お嬢様とかみさま
私はこんななりなので、人でないものにも色々と絡むものがある。
最初は意識せず、今は意識してなのだが、そんな話をしよう。
かみさまのおはなしである。
「お嬢様。
いつものお礼状が届いていますよ。
幾つかの教会から」
「直美さん。
読むからそこに置いておいて」
私こと桂華院瑠奈は戸籍上はちゃんとした日本人である。
とはいえ、血の3/4がスラブ系という事もあって、正教会からのアプローチがあったのだ。
ある程度の寄付はお金持ちの義務とばかりそのあたりは橘に任せていたのだが、橘も珍しく失敗をする。
一番近い、つまり都内の正教会に寄付をしたのだ。
樺太併合後に一気に信者が増えた正教会は国内で統一はできず、私は北海道に政治的・経済的基盤を作ってしまった事から樺太のロシア人と触れ合う形になり、樺太の正教会からのアプローチもやって来てしまう。
で、私と橘は日本的な妥協策に出る。
東京と樺太の正教会に寄付することにしたのだ。
それを彼らは快く思ってはいない。
「宗教って奴はなまじ信じているものが信じているものだから、こじれるとやっかいよねー」
三通のお礼状を眺めながらぼやく。
三通とも寄付の感謝に、信仰への誘い、できれば当教会に来て神の教えに触れて欲しいと書かれていた。
正教会の分裂は第一次大戦というかソ連建国から始まる。
ロシア革命時の弾圧とその後の東西冷戦に伴い、国内の東京正教会は必然的にロシア正教会との関係希薄化を政府から要請されて分離。
その後、樺太が併合される際に、現地に根付いている樺太正教会と国内の代表となる東京正教会のどちらが主導権を握るかで対立したのだ。
こういう時の宗教は広告塔を持つかどうかで決まる。
つまり、タレントや著名人が帰依している事を示し、社会的認知度と正当性をアピールしたいのだ。
信者数が圧倒的に多い樺太正教会と、国内で古くから基盤を作っていた東京正教会の両者が目を付けたのが私であったが、私が巨額のお金持ちと知れるようになると、今度は血統経由でアプローチを掛けてきた教会が現れた。
ロシア本国のロシア正教会である。
飛躍のきっかけの一つだったロシア債務危機の支援によって私がロマノフ家の血を引いていると知れ渡るようになると、当時のロシア政府の混乱も相まって私をもてはやすブームが巻き起こったのだ。
「信じるものに足を掬われるか。
今更、どれに付いても揉めるだろうなぁ」
体はこんな感じだが魂は多分純正日本人である私からすると、その一言に尽きる。
バブル崩壊による社会不安や世紀末終末思想も絡まって、日本ではここ数年、空前の新興宗教ブームが起こっていた。
そんな彼らから見ても私は格好の広告塔候補らしく、陰に日向にお誘いがやってくる事もしばしば。
世の中には神様がなんと多いことかと苦笑したものである。
「ちょっと出かけるわよ。
支度して頂戴」
「お嬢様。どちらへ?」
「いつもの所かな。
写真家の先生を呼んで頂戴。
あまり呼びたくはないけどね」
それでも、神様を求めてしまう私が居る。
この国は神様でいっぱいだ。
だからこそ選ぶ自由があるし、それを選ぶことでメリットもデメリットもあるのだろう。
私も小学生生活が終わろうとしており、それを選択する時が近づいてきただけの事。
そう思うことにした。
「じゃあ、一枚。
自然に」
「難しいことを言いますね。先生は」
教会内で苦笑する私の耳に届くシャッター音。
九段下の桂華ホテルに付属する結婚式場の教会内での一枚である。
私の背景が背景なので、カトリック・プロテスタント・正教会のどれでも式ができるというのが売りの教会である。
ここにそれぞれの教会が『聖職者を置かせてくれ』と言っているが、それは意図的に拒否している。
私を含めた多くの日本人にとって、ここはセレモニーの場であって神を感じる場所ではないからだ。
だから、意図を聞いた写真家の先生は私が出かける前に、そのままの姿でこの場所の一枚を求めた。
「先生は神を信じたことはありますか?」
「あるわよ。
私にとっての神様は、レンズの向う側にあるの。
そこにある世界の瞬間、それが私にとっての神様。
良い神様も居れば、悪い神様も居るわ。
貴方は、私にとっての女神様ね」
砕けた口調だが、社会派の写真を撮る先生でもあるから、事件や事故の瞬間をそのカメラに捉えることがあったのだろう。
そして、芸術家は神を信じると言うか、神の存在を己が作る作品によって思い知らされる事が多々ある。
この先生にとっての私はそんな存在なのだろう。
「じゃあ女神様が他の神様の下に遊びに行くのはどうなんでしょうね?」
「神様だって他所の神様の所に遊びに行くぐらいするわよ。
何しろ、この国には八百万も神様がいるのですから」
まだ残暑が残る東京の明治神宮。
その青々とした外苑を散歩しながら、私は先生のファインダーに体を預ける。
実際に歩いているだけで良い気分転換になっているのがいい。
「あれ?
