お嬢様の防戦 その1
世間はワールドカップに沸いている6月。
政治の方は与党内で激しい対立が発生していた。
武永金融担当大臣による金融再生プログラムが俎上に載ったからだ。
その骨子は以下の通り。
1 資産査定の厳格化のため市場価格による査定の徹底
2 大口債権者の債権者区分を統一させる
3 銀行による自己査定と金融庁検査による査定の差を公表
4 必要があれば公的資金を活用する用意があることを明確にし、更に公的資金注入についても検討
5 繰延税金資産の査定を適正化
6 経営健全化計画が未達成な銀行に対しては業務改善命令を出す
7 これらのプログラムの前提としての時価会計の導入
当たり前といえば当たり前のプログラムだが、不良債権処理がほぼ峠を越えたこの世界において『そこまでする必要があるのか?』という声が出ているのだ。
株価は19000円台を上下しているし、桂華金融ホールディングスや帝都岩崎銀行や二木淀屋橋銀行は不良債権処理をほぼ終えて、公的資金注入がいらないのではという声もあったのは事実だ。
大規模システムトラブルをやらかして内部統制が取れていない事を露呈した穂波銀行や、不良債権処理で修羅場中の五和尾三銀行、そしてこれから不良債権処理を始めようとしている地銀・第二地銀等へのセーフティーネットの整備が必要というのは誰も文句は言わなかった。
問題はそこに付け足された時価会計の導入。
これが爆弾だった。
これまで簿価で隠れていた不良債権が一気に顕在化し、不良債権処理が終わった銀行すら再度不良債権処理に追われかねない可能性があった。
「そうならない為にも、ここで徹底的に最終的に不良債権処理を行うのです。
また、経営危機を起こさない為にも公的資金を用意するのです。
このまま放置するよりも、ここで一気に処理して日本経済を再生に向かわせるべきなのです!」
今年の内閣改造で支持率が急落した恋住政権だが、未だ40%台の支持率を保ち、改革の旗を立ててあちこちの既得権益に切り込んでいた。
不良債権処理がメディアで派手に踊っている間に道路公団民営化の為の道路公団民営化推進委員会が設置されて、反恋住派の牙城である道路公団に切り込んでいる辺り恋住総理は喧嘩が本当に上手い。
また、ゼネコン各社がこの時期民事再生法や債権放棄等で矢面に立たされたこともあって、動けなかったというのもある。
ここまでで処理されたゼネコンは7社、一兆二千三百億円にのぼる。
それがある意味内閣の広告塔として支持を取り付けていた一面は否定できなかった。
「大手行は2005年3月末までに不良債権残高を半減するように要請しました。
また、処理が遅れている銀行には公的資金を注入し、国有化することも視野に入れています」
武永金融担当大臣はTVを巧みに使って攻勢に出ており、この一報を聞いた銀行関係者は驚愕せざるを得なかった。
もちろん、私達も見逃してはもらえなかった。
「桂華金融ホールディングスは、実質国有化から不良債権処理を完了させました。
ここから財閥解体および不良債権処理の終了の象徴として、株式の上場を視野に考えてもらいたい」
名指しである。
これに一条は記者会見を開いて激しく反発した。
「元は国営化に等しい企業であった事は否定はしないが、今の我々は一民間企業に過ぎない。
それにも拘わらず、国がその方向性を示唆するのはいかがなものか?」
反恋住派はこの一件を梃子に桂華グループを自派に取り込もうとしたが、泉川副総理が内閣に居て表向きは反恋住に動けない事が効いていて、取り込みに失敗していた。
もっとも、それは私の意向でもある。
「本当にいいのかい?
動けば、足を引っ張れるが?」
電話越しの泉川副総理の声から懸念の色は隠せない。
日本の国会は大体7月頭あたりが会期末になり、延長も視野に入って重要法案の審議が加速する時期になる。
ここで、泉川副総理の言う足を引っ張るというのは、国会延長を短くして金融再生プログラム関連法案を廃案に追い込むことを目的としている。
私は朗らかな声で泉川副総理に言い切った。
「今大臣を潰したら総理まで巻き込まれます。
功績を譲って、ここは我慢しておきましょう」
「君とは結構長くこの手の話をするけど、君のその自己犠牲の精神はどこから来るのか時々不思議に思うことがある。
そのくせ、譲った以上のものを君はしっかりと得ているのだから」
たしかにそうだと私も思う。
『何かを得たいのならば、まずは与えよ』とは誰の言葉だったのか?
そんな生き方を今の私はしていた。
「今の総理は手負いの獣です。
歯向かうならば、敵味方容赦しませんよ」
私の言葉は的中した。
一時期は友情と打算で結ばれていた加東元幹事長が元事務所代表の脱税疑惑や自身の政治資金流用問題の責任を取り、議員辞職に追い込まれたのだ。
支持率の急落に伴って敵味方の粛清を進めた結果、今の恋住総理に刃向かえる人間は限りなく少なくなっていた。
総理の足元は固められ、手負いの獣の視線が私を捉えていた。
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加東元幹事長の辞職
現実には四月に発生している。
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