不逮捕特権の行使と引退によって表舞台から去る事で逮捕から逃れた。

 とはいえ、それを世論が許す訳もなく、ワイドショーは面白おかしく騒ぎ立てて、それが子供側にいじめとして跳ね返ってきたと。

 トイレはプライベート空間のくせに、その社会の縮図みたいな所があるので、この手のいじめの舞台になりやすい。

 そういう意味で、樺太出身者へのいじめが水面下で発生しつつあったという訳だ。

 なお、私及びわたしの身内にそれがなかったのは、私が成田空港テロ未遂事件の被害者であるというのが大きいのだろう。

 あれだけテレビに大々的に被害者として晒されたら、私を樺太の人間ではないとカテゴライズせざるを得なかったと。


「いいですよ。

 困ったときはお互い様です。

 そっちの知り合いでいじめられている子がいたら紹介してください。

 こっちでもフォローします」


「たすかるわ。

 で、甘えるばかりじゃ駄目だから、何をお礼にすればいいかしら?」


 敷香リディア先輩の顔が、打算込みの笑顔に変わる。

 一応私の前を歩いて私の弾除けみたいになってくれている人だ。

 求めるものも無いわけではないが、いじめられている子が助けてと言っているのに、それを助けるのに政治や打算というのも嫌だなという思いが、私の中にあった。

 まぁ、その前に散々神奈水樹の為に他の女王蜂の前で頭を下げまくって、政治や打算はもうコリゴリという気分が残っていたのも否定しないが。


「じゃあ、お願いがありまして……」




「何で私がこんな事を……」

「いやまぁ、利用させてもらっているから、これでも温情なのは分かるけどね……」

「はいはい!

 口を動かさずに、手を動かす!!」


 後日、プレハブ棟のトイレを掃除完全装備姿で掃除する私と神奈水樹と敷香リディア先輩。

 高宮晴香館長との約束である、


「そのトイレの掃除は、桂華院さん。貴方がすること」


その履行に付き合ってもらうことにしたのだ。

 入口で他の掃除をし終えて手出しできずに見ているだけの橘由香の姿があるのだが、それは見ない方向で。

 なお、側近団一同は高宮晴香館長に約束の撤回を求めて直訴しに行ったらしいが、窓からとぼとぼと俯いて帰ってくる一同を見て返り討ちにあったと察した。


「別に悪い事じゃないでしょ?

 自分が使ったら、自分で片づける。

 ちなみに、うちの桂華金融ホールディングスの一条CEOもやっている事です」


「本当ですの?それ?」


「経済誌に載っているので今度バックナンバーを中央図書館で読んでみてくださいな」


 本当にやった事ないらしい敷香リディア先輩に対して、神奈水樹は手慣れた掃除をする。

 私も負けじと掃除をしていたら、彼女のこんな声が聞こえてきた。



「私にトイレ掃除させるなら、私を使った男子も引っ張ってくればもっと早く終わったのに……」



 私は、彼女の言葉を聞かなかったことにした。




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女王蜂瑠奈 戦国大名

他所の女王蜂 守護大名



戦国性事情

 まつさん「呼んだ?」<<12歳で母親


 GHQが介入していないから、このあたりの意識とか多分残っている可能性高いんだよなぁ。

 ぶっちゃけると、横溝正史的田舎が。

 昔、巫女の処女性について調べて、そのあたりのパラダイムシフトが発生した時代を探っていたのだが、途中で終わっていたな。

 Twitterのまとめだけ張っておこう。


本当はエロい巫女

 https://togetter.com/li/383266

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