逃げたら恥どころか逃げろよと勧められるお嬢様の退路の話

 成田空港テロ事件の後、大人たちは警備周りだけでなく退路の複数確保に走る。

 そうなると、退路の冗長性にどうしても視線が行く事になる。


「退路の冗長性?」


「前回がそうでしたが、ヘリが使えない、車だと渋滞する、列車だとバレるという事を避ける為にもさらなる退路をという訳です」


 橘の説明に私は首をひねる。

 というか、あるのかというのが素直な感想だったからだ。

 で、その回答が目の前にある。


「船かぁ……盲点だったわ」


 日本橋川につけられた桟橋には防弾ガラスが付けられた船がプカプカと浮いている。

 ルートの大部分が地下鉄通路が使えるのもポイントが高い。


「と、いいますが、最初に使ったのお嬢様ですよ?」

「へ?

 私?」


 その言葉で思い出す。

 あー。

 昔、あったな。

 たしか、茅場町の桂華銀行本店に逃げ込んで、竹芝桟橋に移ったんだった。


「このルートの優れている所は、上って神田川経由でも海に出られる点ですね。

 茅場町に着いたら船を乗り換えて竹芝桟橋より先、羽田空港や東京ヘリポートへのルートがこれで確保できます」


 成田がやばかったら羽田やヘリポート。

 これだけでもテロリストにとっては大分攻めにくくなるはずだ。

 そうなると湾内のボートハウスが問題に……


「あー。

 だから都が排除に絡んでくるわけね」


 思わず声が出てぽんと手をたたくが橘は笑わない。

 それが、事実だと態度で示していた。


「けど、私一人を逃がすために水路整備って大袈裟すぎない?」


「はい。

 この水路は、他の機関も利用する事で合意が取れています」


 橘に地図を見せてもらうと、この日本橋川は神田川と合流しその先には市ヶ谷。

 ついでに、地下鉄路線図で確認すると、九段下駅につながっている地下鉄半蔵門線で二駅隣が永田町駅である。


「使うかどうかより、その選択肢があるというだけで、敵に対処を強要する。

 それは守備側のメリットになります」


 新宿ジオフロントテロ未遂事件や成田空港テロ事件のおかげで、現在のこの国とこの街の警備体制は最高レベルに設定されている。

 それを支えるのが各所に設置された監視カメラであり、警察指揮下に入り大規模増員が続く警備員であり、今回の影の主役だった自衛隊である。

 彼らは表は政治的見せ札として成田空港で姿を晒すと同時に、隠密裏に特殊部隊を都内に展開するルートを模索していたのだ。

 それに橘主導で桂華グループが乗ったと。


「じゃあ、列車は囮になるわけ?」

「いいえ。

 列車を活用するための策だと思っていただけたら」


 首をかしげる私。

 そもそも、現状九段下駅にあの列車を走らせる事自体が結構難しいのだが……

 その辺りも橘は説明してくれた。


「前回は三両編成を走らせましたが、もう一編成足して六両で走り、途中で分離する事で一編成を囮にします」


 詳しく聞くと、西船橋駅で切り離して時間差で成田へというのが一つ。

 成田と羽田は空港近くのホテルを現在買取交渉中。

 成田が駅近くだとしたら、羽田のホテルは船の乗り入れを考えるから海の近くのホテルになるだろう。

 その上で列車から降りて西船橋駅近くのセーフハウスのビルに逃げ込むのが一つ。

 越中島支線に逃げ込んで分離し、京葉線と総武線に分かれてというのも考えているらしい。

 九段下駅で分離して一編成は成田へ、もう一編成は西に走らせて横田基地に逃げ込むという選択肢もあるらしいが、難しいとか。


「なんで?」

「ダイヤが……」

「おっけーわかった」


 地下鉄東西線。

 その西の出口は中央線中野駅につながっている。

 つまり、スジ屋が死ぬというか、私が殺されかねない。

 そこで気付く。


「まぁ、私が襲われたからというのがあるけど、少し警備が過剰過ぎない?」


 私の質問に橘が微笑する。

 この笑みは、知らないことを喜ぶ幸せなのだという事を後から知ることになる。


「現在のこの国は表向きは平和そうに見えるのですが、実際裏はかなり危ない状況だと私は思っています。

 かつて、この国で政変が起こった時とよく似ているのですよ」


 政変?

 微妙に過去が変わっているから、このあたりの空気というか感覚があまりよく分からない自分がつらい。

 首をかしげる私に、橘は私の知らない過去を語る。


「体制を覆そうとする連中は最初は合法的手段で、それが無理だと非合法手段に切り替えてゆきます。

 成田のテロはそれが可能だと連中に思わせるには十分かと」


 その言葉に私は心当たりがあった。

 維新。

 明治にそれが成功したからこそ、その後も二匹目のドジョウを狙うがごとく昭和・平成の時代に使われた呪いの言葉。

 そこまで橘が言って気付かない私ではない。


「なにか心当たりがあるの?」


「今、お嬢様が付いた勢力は勝ちつつあり、終盤の詰みに向けて手を進めている段階です。

 そういう時に限って、管理しきれない連中が暴発し、テロに走ります。

 成田のテロはその狼煙になりかねないと私は危惧しているのです」


 経済状況は私の前世よりはマシなのは私が知っている。

 けど、その経済状況でも圧迫しかねない、二千四百万人の貧困層の不満がどれぐらいなのかが私には分からない。


「今回の一連の出来事、うまくやっていた旧北日本政府関係者の粛清にも見えるのです」


 あ。

 やっていた事が自業自得だから、言い逃れできんがそう捉えるか……




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感想からネタを拾う


横田基地

 このお嬢様世界、満州国があるせいで米軍の施設は佐世保を中心にしている。

 で、横田基地は自衛隊基地という設定。

 あとあるとしたら、旧北日本政府がらみで三沢基地かなぁ。


 調べてみたら、神田川と日本橋川にクルーズ船が運行されていた。

 日本橋川?

 何処にあるんだと調べて、その上に高速が走っていたのを思い出す。

 このあたりは東京に行って歩いたのが経験になったなぁ。


維新

 令和になってやっとこの言葉が過去になったと理解したのは『れいわ新選組』の存在である。

 野党側が『新選組』を名乗るというこの違和感よ……

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