お嬢様専用ブランド『ティル・ナ・ノーグ』裏話の裏話
九段下桂華タワー私の居住区の応接室。
そこにいる私は、じと目でおっさんの沈黙を肴に紅茶を堪能していた。
「……」
「……」
「……」
いい大人なんだからそろそろ何かしゃべってほしい。
手打ちに付き合わされている私の身にもなってくれ。
あと写真家。あんた元凶なんだから、もう少しおとなしくして私にカメラ向けるな。
ほら。
鐘ヶ鳴化粧品の役員がこめかみを引きつらせてあんたを睨んでいるのですが。が。
という訳で、話を少し戻そう。
私のための専用ブランド『ティル・ナ・ノーグ』。これが立ち上がったのはいいが、これに激怒した所が一つ。
現在合併作業中の桂華商会の主要子会社、鐘ヶ鳴化粧品である。
日本で結構なブランド力を持っており、一時は鐘ヶ鳴紡績の赤字の穴埋めを一手に引き受けていたここは、合併に伴う事業再編に伴ってやっと本業に力を入れて起死回生をと考えていた。
で、そんな企業グループのトップが超売れっ子のモデルみたいなものだったら、そりゃキャンペーンガールとして起用したいという声が出るのは当然な訳で。
中学生になったし、そろそろおしゃれに気を使うお年頃。
ちなみに、香水を作ってくれたのがここだったりする。見事に役に立たなかったが。
この手のCMガールとなると当然ライバル商品は使えない。
自分の紹介している商品のライバルを使ったら何のためのCMガールかという事になるからで、決定にはいろいろな生活における縛りが入ったりする。
普通の女優ならば当然それを呑むし呑まされるのだが、私はこれが適用外だった。
何しろ鐘ヶ鳴化粧品の親会社である桂華商会、ひいてはそれらを束ねる桂華グループの頂点に立つのが私こと桂華院瑠奈なのだから。
「お嬢様にとって最高のものを世界中から探して選ぶ。
それが何か問題?」
「否定はせんが、せめてこっちの事情はくめって言ってんだよ!」
というのが今回の騒動の元凶である。
できるだけ、自社製品を使ってもらいたい鐘ヶ鳴化粧品と最高級の一品を世界中から取りそろえたい帝西百貨店というかあの写真家の対立は、それぞれの上である桂華商会と桂華鉄道に持ち込まれて私の耳に入り、こうして私の立会いの下で手打ち式を行うことに。
……今気づいたが、あの写真家を社外取締役にしたの、こうしないと押し切られると帝西百貨店側が察したのかもしれん。
外部の好き勝手だと、内部組織を優先してくれという組織の論理に抵抗できない。
ならば、中に入れてしまえば、私の威光もあって対抗できなくもないか。
すばらしき企業組織論である。
「一応、校則でメイク禁止になっているんですけど?」
「それでも撮影とかパーティーの席では、最低限のメイクはなさっていますよね?」
「その最低限のメイクを全部鐘ヶ鳴化粧品に提供させていただきたいのです!」
私が秘書の時任亜紀さんに漏らした愚痴に亜紀さんが返事をしてしまい、鐘ヶ鳴化粧品の役員が必死に懇願する。
なお、元凶の写真家はその懇願ににべもなく言い放つ。
「これはお嬢様の為のお嬢様のブランドよ。
あくまで主体はお嬢様でないとだめじゃない」
「だが、帝西百貨店のプロジェクトであり、桂華グループのビジネスだろうが!
『お嬢様が使った』。その一言で売り上げの桁が変わるかもしれんのならば、こうして喧嘩もするし土下座だってするに決まっているだろうが!
あんたが被写体としてお嬢様に賭けたと同じく、鐘ヶ鳴化粧品もお嬢様に賭ける!」
私の前で土下座したこの役員は涙すら流して私に懇願する。
こういうの弱いんだよなぁ。私。
「お願いします!
助けてくれとは言いません!
ですが、チャンスをください!!」
なお、このやり取りも実は茶番だったりする。
私と桂華鉄道の三木原和昭社長と桂華商会の藤堂長吉社長で事前調整して、落としどころについてはすでに決まっているからだ。
それでもこんな茶番の手打ち式に私が出たのは、社会勉強よろしく『でなされ』と事前調整に奔走した黒幕……じゃなかった狸親父……でもなかった、桂華商会の天満橋満副社長のアドバイスに従ったからに過ぎない。
というか、手打ち内容はすでに双方に伝えている。
それでもこういうのをするのは、外部と内部に記録させる為だ。
外部企業には『内部企業ですらここまで私のガードが堅い』と知らしめるため、内部企業には『私の取り扱いについてはお嬢様の都合が最優先』というルールの徹底周知の為に。
という訳で、大岡裁きよろしく私は手打ち内容を伝える。
「その写真家が納得するものを作ってきなさい。
それが世界水準ならば、私は身に着けます」
なお、帝西百貨店は『ティル・ナ・ノーグ』を設置するに伴って店内改造を行い、それとなく『ティル・ナ・ノーグ』の隣に鐘ヶ鳴化粧品のフロアを開設し、新商品として私をモデルとしたリップクリームを販売する。
『恋をまだ知らない私だけど、その予習は忘れずに --鐘ヶ鳴化粧品のリップクリーム--』
そのポスターを撮影した写真家曰く、本当に桁が違う売り上げをたたき出して、あの役員に強引に酒の席に引っ張られて泣きながら感謝されたらしい。
そうか。あの人演技でなく基本泣きタイプなんだな。
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感想を読みながら『あ、自前に化粧品会社持ってるやん!』というガバをやらかす作者。
先週だったかな?『アクタージュ』がCMガールあたりの話をやりだしたのでついつい書いてしまった。
……書籍化作業の息抜きというか筆が進まないので、気分転換というのは見ないでほしい。
セレクトショップ
これは作者も書いたとき思ったのだが、最終的に利益になるセレクトショップのオリジナルブランド化に手を出さないわけないよなという事で直すか直さないかを悩んで、まだ読者がわかりやすいブランドを選んだという。
このあたりは感想を見ながら判断する予定。
鐘ヶ鳴化粧品の役員
土下座のあと『助けてくれ』ではなく『チャンスをくれ』と言う方が良い印象を与えると知り合いの営業が言っていたので使わせてもらった。
相手が『何のチャンスだ?』と言ってきたらしめたものだとか。
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