帝都学習館学園七不思議 音楽堂の鏡台 その3

「そうね。

 冷たい言い方をするならば、この件はすでに終わっている」


 神奈水樹は私に冷酷に言い切る。

 調べた結果、噂の出所はかなりの部分で栗森志津香さんの周囲に集まっていたからだ。

 そういう意味では、彼女は黒だ。


「元に戻せるの?」


 私の質問に対する、神奈水樹の回答が冒頭の答えだ。

 音楽堂の中を歩きながら、神奈水樹は周囲を見渡して続きを口にする。


「何かに憑かれて変わるケースというのは悪いことだけでなく、良い事もあるのよ。

 失礼だけど、初等部時代の彼女と変わってからの彼女の情報は私の方でも調べたわ。

 その上で言うけど、彼女、良い方に変わったじゃない。

 それを元に戻す?

 桂華院さん。

 あなたにそれをする理由と責任はあるの?」


 つまる所はそこであり、それこそがこの問題について私が最終的解決をためらっている理由でもあった。

 とても簡単かつ困った理由。

 私も、桂華院瑠奈に『憑いた』ようなものだから。

 だから、こうして口を濁す。


「それについては保留。

 けど、噂は次の犠牲者を呼びかねない。

 そして、その次の犠牲者が良く変わるとも思えない」


 音楽堂に響く私の声に、神奈水樹はおかれていた椅子に座り私を見る。

 見上げる神奈水樹の目をじっと受け止めて数瞬、目をそらせたのは彼女の方だった。


「いいわ。

 次の犠牲者を出さないという事については、私と桂華院さんは手を結べる」


「ええ。

 栗森さんの件は、そのあと考えましょう」


 私も手近な椅子に座った。

 捜索なのだが、もちろん側近団がさせてくれる訳もなく。

 こうして二人して待ちぼうけである。

 さらりと視野に久春内七海と橘由香が警戒しているが、相手がオカルトな分野であるだけにその警戒感はバリバリあるのだが、それが役に立つとも思えない。

 何度かあるファンタジー体験から私は主張したのだが、まぁ、側近団からすればそれが認められる訳もなく。


「お嬢様。

 この音楽堂鏡台がかなりありますけど、どれなんですか?」


「知らないわよ!

 そこまで!!」


 秋辺莉子の声に私もついつい声を荒げる。

 ただの下見のつもりが大捜索に。

 このあたり、守られる人間のつらい所だ。

 とにかく動きが大きくなってしまう。


(つんつん)


 !?

 後ろからつつかれて振り向くと、蛍ちゃんが口元に指をあてて『しー』って言っている。

 神奈水樹は見えているみたいだが、久春内七海と橘由香には気付かれていない。


(三階倉庫)


 そのまま私の背中に指で文字を書く蛍ちゃん。

 私はあえて蛍ちゃんの事を側近団に言わずに、橘由香に尋ねる。


「ねー。

 ここの三階倉庫って何かあったっけ?」


「何かあったら、もっと早く噂が広がっているわよ。

 三階倉庫に何か運ばれたか、調べた方がいいわよ」


 私の言葉に神奈水樹が補足を付ける。

 劉鈴音が事務室に行って、納入記録を見るとそれらしいものが見つかる。


「……没落華族の鏡台。

 寄贈ねぇ……」


「この家、樺太華族ってことは今も絶賛炎上中のマネーロンダリング絡み?」


「でしょうねぇ……」


 こういう際にこういう所にこういう物が流れるのにはそれ相応の理由がある。

 一つは財産確保で、寄贈ではなくレンタルという形にして、貴重な財産を逃すのが一つ。

 他にも質に流したはいいが、値段が合わずに質屋がこっちに貸し出して保管庫代わりにするというケースもあるし、今の所一番可能性があるのとして、さらに価値を付けるためにこっちに預けたというケースだったりする。


「つまり、この鏡台私用?」

(こくこく)

「桂華院瑠奈が利用したと箔が付いたら、値段上がるでしょうからね」


 納入記録から目を上げてジト目で私を睨む神奈水樹と劉鈴音と蛍ちゃん。 

 ここまでやって気付かれない蛍ちゃんマジ蛍ちゃん。


「由来は……中世欧州の王侯もので流れ物……

 マジ物なら、大体ろくでもない裏があるのよねぇ」


 神奈水樹のため息に実感がこもっている。

 そういうネタを体験しているんだろうなぁ。きっと。


「それが辻願いとどう絡む訳?」


「年代物って、それだけの思いを吸い込んでいるのよ。

 思いや願いって簡単に呪詛になるのよね。

 そして、そのトリガーは……」


 神奈水樹がじっと私を見る。

 それにたじろぐが、神奈水樹はそのまま私に尋ねた。


「ここで最近練習した曲、教えてくれない?」

「……たしか、『ファウスト』?」

「『オペラ座の怪人』じゃないのよ……」


 頭を抱える神奈水樹。

 いまいち理解が追い付いていない私と蛍ちゃんを見ながら、神奈水樹が解説する。


「この手のオカルトの本質は現象と類推なのよ。

 とりあえず、理解できない現象が発生した場合、人はその現象の本質ではなく事実からその現象をカテゴリー分類するの。

 たとえば、姿が見えない子なんてものを『神隠し』や『ざしきわらし』って定義するみたいにね」


 それ、絶対蛍ちゃんを見て説明したろ。

 私の心のツッコミを知ってか知らずか、神奈水樹はそのまま続きを説明する。


「そうやって定義したものを、人の理で祓う。

 お祓いの本質はこうなっている訳。

 とりあえず、私はこの一件を『オペラ座の怪人』と定義した。

 そうなると先のシナリオというかストーリーが分るでしょう?」


 そこまで言われてピンとこない私ではない。

 何が原因か分からないが、そのシナリオだとクリスティーヌは栗森志津香さん。

 思っていた事が口に出るが気付いたのは、己の言葉が耳に届いてからだった。


「……カルロッタが私って事ね」




────────────────────────────────


「ただの

 ざしきわらし

 ですよ」



 『ARIA』や『あまんちゅ』(天野こずえ マックガーデン)を参考にと思っていたのたが、この話を書くために徹底的に見続けたのが『モノノ怪』だったという……



オペラ座の怪人

 有名なオペラであるのだが、その劇中歌の一つが『ファウスト』というオペラだったりする。

 『ファウスト』に出てくる悪魔の名前はメフィストフェレスと言って……

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