電波の塔の局長会議

 TV局で一番偉い人は誰か?

 社長ではない。

 視聴率を持っている人間である。


「またあのお嬢様に断られたのか?

 ご苦労なこって」


「広告代理店の意向でもあるからな。

 言わざるを得ないよ」


 番組改変会議の席で編成局長に茶々を入れたのは制作局長。

 制作局はその名の通り番組の制作をする部局だが、制作を制作会社という下請けに出してそれを管理する部署でもある。

 『帝都護衛官』は桂華グループの制作会社が制作しているので、制作局長でも手を出しにくい。

 一方、日本において広告代理店が巨大な力を持つようになったのは、番組CM枠の一括購入にある。

 広告代理店が番組CM枠を一括で購入し、それを己の取り分を上乗せする形で他企業に売る事で、TV局は安定収入を、企業側は当たり外れの大きい番組へのリスクヘッジをしている訳だ。

 だからこそ桂華グループが自前で抱え込んだ『帝都護衛官』については、TV局の自由配信の言質をもらった夕方再放送枠のCMしか扱えない。

 ゴールデン枠移動はTV局だけでなく、高値の付くCM枠を求める広告代理店側の希望でもあった。


「今のままでも儲けは出ているのだから、触らぬお嬢様になんとやらだよ。

 変に尻尾を踏んで向こうの怒りを買ってみろ」


 何か言おうとした編成局長に営業局長が水を差す。

 民放TV局はCMを挟むことで基本無料で番組を視聴できる。

 営業局は、その番組CMを企業や広告代理店に売るために存在している。

 基本赤字の深夜放送を、桂華グループがまとめてCMを買ってくれるのだから、営業局的には万々歳。

 夕方再放送のCMは自由配信の言質をもらっているので、こちらにも買い手が付く営業的には手の掛からないお客様だ。

 そのため、制作局と営業局は基本桂華グループ側の味方である。


「つまらないねぇ。

 僕はあのお嬢様の仮面の向こう側を見たいんだけどなぁ」


 その一言で三人の局長が黙る。

 番組改変の目玉の一つ。

 夜のニュースのニュースキャスターが実にいい加減な口調でそれを口にした。

 政治というコンテンツがTVの目玉として取り上げられようとしつつあるこの時期、その政治家相手に切った張ったができる彼らこそがこの電波の塔の支配者だった。


「視聴者は見たいだろうに!

 あのお嬢様と恋住総理の確執と対決を!!

 それは、今世紀に残るドラマになるよ!

 間違いなく!」


「分かってはいるが、その仮面を剥ぐのにどれだけの苦労があると思っているんだ?」


 報道局長がつっこむ。

 ニュースキャスターは局の看板ではあるが、局の鎖に繋がれている訳ではない。

 番組そのものは報道局下請けの制作会社が作り、ニュースキャスターは中立性を期すためにフリーランスというのが建前である。

 実際は、局に繋がれると稼げないという裏事情もあるのだが。

 報道局長とニュースキャスターは元は同じアナウンサーなのだが、出世コースの果てがこのニュースキャスターと局長である。

 そしてこの頃から第三の出世コースが注目され始める。

 彼らにはTVの看板があり、言葉の魔術師でもあるから、それで翻弄した議員先生の本拠に乗り込んで行くことが増えたのだ。

 つまり、国会議員という道が。

 小選挙区という基本一人しか勝ち上がれないこの選挙システムでは、彼らをどれだけ抱え込めるかが地盤のない野党側の勝負を決定付ける要因になろうとしていた。


「僕を誰だと思っているんだい?

 この局のアンカーたるニュースキャスター様なんだよ。

 立憲政友党内部が総理派と反総理派に分かれている現状、反総理派が資金を頼めるのがあのお嬢様という訳だ。

 総理はやるよ。

 彼から仕掛けた喧嘩なのだからね」


 ニュースキャスターの調子のいい声に報道局長は黙る。

 基本、日本の民放TV局は親会社として新聞社を抱えている。

 そこから上がる莫大な情報をニュースというショービジネスとして茶の間に届けて世論を誘導する。

 そうやって、作りだされたのが恋住劇場と呼ばれる一連の政治劇である。

 まさに、今、彼らメディアは我が世の春を謳歌していた。 


「あのお嬢様、一向に殴り返してこなかったじゃないか?」


 編成局長がやんわりと話をそらそうとする。

 それにニュースキャスターは乗らない。


「お嬢様はまだ小学生だからな。

 周りの大人が守っているんだろう?

 それを剥ぎ取って、お嬢様の真の姿を茶の間に届けたいんだよ!

 真実を伝える者として」


 嘘である。

 というのは正しくはないが、かと言って本当でもないのがこの人種たちである。

 こういうべきだろう。



 ニュースキャスターにとって、それは茶の間の視聴者と同じく他人事なのだと。



「それに、みんな大好きだろう?

 イカロスは?」


 蝋の翼で天空を高く飛んだイカロスは、太陽の熱で蝋の翼が溶け落ちて死んだ。

 権力は魅力であり魔力だ。

 魅力ある人物を頂点に押し上げると同時に、転ぶと再起不能のダメージを受ける。

 それを密室の料亭からTVに引きずり出したのが彼らだ。

 ニュースキャスターの顔にまるで蟻の観察でもするかのような表情が浮かぶが、誰もそれを咎めない。

 今のTVの時代は茶の間とTVの向こう側が繋がった大いなる身内の時代でもあった。

 自分たちの意思は茶の間の意思であり民意である。

 この場の人間は当たり前のようにそう思っているからこそ、その続きの言葉を否定しない。


「最高のショーじゃないか!

 片や一国の総理、片や莫大な富と権勢を誇る華族のお嬢様!!

 この二者が争い、その片方が転がり落ちるように没落する姿を茶の間に届けることができるのならば!!!

 この二人の火種を燃え上がらせ、最後は両方とも地に落ちてくれるならばなお良いんだけどね」


 何よりも救いのない所は、彼の時間では彼の望みすら、所詮年間イベントでしかないという所だろうか。

 ニュースは常に新しいものが求められる。

 総理もお嬢様もそろそろニュースとして使い潰す時期に来ていると彼は心から思っていた。

 だからこそ、彼は、いや、メディアは驚くことになる。

 恋住劇場のロングラン公演に。

 その悪役として、叩かれながらも付き合い続けたお嬢様の抵抗に。




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このあたりもフィクションですよ。ええ。


参考図書『電波の城』(細野不二彦 小学館)

 このお嬢様のお話を書く際に非常に衝撃を受けた作品の一つ。

 主人公天宮詩織の最後が凄く綺麗なんですよ。これ。

 というわけで、初期プロットではオマージュとしてメリーバッドエンドを目指すつもりでした。

 このプロットは放棄したのでご安心を。


広告代理店

 TVの時代の申し子。

 その権勢はTV局の全番組のCMを買うという常勝方程式があったから。

 これもネットで崩れてゆくのだが、コネと資本の蓄積からうまくネット広告に対応しようと努力中。


ニュースキャスター

 彼らは偉そうではなく実際に偉いのだ。

 日本のメディア史だと、新聞社がTV局を持つ関係から第1世代は記者上がりが出世する。

 やがてTVの時代になるとそこからキャスターに転身した第2世代が出世するようになり、この時期ではキャスターを目指したアナウンサーが偉くなろうとしている時期だった。

 だからこそ、あの業界には資本の論理が通用しなかった。

 ネットの勃興とメディアの没落までは。

 この業界は視聴率を持っていれば、金が転がり込むから、視聴率優先主義が横行する。

 それが、この業界の現場との乖離を招いて……

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