乙女の尊厳と大名行列
中学生になって側近に囲まれると、一つ面倒な事が起こる。
トイレである。
「ちょっと失礼」
「あ。お供します。
少しお待ちを」
この時期の女子は群れるとは言うが、それが側近団および友人を連れてとなるからもはや大名行列である。
それが意味する事は江戸時代から起こる由緒正しきトラブル。
バッティングである。
帝都学習館学園中等部は1学年6クラス。
学年ごとに階が違うので1つのトイレに、6人のクイーンビーがあつまる。
その6人がトイレに行こうものなら、ついてくるお付が数人は当たり前。
つまり、トイレが埋まるのだ。
で、ここで待てばいいのに、華族なんて特権階級に属している連中である。
マウントの取り合いから、親を巻き込んだ大騒動にという事が何度か発生したらしい。
かくして、乙女の尊厳はそのまま学内政治とマウント合戦のすり合わせによって笑えない喜悲劇へと変わる。
まず、二人が先触れとしてトイレに走り、トイレを抑える。一人が抑えたことを伝令。
それから、お付を連れた本隊が大名行列よろしく行進するという感じ。
先触れが他の女王蜂の群れと遭遇した場合、先に使った者を優先するという慣例に従う。
厄介なのが、先ぶれ同士がかち合った場合だ。
その時に仕える女王蜂のマウント合戦が発生し、これがそのまま学内女王蜂間の勢力争いに直結する。
つまり、乙女たるもの急な腹痛は起こってはいけないのだ。
もちろんキレた。私が。
「なんでこんな馬鹿馬鹿しい事をしないといけないのよっ!!!」
「落ち着いてください。お嬢様。
少なくともお嬢様はそういうお方であるという事でございます」
ブチ切れた私を最初に宥めたのが橘由香である。
基本温厚な私がキレた場合、側近団でも声をかけるのがつらいらしく、一番槍というか信頼の証として彼女が宥めにかかるみたいだ。
「そうですよ。
我々華族は元は公家大名の成れの果て。
公家はともかく、大名ならば大名行列は伝統みたいなものでしょう」
「うちは昭和新興の公家系華族じゃない!」
「あ、いや、まぁ……そうですね……」
「あー。ごめん。
ちょっといらついていた。華月さん」
「気にしないでください。
桂華院さん」
橘由香に続いて、フォローに入るのが華月詩織さんである。
詩織さんがこの間の一件から結構突っ込んでくるのがうれしいのはうれしい。
ただ、彼女も元はお嬢様ゆえに、フォローが甘いというかそこで固まられると私の気勢が削がれる訳で。
とはいえ、この理不尽は我慢できるものではない。
こっちの生理現象であるがゆえに、見栄とかどうとかを超えてくるから厄介なのだ。
「お嬢様。こちらを」
「なにこれ?」
「我慢する薬です」
東側の悪い所というか、あいつら科学万能主義で何でも薬で解決しようするというか。
旧北日本こと樺太では米国や日本などの西側諸国に勝利するためならば、その手段は正当化されるという風潮は未だ残っている訳で。
久春内七海の差し出した薬を手にもてあそぶ。
「大丈夫?これ?」
「大丈夫だと思いますよ。
西側の薬ですから」
だから、そういう東側ブラックジョークをやめろ。
ここまでくると私も苦笑するしかない訳で。
ちなみに彼女、クラスが違うのにこっちにやってくるあたり、側近団リーダーとしての責務というか、忠犬というべきか。
橘由香と同じタイプなのだが、うまくやっている。
「お嬢様!
空きました!」
そんな話をしていたら、今回の先触れ担当である留高美羽が走って戻って息切れしながら叫ぶ。
ため息をつきながら私は立ち上がる。
「行くわよ」
「「「「はい!」」」」
この時点で私の周りに四人。
で、大名行列への参加が忠誠を示す機会だと捉えたのか、参加者がどんどん増えて行って、気づいたら十数人規模の大名行列に。
ゲーム内の桂華院瑠奈は常に背後に女子たちを従えていたが、きっとこんな理由なのだろうなと私はトイレの中で嘆いたのだった。
「で、面倒だからトイレを増やしちゃいました♪」
「おいちょっと待て。
なんでその発想にぶっ飛ぶ!?」
完成したプレハブ棟を前に栄一君・裕次郎君・光也くんに説明した所、男子三人ドン引き。
乙女の世界の理は男子には理解できぬものらしい。
なお、プレハブ棟の完成に私が出向いたので男子三人が何をやっているのかと近づいてきたので説明の後の一コマである。
「ほら。
私の警護を目的に学園警備をうちの警備が受け持つことになったのだけど、警備員の詰所が小さくて増築したのよ。
で、だったらここにトイレを増設して使えるようにしちゃえという訳で」
「それを押し通すお金と政治力がすでに中学生から外れていると思うんだ。僕は」
「あきらめろ。泉川。
桂華院の前で常識を語っても無駄なのは知っているだろうが」
「何その言い草?
まるで私に常識がないように聞こえるのだけど?」
私のオコに一斉に視線を逸らす男子三人。
ついでに後ろの側近団に視線を向けるとやっぱり逸らしやがった。
なお、建物は寄付扱いにして、いらなくなったら潰してもらって構わないという許可をつけているが、もちろんトイレは私が使うだけにそこそこのグレードに。
「しかし、よく許可がおりたな」
「まぁ、理事会まわりの説得には手間がかかったけどね。
中央図書館の高宮晴香館長を口説き落としてからはあっけなかったわよ」
この学園の生き字引なだけに、その影響力は常に入れ替わってきた理事会や教職員を超えるものがある。
また学生への人望もあるから、生徒会もあの人に対して頭が上がらない。
彼女が設置許可に協力する条件はたった一つだった。
「そのトイレの掃除は、桂華院さん。貴方がすること」
特権階級として居る私たちはその特権に甘んじてはいけない。
少なくとも、その特権に甘んじないというポーズだけはしてみせろという条件に私は心の底から頷く。
何しろ、最近は掃除すら側近団がやってしまい、させてもらえる機会が少なくなっていたのだから。
私が権力に溺れないように、溺れても戻れる感性が残るようにという高宮館長の配慮に私は心から感謝するしかなかった。
なお、その条件を後から知った側近団が撤回を私に求めたが後の祭り。
嬉々としてトイレ掃除をする私に心を痛めた事を記しておく。
────────────────────────────────
大名行列
参勤交代でのバッティングは起こらないようにいろいろと調整していたらしい。
特に大大名や譜代大名相手に中小外様大名の参勤交代は、いろいろと苦労話が。
東側ブラックジョーク
この手の話はいろいろあるけど、製品の品質は西側が勝っていたという事は自覚していたらしい。
だから、公式で認められずにこんなジョークができることに。
プレハブトイレ
工事現場のやつというより、コンビニの建物をイメージするとわかりやすい。
で、トイレはお嬢様たちが使うからとかなり気合の入ったものに。
実はこのネタ、宝塚劇場の女子トイレの話がネタ元である。
あっこの女子トイレはガチですごいらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます