お嬢様モラトリアム

生徒会のお仕事 その1

 帝都学習館初等部生徒会。

 一貫校であるこの学校は高等部までの生徒会が繋がっており、大きな仕事については高等部や中等部が作ってくれた仕事に乗ればそれほど苦労はする事は無い。

 それでも生徒会のお仕事というものはある訳で。


「……寄付のお願いねぇ……」


 実に生臭いお金の話である。

 当たり前だが、この学園は華族や財閥の御曹司という特権階級の集う学校である。

 その中でのカーストともなると、この手の支出がそのままその家の位置に直結する。

 この国は特権階級が温存されているとは言え、自由主義国であり資本主義国家である。

 お金というものは、皆の価値を一元化してみせ、あればそれなりのトラブルを解決する素晴らしいものである。


「全部私が出すってのは駄目?」

「頼むから、それをしてくれるなよ。

 次世代が洒落でなく苦労する事になるから」


 私の冗談を栄一くんが本気にして真顔で忠告する。

 実に失礼な。

 不機嫌な私の理由を意図的に間違えた裕次郎くんが話を逸らすために、その理由を口にする。


「桂華院さん一人で出せる寄付金だけど、この手のは皆で出すことに意味があるんだ。

 自分たちがこの学校に属しているんだという愛校精神って奴と、そこから生まれる同胞意識がこの国の上流階級を作ってゆくのだからね」


「それだったら、尚の事成り上がりであるうちは、派手に金をばらまいたほうが良くない?」


「桂華院。

 お前に頼って、お前が傾いて学校の経営も傾きました。

 そんなオチは避けるべきだろ」


「それもそうね」


 光也くんの台詞で一つエピソードを思い出す。

 私はそれをなんとなく口にした。


「たしか、光也くんのお父さんもこの学校の出身だっけ?」


「官僚は基本帝大法学部出身が主流派閥だからな。

 そのため、その中で派閥を作る際には、高校の出身で派閥を作るのさ。

 帝都学習館の派閥は霞が関では結構な規模だ。

 時々の集まりでは、酒を飲んで校歌を歌うだけと親父は愚痴っていたがな」


 なるほど。

 で、そんな各界の皆様から寄付を募るという訳だ。

 金を出すという事はそれだけ繋がる事を意味する。

 この国の上流階級はそうやって金を循環させてきた。

 それもバブル崩壊で、崩れることになるのだが。


「で、俺達は何をすれば良いんだ?」


 栄一くんの言葉に、回ってきた資料を私が読み上げる。

 その内容は、これぐらいの仕事しか渡さない程度の仕事である。


「広告塔ね。

 帝都学習館学園がOBに送付している会誌に、寄付のお願いの写真と原稿をお願いするだって」


 写真は学園の事務局が雇うカメラマンが撮影する訳で、それぞれ仕事は会誌の原稿ぐらいである。

 という訳で、少しずつ話が原稿の内容に絞られてゆく。


「何を書けば良いんだ?」

「露骨に『寄付をください』じゃ駄目なの?」

「桂華院さん。

 もっとオブラートに包んで」

「私達は先輩たちの伝統を受け継ぎ、後輩たちにそれを渡すために云々……」

「なるほど。

 官僚的答弁で装飾するわけだ」


 光也くんの官僚的装飾であまり意味のない原稿を書き書き。

 書いていたら、資料下に書かれた手書きのメッセージに気付く。

 このメッセージ書いたの、持ってきた敷香リディア先輩っぽいな。

 あの人、クラス委員の重鎮として中等部でも名を轟かせているらしいし、あくまで顔を見に来たとか言いながらこういうメッセージを残す当たりやり手というかなんというか。


「『補足。

 寄付金額は所定に届くことが望ましい♪』ねぇ……」


 しっかりとノルマを提示してやがる。

 『これぐらいできるでしょ?』という信頼と『できないと責任問題よね』という恫喝の入り混じったそれは、疑心暗鬼の中を泳がなければ生き残れない東側官僚的立ち振舞いまんまで面白い。

 無視しても良いが、同時にこれはすでに中等部に居るリディア先輩からの貴重なアドバイスだ。

 あの人の歪んだツンデレ具合は、私的には中々大好きなのだ。


「いやまぁ、できますけどぉ~

 面倒だから、私が全部払っちゃ駄目なのぉ~?」


 なんとなくゴネる私をなだめる栄一くん。

 あきらかになだめ方が機嫌を損ねた猫扱いであるがまぁ良いだろう。


「諦めろ。

 とりあえず瑠奈はグレープジュースでも飲んでおけ」


「要するに、イベントの際に保護者に頭を下げておけというありがたいアドバイスと受け取ろうよ。

 はい。グレープジュース」


「ほら。

 茶菓子のチーズケーキだ。

 『実るほど、頭を垂れる、稲穂かな』。

 頭を下げる経験はしておいたほうが良いのは、この面子で会社を運営して思い知ったよ」


「もぐもぐ……私を何だと…チューチュー」


 それで黙る私も私というか。

 結局、写真撮影と文章作成。

 それぞれの派閥のメンバーに頭を下げて寄付をお願いすることで、所定ノルマを達成していた。


「だって、あなた達は近年稀に見るカルテットなのよ。

 きっとあなた達はこの国の、この世界の歴史に何かを残すことになる。

 そういう伝説の一つを私は演出しただけ♪」


 後日。

 ノルマを達成した報告に言ったリディア先輩のお褒めの言葉である。

 それは、私達を評価すると同時に利用する輩が居る事を明確に示していた。

 そして、リディア先輩の褒め言葉が、ゲームでは起こらなかった事がちょっとだけ悲しかった。




────────────────────────────────


霞が関の派閥

 東大法学部が中心なので、必然的にその下の高校で派閥を作るという事。

 ちなみに『踊る大捜査線』の室井慎次管理官は、東北大学法学部だから主流からハブられることに。

 よくあそこまで出世したものだ……

 作者的には、映画第一作での新城賢太郎管理官との絡みが大好きである。


実るほど 頭を垂れる 稲穂かな

 ことわざの一つ。

 私がこのことわざを知ったのは、『松田優作物語』で松田優作監督の映画を見た森田芳光監督の感想から。

 韻を踏んで印象に残ったが、これ5・7・5なのである。

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