お嬢様専用ブランド『ティル・ナ・ノーグ』裏話

 私はお嬢様である。

 ついでにお金持ちである。

 だから、服についてはいいものを選べるという訳なのだが……


「お嬢様。ブランド作らない?」


 何を言っているのだろう?

 この写真家は?

 ちゃんと企画書を持ってきた帝西百貨店の役員が汗まみれで説明をする。


「お嬢様が着ている衣装を着たいという人はかなり多いのです。

 それだったら、コーディネートそのものをブランド化した方が色々と都合が良いわけでして」


 ふむ。

 一理ある。

 大体ブランドは、モデルが着てそれに憧れて買うというのが正しい流れである。

 わからなくはないが、どうしてそれをこの写真家が言ってくるのかそれがわからない。


「だって、帝西百貨店の社外取締役ですし。この人」


 え?なにそれ?

 秘書である時任亜紀さんの一言に慌てて帝西百貨店の役員一覧を確認。

 あ。事業再編時に写真家の名前が入ってやがる。


「見てなかったんですね?お嬢様」

「見れるわけないでしょう!

 何社あると思っているのよ!!!」


 なお、主要会社役員を集めての食事会を定期的にするので最悪そこで覚えればいいやという言い訳をしておこう。

 帝西百貨店は事業再編で桂華鉄道の子会社になったので、子会社の社外役員まで見れなかったのだ。

 かといって、オーナーの責任として全部見たら、私自由時間どころか寝る時間すら無くなる訳で。

 所有と経営の分離という言葉の正しさを実感している今日この頃である。


「ごほん。

 で、なんで社外取締役についたのよ?この人?」


「私だってつきたくなかったわよ!

 ちょっとお嬢様に着せたい服を世界中からかき集めたら、経費で落ちなくなっちゃって仕方なく就く羽目になったんだから!!」


 おい。これ公私混同で訴えられんか?

 ジト目で見る私に亜紀さんは目をそらしてフォローする。


「選んだ服は良いものなんですよ……困ったことに……」


 それは私も認めざるを得ない。

 基本私のコーディネートは、全部この写真家先生の指導が入っているし。

 そういう意味では、ありがたい先生なのだ。


「まぁわかりました。

 この人には色々助けられているので、それぐらいは大目に見ます。

 で、ブランド化にどうしてつながる訳?」


「良いものを選ぶのはいいけど、それは多種のブランドを含んじゃったのよね。

 で、お嬢様のコーディネートを他の人が買う場合、買い場が違うケースが出ちゃってね」


 たとえば、服が〇〇、アクセサリーが××、靴は△△なんてケースになったとしよう。

 ブランドはブランドで基本まとめられているから、これらの商品を買う場合、フロアを歩き回るならまだましで、下手したら階を上がり下がりする事も。

 実にめんどくさいのだ。


「で、こっちは単品が欲しいのだけど、ブランド側からすれば全部使ってほしいのは分かるでしょう?

 だったら、こっちでブランドを立ち上げて、製作元に直に話をつけた方が早いのよ」


 ブランドというのはつまる所価値づけのシールである。

 ブランドが依頼した製作元から仕上がってきた製品にブランドという価値をつけるのが仕事と言っても過言ではない。

 で、私という価値を握っているのだから、間にブランドが入って中間マージンや介入を避けたいという訳だ。


「こっちでブランドを作れば、ワンフロアで全部揃えられます。

 お嬢様が身に着けた商品は他の商品と比べて50%売り上げが高くなっています。

 百貨店衣料品部門はバブル崩壊後から低迷し続けており、このブランド設立は起死回生の一手として取締役会でも全会一致で決定されたものだったりします」


 帝西百貨店の役員は汗をハンカチで拭きながらはっきりとした声で推す。

 少なくとも、この件についてはわたしのわがままで取り下げる事はできないらしい。

 事実、百貨店の衣料品部門の低迷は、百貨店の地位低下に伴い赤字の主要要因となって百貨店斜陽の原因と言われるようになる。

 その理由は色々あるが、分かりやすいのは10代・20代がデパートで服を買わなくなったから。

 私という集客力があるのならばそれを活かさねばというのは、役員ならばある意味当然だろう。


「わかりました。

 この件については承認します。

 で、ブランド名はどうしてこれなの?」


 ブランド名『ティル・ナ・ノーグ』。

 ケルト神話の常若の国の名前である。


「これはお嬢様のためのブランドだからね。

 お嬢様がお嬢様と呼ばれなくなる年になったら解散させるつもりよ。

 そういう意味から、若さを意識したかったのよ」


 人は年を取る。

 年を取るならば老いてゆく訳で。

 瞬間を切り取る写真家にとって、私の何を切り取りたいかという意識をブランド名にしたという訳だ。

 この写真家は有能なのだ。

 それは間違いがない。


「だから、さっさと裸撮らせてくれない?

 少女の一瞬って本当に儚いから、記録しておきたいのよ」


 これを言い出さなければだが。

 私はジト目で亜紀さんと帝西百貨店の役員を睨むが、二人とも視線を逸らすどころか首を横に振りやがった。


「だめ」

「えー。

 じゃあ水着」

「またですか?」


 なお、立ち上げたこの『ティル・ナ・ノーグ』。

 成田空港テロ未遂事件から完全に大爆発して、買い込んだ服は綺麗に売れただけでなく追加発注までするという大成功プロジェクトとなる。

 なお、ここでエンジェルハーネスも売られる事になり、引っ張られる私の画像が常に流されるのでなんとか潰してやろうと企んでいるのだが現在の所うまくいっていない。




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軽い話の派生

なおここで出る帝西百貨店の役員は、『小さな女王様』でお嬢様を接待した外商部の担当という設定。

別名、写真家のお目付け。



社外取締役

 外部から来てもらって外の視線を経営にという意図で設置されるのだが、官僚の天下りとか利益相反とかで結構闇がある。


百貨店の衣料品の低迷

 ちゃんと資料が合ったので出してみる。

 経済産業省、こういうのも作っていたのか……

 https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/minikeizai/kako/20170217minikeizai.html


ジュニアアイドルの水着

 これ、昔ラジオで聞いて笑ったのだが、カメラマンの「海やプールに入る時服を着ないでしょう?」という説明に笑った。

 JCジュニアアイドルのその手の写真集は調べれば闇深案件なんだが……

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