狸親父のギャンブル心理学 その3

『四社統合予定の桂華商事は、統合後の組織と一部人事を発表した。

 会社名を桂華商会に変更した上で持株会社を設立し、赤松商事・帝商石井・帝綿商事・鐘ヶ鳴紡績の四社がその下に入り、その後事業の統廃合を進めることになる。

 桂華商事改め桂華商会ホールディングスは、社長に藤堂長吉、赤松商事社長を、副社長に天満橋満、帝商石井専務取締役を充てる人事を発表した。

 藤堂長吉氏はかつての桂華商会出身で、今回の経営統合の中心人物。

 資源取引畑を歩み、桂華グループの持ち主である桂華院公爵家との関係も深い。

 天満橋満氏は帝商石井の出身で、海外に太いパイプを持っている。経営統合後の組織改革委員長にも就任し、四社経営統合によってできる内部再編成を担当する事になる。

 また、複数置かれる副社長と役員人事において一番乗りという側面もあり、内部の憶測を呼びそうだ』


 こんな記事がアングラ経済誌に出た頃、その当人はその後の食事会の後に設けられた席で、私の前で頭を抱えていた。

 彼にムーンライトファンドへのアクセスを許した結果である。


「良う命狙われへんと済みましたな。

 中知ったら、名どころか実かて取りに来まっせ」


 その通りなので、何も言えない。

 というか、岡崎が隠している一千億円、この中に載っていないのだが言わないでおこう。

 複数のプライベートバンクにてその富を膨らませているムーンライトファンド。

 それ自体が私の命すら脅かしかねないとこのおっさんは警告した上で、その対処の話に入る。


「クーデターには段取りがあります。

 嬢ちゃんを押し込めよう思うたら、嬢ちゃんの力の源であるムーンライトファンドを握らなあきません。

 そのアクセスができるのが桂華金融ホールディングスCEOの一条はんやから、彼の追い落としが山場ですわ」


 ここからカレンダーを使って、シナリオを逆算してゆく。

 クーデターは一気呵成に行わないと成功しない。

 だからこそ、発生時期が読めるのだ。


「公的資金強制注入関連の審議して、公的資金注入が実際に行われるんがこの国会内ですな。

 そうなると、会期延長まで見据えても七月あたりが山場になりますわ。

 盆の選挙は避けたがるやろうから、政変起こして解散総選挙に持ち込む場合も、七月が一つの山でんな」


 ここで、重要なイベントの二つが重なる。

 七月解散総選挙を前提とした場合、桂華内部のクーデターのタイムスケジュールがかなり分かりやすく見えてくる。


「六月に桂華金融ホールディングスでクーデター。

 ここで嬢ちゃんを押し込めた上で、桂華院公爵が泉川副総理を焚き付けて内閣不信任決議案を通して七月解散総選挙っちゅうのが軸や思います。

 ほんで、桂華金融ホールディングスで一条CEOを引きずり下ろすんやったら、目立つ傷をこさえなあきまへん」


 少なくとも一条は私の代理人として桂華金融ホールディングスをここまで大きくした立役者だ。

 今の彼には、引きずり下ろせるだけの傷はない。

 つまり、その傷を六月までに作らないといけない訳だ。


「当然、一条はんを引きずり下ろす傷は、桂華金融ホールディングス以外の所で発生させなあきまへん。

 再編作業で混沌としとる桂華商事は論外。

 あちらさんも中の敵味方は把握できてへんでしょう」


 制御された混乱。

 矛盾した言い方だが、クーデターにおいてそれは絶対条件だった。

 蜂の巣を突いた大騒ぎの最中にある桂華商会内部で炸裂させた結果、制御不能になって失敗、なんてことになれば目も当てられないからだ。

 そうなると、残るは二社。

 桂華電機連合と桂華鉄道だ。

 私は、このおっさんの話を吟味して、可能性の高そうな一社の名前をあげた。


「じゃあ、トリガーは桂華電機連合?

 カリンの外部スカウトのせいで内部が反対でまとまっているんでしょう?」


「と、思うてまいますやろ。

 せやから、嬢ちゃんはやられるんですわ」


 実にしてやったりな笑顔でおっさんが笑う。

 腹立つが我慢我慢。


「桂華鉄道?

 あっちには、退任予定の橘ぐらいしか目立つネタはないわよ?」


「そんな見え見えの所に罠仕掛けても誰も引っ掛かりませんわ。

 まさかの所に仕掛けるからこそ、罠でっせ。

 桂華鉄道でのクーデターの狙いは、桂華鉄道に注ぎ込んだ融資の不良債権化ですわ」


 新宿新幹線や新常磐鉄道を始めとした鉄道建設資金は、全額桂華金融ホールディングスが融資の形で出している。

 これが不良債権化すれば、たしかに一条を追い落とす格好の大義名分になるだろう。

 そんな事を考えていた私に、天満橋満は爆弾を突き付けた。


「新宿ジオフロントのテロ未遂事件。

 あれの金の出所の一つがこれやとワイは疑うとります」


 は?

 その意味を理解するのに、私はしばらくの時間を要した。

 こいつは何を言っているのだろう?

 あのテロ未遂が起こったのは、2001年で……そういう事か。


「私を引きずり降ろそうという動き、かなり前からあった訳ね」


 私の断言に目を逸らす橘とエヴァ。

 それがすべてを物語っていた。


「全部がこれやと繋がってくれる陰謀やったら苦労もありまへんわ。

 まぁ、そないな陰謀の残滓が嬢ちゃんを蹴落とそうとしとるっちゅうのは、そろそろ知っとってもええ頃合いでっしゃろう?」


 バックが樺太銀行だとして、あの頃から私を引きずり落としたがる理由とは何だ?

 その理由が桂華金融ホールディングスならば、考えられる理由は一つだ。


「樺太銀行の不良債権。

 これ、まだ眠っているわね」


「国内銀行は旧大蔵省の管轄でしたが、樺太案件は樺太復興庁と樺太道が取り仕切っていました。

 そして、樺太復興庁は内閣府直属です」


 一条の説明にやっと私も納得する。

 管轄の違い。

 大蔵省から離れていたおかげで、この爆弾は人知れず見過ごされた。

 前世に無かったから、不良債権処理に奔走していた私はそれに気付かなかった。


「アンジェラはんがこっち来るまで、バーンズはんの口が開かへんのもきつうおますな」


 樺太銀行のファンドマネージャーだったマークに話を聞こうと思ったら、アンジェラに電話口から『私がそっちに戻るまで待ってくれ』と止められたのである。

 電話で話せないやばい話。

 いかに、この件の闇が深いか思い知らされ……へ?


「ちょっとまって!

 あのテロの目的が桂華鉄道融資の不良債権化だとしたら……」


 私がそれに気付いたのを見て、このおっさんは肉食獣の狸の笑みを浮かべた。


「せやから言うたやおまへんか。

 連中えげつない手使うてきまっせ、て。

 兆単位の博打でっせ?

 テロの一つや二つ起こしたかてお釣りは十分来ますがな」




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 このあたり、少し迷いながら書いている。

 方向性としては、『ダイ・ハード』や『ダイ・ハード2』みたいにお嬢様がテロに巻き込まれてという感じが盛り上がるしそういう仕掛けを作ってきたのだが、そもそも現実のこの手の話は起こらないことが最上で起こった時点で負けという側面がある。

 そっちの路線に行くとこれがまぁ盛り上がらないのだ。

 まだしばらくは仕掛けと伏線を開示してゆく予定なので、それで読者の反応を見ながらプランを練ってゆく予定である。

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