その未来に最後の歌を

 久しぶりに帝西百貨店で歌う。

 見ていた深夜アニメが面白くて、その挿入歌が気に入ってしまったのだ。

 で、運転手兼バイオリニストの渡部さんと歌いにいったのだ。

 ある種のカラオケみたいなものである。

 もっとも、そのカラオケに帝西百貨店ホールに人が詰めかける、ミニコンサートみたいになっているのはどうかと思わないではないが。


「しかしお嬢様はこの歌を本当に楽しそうに歌われますな」


 なおこの歌、訳を見ると永遠の別れを告げる告別歌みたいなのだが。

 ちゃんと訳カードまで用意した私のガチっぷりに渡部さんも苦笑するしかない。

 ミニコンサートみたいなものとはいえ、基本は無料で時間はこちらの気分次第。

 『ミカエラのアリア』の他に二・三曲摘んで20分ぐらいのイベントに立ち客まで出る盛況ぶりである。


「じゃあ、後は買い物でもして美味しいもの食べて帰りますか」


「あのぉ……それが帝西百貨店の人が困っているみたいで……」


 実家側がど修羅場モードに突入したアンジェラの代わりに、今日は秘書として一条絵梨花がついている。

 護衛の方は北雲涼子が率いているのだが、彼女まで応対に出る厄介事になっているとか。


「何があったのよ?」


「はい。

 何でもアイドルのスカウトが押し掛けているとか」


「はい!?」


 微笑ましいと言えば微笑ましい。

 洒落にならないと言えば洒落にならないそんな即興劇はこんな感じで始まった。


「ですから、お嬢様は……」

「あんたじゃ話にならん!

 本人呼んでこい!!

 本人を!!」


 という訳で現場に行ってみると、まさに修羅場中だった。

 というより、相手側が一方的にまくしたてているという感じだろうか。

 

「何があったのよ。

 うるさいじゃない」


「あ、お嬢様……」


 北雲涼子の報告を遮って私に突貫しようとした彼を護衛メイドが通さないので、男は怒鳴りつける。


「いい加減に通さねぇか!

 俺はこの嬢ちゃんに用があるんや!!

 嬢ちゃん!

 アイドルとなって、俺と一緒に天下をとらないか?」


 いいおっさんというか初老の香具師だなこれは。

 強面な口調とやり取りから、ヤのつく自由業崩れと見た。

 香具師は私がそんな事を考えているのに気付いてニヤリと笑う。


「安心せい。

 既に足は洗っている。

 俺は純粋に嬢ちゃんの歌に惚れたんだ。

 あんたなら、平成の歌姫となって武道館をいっぱいに出来る。

 俺が保証する!!」


 やり方は強引だし口説き方は論外だが、熱意は本物だった。

 という訳で、私はにっこりと微笑んでお断りの言葉を告げた。


「ごめんなさい。

 私、アイドルより稼いでいるの」




「お嬢様自身の商品価値について解禁が近づいており、先走った輩が手を出してきたのでしょう」


 鉄道事業を掛かり切りでやっている橘にこの話を話すと、そんな返事が返ってきた。

 暴力団対策にマスコミ対策も橘がやっていたと思ったのでもう少し話を聞いてみると、出てきた答えは笑えないものだった。


「今のTVを中心としたメディアには出来ないことはないですからな。

 そんな業界ではお嬢様はこの新世紀におけるアイドルとしてデビューさせたいという話がちらほらと出ています」


「今もTVに出ているじゃない?

 何が不満なのよ?」


「24時間、365日、お嬢様の全てをTVが使いたい。

 という意味と考えていただけたらと」


 華やかであるメディア業界は同時にブラックでもある。

 最近は深夜放送が常態化した事で、その気になればいつでもどこでもTVの中に誰かが映っている。


「まぁ。怖い。

 けど、今までの対策で向こうには十分利益は渡しているんじゃない?」


「お嬢様。

 上で話がつくのでしたら、あの事件は起こりませんよ」


 橘が言った、『あの事件』とは北海道の一流食品メーカーの食中毒及び牛肉偽装事件であり、最後は会社が帝西百貨店を通じて救済される結果になった。


「今の世の中は、マスコミが力を持っています。

 そして、マスコミの中で誰が力を持っていると思いますか?

