お嬢様の防戦 その2
「お嬢様!
起きてくださいお嬢様!!」
副メイド長の時任亜紀さんが私を叩き起こす。
朝五時半。
何事とまだ半分寝ぼけていたら、亜紀さんが真顔でこんな事を言ってきた。
「東京地検特捜部が橘さんを捜査対象に桂華鉄道に強制捜査に乗り出すとの情報が。
ここに強制捜査が入ります」
嫌でも目が覚めた。
加東元幹事長が議員辞職する羽目になった事務所代表の脱税疑惑が捜査の理由である。
よくある話だが、開発を主導する側はそれを知人などに漏らして開発前にその土地を安く抑え、開発時の高騰に合わせてその土地を売却し利益を得るという手法がある。
それを酒田市での化学コンビナート建設事業、つまり父が極東土地開発で行っていたのだ。
極東土地開発は会社更生法を申請して倒産したが、その後の桂華グループの急膨張に合わせて桂華鉄道が吸収し桂華土地開発となっていた。
東京地検特捜部が捜査に入るのはこの桂華鉄道の一部門である桂華土地開発という訳だ。
さて、ここからが本題だ。
バブル期に計画された酒田市の化学コンビナート建設事業だが、高値掴みをした事務所代表はよせばいいのに桂華土地開発に対してバブル期並の価格を提示し、桂華土地開発もそれを支払ってしまっていた。
この時点で加東元幹事長に対する利益供与で突っ込まれるのだが、ここからがこの話のずさんな所で、この売却益を申告していなかったのだ。
つまり脱税である。
事務所代表はこの脱税をあちこちでやらかしてスキャンダルとなって、加東元幹事長も辞職に追い込まれたという訳で、要するに加東元幹事長案件の流れ弾が当たったに過ぎない。
「どうして!?
どうして桂華院家は不逮捕特権をこの件で発動させるのよ!?
かえって疑惑があるって言っているようなものじゃない!!!」
私の嘆き声が早朝の食堂に轟く。
朝六時。
快晴の空の下、九段下のビルの下にはすでに情報を掴んだマスコミがちらほら。
当事者でもある橘が実に言いにくそうにその理由を口にした。
「東京地検特捜部の狙いは、加東元幹事長ではありません。
かつて不逮捕特権で闇に葬られた、極東土地開発の東側内通事件の掘り起こしにあるというのが私の考えです」
この事件で桂華土地開発がクローズアップされると、嫌でも父の東側内通事件に目が行ってしまう。
それが分かっているからこそ、桂華院家は不逮捕特権を行使してこの事件を闇に葬らざるを得ない。
「加東元幹事長は議員辞職しました。
それをもってけじめは付けられたと世論は納得してくれると良いのですが」
橘の説明に納得できない私が居た。
それだったら、加東元幹事長の辞職前にこの捜査が入るはずだ。
けじめどころか、かえって炎上しかねない。
だが、納得していなくてもできなくても不逮捕特権は発動される訳で、それは桂華院家当主である義父である桂華院清麻呂公爵の意思である以上私にどうこういう事はできない。
「そういえば、不逮捕特権って具体的にどういうものなの?」
いい機会だから橘に尋ねてみると、かなりどころか絶大な特権である事が分かり愕然とする。
爵位に応じて家に属する人数や組織が決められており、その属した人間は家範によって処断し、その報告と再審は枢密院にて行われるという事。
爵位に応じての所だが、華族に旧大名が入っていた事からそこからの人数割り当てになっており、公爵ともなるとその人数はかなりのものになる。
もちろん常時定員割れであり、そこに脱税などの犯罪者を入れてリベートを受け取るなんてことが常態化していた。
今回の件もよくある華族の犯罪隠蔽で片付くだろうというのが橘の見立てである。
「問題は、近年マスコミを使って非難をする事で枢密院での再審が行われる事が多くなり、かばいきれない事も発生しています」
実際にあった例としては、脱税で告発されたある人物が男爵位を持つ貧乏華族に身を寄せて、不逮捕特権で逃れようとした。
男爵は家範で裁いたという報告を枢密院に行ったが、その人物の豪華な生活がマスコミに知られるとバッシングが始まり、政府からの要請という形で枢密院に圧力が掛かり枢密院でその華族の家範差し戻しという形でこの圧力に応じ、除籍という形でその脱税した人物を追放し彼はめでたく逮捕と相成ったなんてのがある。
『はい。
こちら九段下桂華タワー前です!
加東元幹事長の事務所代表の脱税事件に新展開がありました!
この事務所代表と桂華土地開発が行った山形県酒田市での土地取引に脱税の疑いがかかり、東京地検特捜部は桂華鉄道に強制捜査に入る事を決定。
ですが、桂華鉄道を所有する桂華院家は不逮捕特権を行使するとみられ……』
朝7時。
何処のTVもこれが画面を踊っていた。
今年発生し続けている国会議員の不祥事。
おまけに外務省のスキャンダルで叩かれた華族の不逮捕特権が再度こんな形で表に出ると、桂華院家でもなんらかの禊を求められる。
多分、橘は辞職に追い込まれるだろう。
「っ!?」
「どうなさいました?
お嬢様?」
亜紀さんの心配そうな顔に何でもないと笑顔でグレープジュースを飲みながら私は確信した。
これは恋住総理が仕掛けた攻撃で、最終的な狙いは私なのだと。
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なお、お嬢様の拠点候補地だった新潟だと田中元外相の、北海道だと鈴木議員のスキャンダルに巻き込まれる事が確定して、私が頭を抱える事に。
やっぱり、この時の銀髪宰相持ってるわ……
橘の立ち位置
間違いなく平成のフィクサーとして名を馳せている。
実態はお嬢様の暴走を押し止める役なのだが、『米国政権との深い関与』『日本政府中枢との深い関与』『莫大どころではない資金』をお嬢様の代行として橘が差配しているわけで。
うん。
これは排除されるわな。
デザイナーメモ設定にも書いたけど、瑠奈の爺様特高上がりで右翼の資金源なんだよなぁ……
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