Fille du duc corps de ballet act0 その6

 北海道夕張市。

 炭鉱の閉山と共に莫大な債務を背負っていた町だが、その債務を肩代わりした企業が二つある。

 一つは北海道開拓銀行を買収して北海道を地盤としつつある桂華グループ。

 もう一つは、この地で炭鉱を経営していた岩崎財閥である。


「ここ、いいかしら?」

「どうぞ」


 昼下がりの新夕張駅に停車していたキハ40系の車内のクロスシートに座っていた少女に、少女が話し掛ける。

 座っていた少女の名前は久春内七海、話し掛けて来た少女の名前は遠淵結菜という。


「緑ね」

「緑ね」


 山があり木が葉が多い茂る。

 つまり緑。


「冬になると白くなるらしいけど」

「まぁ、北海道だしね」


 寒くなれば雪も降る。

 だから白。

 そんな続かない会話を気にするように、隣の席から声が掛かった。


「もう少し、会話をする努力をしましょうよ。

 どうせ、私達知り合いになるのでしょうし」


 そんな声と共に眼鏡っ娘が座席向こうから顔を出す。

 互いに顔を合わせて、そして自己紹介をする。


「久春内七海」

「遠淵結菜」

「野月美咲。よろしく」


 そして黙り込む三人。

 会話がしたくない訳ではない。

 会話のネタがないのだ。


「私たちが行く夕張は、樺太からの移住者の受け入れを進めているみたいね」

「樺太ではなくて北海道に移住できたのは嬉しいとは思うけど」

「ここは樺太の成功者が住む町を作っていますからね」


 旧北日本政府の特権階級で財産を持って本土に逃げた連中及び、傭兵として血の代償に金を稼いだ旧北日本軍兵士の新たなる故郷として、桂華グループが主体となって整備されつつあった。

 そんな、桂華グループにこの地を紹介したのが、岩崎財閥である。


「岩崎石炭鉱業の元々のおひざ元ですからね。夕張は。

 樺太の炭鉱経営は合理化を進めていますが、本土研修施設として夕張の炭鉱を再開させるとかなんとか」


 樺太の炭鉱は日本人では雇用できない格安の賃金によって採掘されており、その設備も安全性も著しく怪しかったのだが、その研修場所として北海道が選ばれたのは、ある種の必然でもあるのだろう。

 同時に、樺太からの出稼ぎ労働者が閉山した炭鉱を買い取って、格安の人件費を用いて闇採掘をするという事件も頻発しており、これら寂れた炭鉱の町も問題になっていた所である。

 

「で、なんで桂華が私達を買い取ったのよ?」

「正確には、私達を入れた従業員と家族三千人ばかりですね。

 北樺警備保障の研修施設がここに造られ、そこで訓練をするという名目です」

「名目ねぇ……」


 彼女たちの買い取り先である北樺警備保障は、桂華グループの赤松商事の子会社として主に警備業務を担当する事になっていた。

 日本の総合商社は世界各地に出向いており、彼ら社員を守るためにもある程度の武力は必要だった事もある。

 特に、赤松商事はロシア産原油を中心とした資源ビジネスに注力しており、政情不安なロシアでのビジネスを安定的に行うためにも現地に対抗できる武力は必要条件ともいえた。

 

「まぁ、私達がちゃんと働けば、孤児院のみんなもおいしい食事が食べられるんだから」

「その孤児院も夕張に持ってくるみたいですよ」

「そうか。夕張が私たちの故郷になるんだな」


 北日本崩壊時、かなりの北日本市民が北海道に逃れ、そこから本州に渡っていった。

 そんな彼らは実質的な難民として本土では問題化しつつあるが、こうして夕張にやって来る人間たちは桂華が夕張市と交渉して戸籍等の身分を確保するという破格の待遇だった。

 元軍関係者は桂華グループの警備を請け負いつつ、岩崎石炭鉱業の警備を請け負って樺太での営業を拡大。

 また、市財政貢献のお礼として帝西百貨店グループの独占販売となった夕張メロンの生産や、炭鉱から出るメタンガスを利用した発電と大規模ごみ焼却施設を建設し、人口が急増している札幌都市圏のごみを受け入れる為にごみ運搬列車を走らせる計画を立て、さらに夕張川総合開発事業によって建設される大規模ダム建設と、雇用を賄える事業まで用意して見せたのである。


「あ。特急が止まった」

「結構降りるのね。こっちに乗ってきてる」

「まぁ、樺太から来た人たちにとって鉄道はありがたいわよね」


 免許を取るためには身分保障が必要で、その身分保障のためには住所が必要となる。

 列車の良い所はお金さえ払えば誰でも乗せる事であり、そんな彼らの移動手段としてこの地の鉄道は機能していた。


「ここから夕張かー。どんな人たちがいるんだろうね?」

「さあね。

 向こうに着けばわかるじゃない」


 そんな声と共に三人と同い年ぐらいの少女二人が夕張行きの列車に乗り込む。 

 三人と目が合い、二人が名乗る。


「はじめまして。私の名前は留高美羽よ」

「秋辺莉子」


 そんな彼女たちが主となる桂華院瑠奈と出会う前の物語は別の機会に語ることにしよう。




────────────────────────────────


夕張市と岩崎財閥

 三菱南大夕張炭鉱。

 90年に閉山しているが、樺太の炭鉱か岩崎が管理するとなると技術継承や訓練で本土に炭鉱必要だなと思ったらちょうど隣に。

 桂華と岩崎の関係の軸の一つにしよう。


この時期の夕張市の人口

 まだ2000年には14000人ほど人間が居た。

 これに+3000人だから市政への影響力絶大である。


夕張川総合開発事業

 夕張シューパロダム

 こいつの建設には賛否があるのだが、脱ダム華やかなりし頃の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る