 中間層なんですよ」


 日本という国民性と組織の合併症である。

 『出る杭は叩かれる』文化と、共同体内に蔓延する『空気』という魔物が意思決定を曖昧化させて異物を排除する。

 そういう側面から見ても、桂華院瑠奈という『悪役令嬢』は、日本的文化と組織において叩かざるを得ない『生贄』でもあった。

 ある意味納得する理由である。


「政商桂華グループのフィクサーであり、実質的にお嬢様がこの桂華グループを動かしているのをマスコミは知っていますが、同時に誰もがこう思っているでしょう。

 『だからこそ、失脚し落ちぶれた姿が見たい』と」


 80年後半から90年台にかけてマスコミの権力が増したのは、マスコミが国民が見たいコンテンツを提供し続けていたからだ。

 はじめは芸能人のスキャンダルに始まり、政争の手段から手段を目的化してしまい一年ごとの総理交代と揶揄された政治家、バブル崩壊で一流企業が崩れ去り、最後の砦である官僚もスキャンダルで汚れた。


 『人の不幸は蜜の味』


 その失脚を他人事として眺め、快哉を叫んで楽しんだのは紛れもなく国民である。

 なお、しっかりと未来にてブーメランを食らうのだが、今の人間に未来の人間が忠告しても聞くわけがない。


「貴方、未来には不幸になっていますよ」


なんて。

 そんな犠牲者リストに私が載っている。


「かといって、いまさら降りるわけにも行かないでしょう?」

「降りる方法はありますよ」


 私の投げやり声に橘は実に楽しそうに微笑む。

 その降り方を橘は仰々しく口に出す。


「お嬢様がご結婚なさればいいのです」


 失脚と同時に結婚もマスコミの格好のネタであり、それはネタの終了を意味している。

 いい例が、人気絶頂期に女優を引退して結婚して公妃となった人なんかが挙げられるだろう。

 橘は冗談ぽく私に諫言を言う。


「お嬢様の人生です。

 口出しはしませんが、降りたい時はいつでも言ってください。

 一条も、アンジェラも、お兄様も、私も。

 お嬢様の幸せを願っているのですから」


 その日の夜。

 ホールで歌った歌を寝室で歌い、窓に映った私の姿を見て唐突に気付く。


「しかしお嬢様はこの歌を本当に楽しそうに歌われますな」


 渡部さんの言葉の理由。

 私は、この歌を未来の私のために歌っていたんだ。



 数日後。

 あの香具師が橘の招待という事で、九段下桂華タワーにやって来た。

 本当に歌に惚れただけで、私の正体なんて気付きもしなかったらしい。


「惜しいなぁ。

 あんたなら、昭和の歌姫みたいに平成の歌姫になれると思ったんだが……」


 その最高の褒め言葉に、私は微笑んで応えた。




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今回の瑠奈の歌

 『Noir』の『Canta Per Me』。

 多分、こんな組織があったら真っ先に瑠奈が狙われる。

 なお、このアニメにちびまる子ちゃんで有名なTARAKOが出ているのだが、「あんたこんな声出せるのか!?」と愕然とした覚えが。


ヤのつく自由業

 芸能界とは関係が深いのは有名な話。

 特に昭和の歌姫と関西大手ヤクザの関係は有名。


一流食品メーカーの食中毒及び牛肉偽装事件

 今の読者には伝わらないと思うけど、マスコミはこの時期権力の絶頂にあった。

 総理すら替えたと豪語するコメンテーターが居たぐらいに。

 だからこそ、それに対抗しきった銀髪宰相がおかしいリアルチートと称されるのだが。


女優を引退して結婚して公妃となった人

 この頃の女優は本気で頂点を狙えた。

 今はおそらく消費が速いから、そこまで磨かれない。

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