米国中間選挙開票日

 戦争という大人の遊びに手を出すなと言われた私だが、かと言ってそれ以外の所ではおとなしくする必要もないわけで。

 この間の米国ITバブル崩壊の詫びを兼ねて、米国中間選挙はきっちりと共和党支援を貫いた。

 その結果、共和党は歴史的勝利を手にしようとしている。


「……現在、分かっている状況では、米国中間選挙、下院は過半数の維持に成功しただけでなく、上院でも過半数確保に成功。

 知事選も共和党の知事が合計で30近くになるという予測……」


 米国でのお痛はこれでチャラという事でいいだろう。

 中間選挙は大統領の居る与党に不利な傾向が強い上に、ITバブルが崩壊した米国は決して景気が良い訳ではなかった。

 それでも私は、与党共和党に全賭けをして、見事ハイリターンを得た形になった。

 だから、こんな電話が掛かってくる。


「中間選挙、大勝利おめでとうございます。

 大統領。

 東京からお祝いを申し上げますわ」


「ありがとう。

 小さな女王様。

 体を崩したと聞いたけど大丈夫かい?」


「……おかげさまで、トラウマは順調に回復しつつあります。

 大人の世界に、無理して入った罰なのでしょうね」


「恋住総理も悪い人ではない。

 実際に君はその重みに耐えられなかった。

 本当ならば、その重さを耐えなければいけない歳ではないのだからね」


 この人はこういう口調で語りかける時、まごうとこなき善意で言ってくる。

 だからこそ、その暖かさに感謝しつつも、その心遣いが重たい。


「人が死ぬという事をどこか他人事のように考えている私がいました。

 実際、私の手で私がした事で数十万、いや、数百万人の人が死ぬ事に耐えられなかった。

 大統領。

 貴方はその重さにどうやって耐えているのですか?」


「だから、神様に懺悔するのさ。

 私は合衆国大統領だ。

 世界の秩序の守護者であると同時に、合衆国市民を守る義務がある。

 小さな女王様。

 君の重さも私が背負おう。

 何しろ、君のおかげで助かった合衆国市民が居るのも事実なのだからね」


 今回の中間選挙の大勝利の原因からあの同時多発テロを外す事はできない。

 あのテロに対して大統領は指導力を発揮し、現在はイラクに向けてのキャンペーンを展開している。

 そのキャンペーンガールと化したのが私だったのだ。

 中間選挙前に議会に出されたテロ報告書では、あの同時多発テロとイラクを結びつけたロジックは、大量多発兵器の『保有』ではなく『意思』で展開している所に私の前世と違う点がある。

 湾岸戦争後にイラクがウクライナの核を得ようとした事実は間違いがない。

 そして、その保有に失敗した結果、核の製造の為に核物質と起爆装置を欲した。

 デンバーのトレインジャックと東京のテロ未遂はその名目で行われ、同時多発テロはその陽動作戦であるというのがキャンペーンの骨子だった。

 微妙に時間がずれているのだが、それは本命の核確保が失敗したからで、陽動作戦の連中が自棄になってという説明がなされている。

 このキャンペーンに私が出ていた。

 私がテロ情報を掴み、それを日米両国に提供し、核テロを防いだという形で持ち上げられたのだ。

 そして、私があのテロ時に倒れた写真という格好の材料が、私を悲劇のヒロインに仕立て上げた。

 大人たちは私に血を浴びせない代わりに、私をもっとも綺麗な人形として扱うことを選んだらしい。

 国際政治の汚さというべきか、大人たちの良心の呵責というべきか。


「君には感謝している。

 君の情報が無かったら、核が合衆国で炸裂していたのかもしれないからね。

 だからこそ、君のドレスを血で汚したくはないのだよ」


 ここしばらく何度も聞いた言葉を大統領も口にした。

 最初は子供だから仲間はずれにとか思ったのだけど、こうも皆が同じ事を言うのでやっと気付いた。

 仲間はずれではなく、それは優しさなのだと。

 その証拠に、彼らは私の権限を削りながらも、私の財産や偶像としての私に一切手を付けていない。

 

「その言葉、身内の多くからも言われましたわ」

「大人というのはそんなものさ。

 子供に未来の可能性を見るからこそ、良いものを、綺麗なものを与えるのさ。

 汚いものを子供に与えるのは、大人としては失格だよ」


 それでも大統領は真摯に私に告げる。

 その意味を理解できない私ではなかった。


「小さな女王様。

 私が今腰掛けて電話を掛けているこの椅子、かつてここに座る時、私は合衆国市民一人を助けるためにならば、百人、いや千人、もしかしたら万人の他国民であっても犠牲にする決意をもって臨んだ。

 小さな女王様。

 君は、その名前に反して国を持たない女王様だが、国を持ったら、私のこの言葉を思い出してくれ。

 会社と国の違いは、つまる所そこだよ」


 その言葉を聞いて、私は確信した。

 大統領は、米国にとって最善の選択としての大虐殺を視野に入れているという事を。

 そして、世界は望むならば私に国を持たせることすら許容するという事を。

 国を持つ条件が、大統領の言う守らないといけない国民なのだとしたら、前世の私はなぜ死んだのだろう?

 その答えを出せない私は、大統領にこう言うことしかできなかった。


「ありがとうございます。大統領。

 私を気遣っていただいて。

 その答えは大人になる前には出したいと思いますわ」


 このゲームにおいて悪役令嬢である私の未来は、18歳までしか記されていない。

 はじめて、私は私自身の未来について考えざるを得なかった。


 私は、どんな大人になるのだろう?

 それ以前に、私は、そもそも大人になれるのだろうか?




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キャンペーンガール

 『ナイラ証言』。

 湾岸でもこういう事をやっていたのかと唖然とした証言の一つ。

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