カメラ撮られている人何処かの有名人かしら?」
「外国の観光客かな?
お付きのメイドを連れて歩いているし」
かなりテレビに出ているのだが、それでも気付かれないものである。
テレビの向こうがこの現実と繋がっているとは思えないのだろう。
二礼二拍手一礼をもって参拝終了。
「テレビも不思議ですよね。
これだけ世界を近づけたのに、それが現実と繋がっていないなんて。
写真と何が違うのでしょうね?」
渋滞気味の首都高の中、替わりゆく都心のビル群を眺めながら呟いた私の疑問に、先生は適当に答えてくれた。
そのくせ、カメラは私から外していない。
「さあね。
けど、何だったか忘れたけど、TVの事を『何もしない神様』と称した人が居たわね。
うまいことを言うなと思ったわ」
車を降りると、ほのかに線香の香りがする。
私はこの香りは嫌いではなかった。
「ちなみに、ここに参るようになったきっかけは四国?」
「はい。
というか、ぶっちゃけるとうどん」
「貴方らしいわね。
けど、それも一つの信仰の形よ」
線香に火をつけて、手を合わせて参拝する。
そんな時には少し離れる先生の配慮がなんとなく心にしみた。
「何をお願いしていたの?」
「何も。
だって私は女神様ですから。
強いて言うなら、『ちょっとお邪魔します』かな?」
そんな私の冗談を聞いて、先生は笑った。
お土産物屋で物色する私を撮りながらその理由を口にした。
「神様や仏様にお願いする時って『助けてください』と『私の罪を許して下さい』なのよ。
それなのに、『ちょっとお邪魔します』って言葉は中々出てこないわよ」
すとんと、私の心にその言葉が落ちた。
ああ。
だから権力者と呼ばれる人たちは、宗教に縋るのか。
己の罪を自覚しているから。
私もいずれ何処かの神に縋るのかなと思おうとしたら、いきなり先生に頭をわしわしとかき乱される。
抗議する私を先生はファインダー越しに捉えた。
「だから、そのままの貴方で居て頂戴。
たとえ、貴方が迷っていても、貴方だったものを私はたくさん撮ってあげるから、帰れるようにしてあげるわ。
私の女神様」
しばらくして、先生の写真達は週刊誌に掲載されて大反響を呼ぶのだが、撮られた当人はこんな顔をしていたのかと悶絶してクラスメイトの質問に黙秘を貫いたという。
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宗教の広告塔
私的に一番印象が強かったのは、『料理の鉄人』に出ていた放送作家の人。
あの人の胸元のマークは印象に残っている。
正教会
これを書くために色々調べていたのだが、『ロシア成教』が出てなんぞと思ったら『とある魔術の禁書目録』だったという笑い話が。
二次創作も書いていると記憶学習してしまうグーグル先生ぱねぇ。
結婚式場の聖職者
多くがバイトという事を知ってびっくり。
なお、本職を呼ぶと当然料金は高くなるそうな。
明治神宮
ある意味、お嬢様が最も気楽に行き易い神社。
いくつか候補を絞った中でここになったのは、外苑の散歩というのをさせたかったというのがある。
何もしない神様
『機動警察パトレイバー2』の荒川茂樹。
この人の声をやっていた竹中直人さんと後藤さんの大林隆介さんとの会話がすごく渋いのだ。
色々と心に残った映画である。
川崎大師
もちろん、四国とうどん絡みである。
このお嬢様今のメンタルだと八十八箇所巡りをしかねんが、多分どうでしょう方式だから色々連れて帰って間違いなく悪化するだろうなぁ。
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