お嬢様の修学旅行 初等部編 その4
昼食は湯豆腐を始めとした精進料理を用意。
食べざかりの小学生には少し物足りないだろうが、そこはおやつタイムで我慢してもらおうという事で。
二日目午後の最初の目的地である二条城なのだが、ここは皆の反応が微妙に鈍い。
特に華族連中。
「当たり前じゃないですか。
幕末の中心地で、敵味方に分れて争った末裔なのですよ。
私達」
薫さんのツッコミに私は手を叩いて納得する。
華族は明治維新の元勲だけでなく、武家華族や公家華族も入っているから、その出身をたどると嫌でもこの京都で敵味方に分かれる事になる。
なお、桂華院家は昭和元勲として作られた新興華族という表向きの家ではあるが、血で言うと維新元勲系の家なので大名系華族とは微妙な過去になる。
人は親を選べないとはよく言ったものだ。
公家華族ゆえに、その血を欲した岩崎財閥の支援によって成り立っている朝霧侯爵家もある意味勝ち組ではあるが、多くの公家華族は基本貧乏である。
「?」
「なんでもないわよ。開法院さん」
そんな公家華族の中でも貧乏である開法院家だが、なんだかんだでお家を維持しているのは、この家が陰陽師の系譜の家だからという理由がある。
維新後の廃仏毀釈で一応神道系になったらしいが、それまでは神仏混合の物の怪払いを家業にしていたといういわく付きの家。
幼稚園の時のかくれんぼといい今回のことといい謎が多い人だ。
それよりも……
「開法院さんの声久しぶりに聞いた」
「あら、桂華院さん運がいいわね。
あの人が話す所を聞くと、今日一日幸運がやって来るそうですわよ」
高橋鑑子さんが説明してくれる。私が言える義理ではないのですが、なんかおかしな伝説が生まれてるし。春日乃明日香さんも微妙な顔である。
金閣寺も正式名称があり、その名前は鹿苑寺と言う。
室町幕府三代将軍足利義満によって作られたこの絢爛豪華な寺は昭和初期に焼かれた。
それが文学となって我々の手元に残っている。
「何で金閣寺は焼かれたのかしら?」
金閣寺を眺めながらそんな事を呟いていたら、光也くんが話に付き合ってくれる。
その金閣寺は私達の前にその黄金色の姿を永遠のように晒し続けている。
「その永遠に中てられたからじゃないか?」
なんとなしに分かるある文学作品を絡めた隠喩。
傑作ではあるのだが、小学生が読むには早いあの作品を知っているからこそ、お互い隠喩で話し続ける。
「この世は変化し続ける。
そのくせ正義も悪も美も醜も万物流転ときたものだ。
けど、この瞬間の目の前に映るこの寺だけは永遠を感じさせてくれる。
そう思ったからこそ、彼はこの寺を焼いたのだろう」
「なんとなく分かるような気がするけど、私はあれを読んで思ったこと。
煙草が吸いたくなった」
「おい小学生。
けど、わかる」
「でしょう♪」
私と光也くんは二人して笑う。
それは二人だけの秘密として、私達は次の目的地に行くためにこの地を後にした。
龍安寺の石庭を眺めながら、私はガイドの説明を聞く。
「ですから、この石庭の石はどこから見ても一つは見ることができない……」
腕を組んで考えている裕次郎くんが何を考えているのか知りたくて尋ねてみたら、こんな答えが帰ってきた。
「『足るを知る』。
じゃあ、何を以て足るなのか?」
見えない石を考えながら、そんな事を裕次郎くんは口にする。
私は裕次郎くんから少し離れる。
すると、私の目には裕次郎くんからは見えない石が露わになる。
「とりあえず、一人で見えないならば、二人で見ましょうってのは駄目?」
私の言葉に裕次郎くんは笑い出す。
珍しく大声で。
「あははははははは。
桂華院さんらしいや。
その発想は、僕には出てこないよ」
そんな裕次郎くんを見て私も笑う。
ついでに指をさして裕次郎くんに見えない石の位置を教えると、裕次郎くんも私が見えない石の位置を指さしてくれた。
仁和寺には御室八十八ヶ所霊場なるものがある。
四国八十八か所霊場に行けない人の為に作られたもので、この手の霊場は全国各地に点在しているから、お遍路参りがいかにブームだったのかが分かる。
「そういえば瑠奈は八十八か所参りはしたんだっけ?」
「一番霊場から八十八番霊場まで回ったわよ」
栄一くんにドヤ顔で答えるが、嘘は言っていない。
一番札所の霊山寺を参って、そのまま八十八番札所の大窪寺を参ったというだけなのだが。
とりあえず、東京-高松の深夜バスにやられその二寺でもう気力が無くなったのである。
その後で食べたうどんのうまかった事と言ったら……話がそれた。
参拝と納経まで含めて真面目に全部回ると、十日から半月、無理ないスケジュールだと一ヶ月は掛かる。
「さすがに、ここの走破は無理だけどね。
二時間ぐらい掛かるって」
「それは無理だな」
他にも仁和寺には見所があり、御室桜などは名所に指定されている。
季節がずれているのが本当に残念だ。
「ここは、御室流華道でも有名なのよね」
「瑠奈は華道もやっていたのか?」
「茶道と同じくかじった程度だけどね」
御影堂から中門を通り、仁王門の方に戻る。
傾きつつある日が、五重塔を照らして実に趣がある。
「そういえば、ここ四つ葉のクローバーを使ったお守りがあるらしい。
瑠奈は買っておいた方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
話を振られた私が首をかしげると、栄一くんは実にわざとらしくため息をついて肩をすくめた。
「伏見稲荷の一件、もう忘れたのか?」
「……あー」
あれ、イベント的には良いイベントなのだがなんて言っても無駄だろう。
実際にふいに連れ去られたのは事実だし、その間アンジェラや栄一くんたちが心配して探し回っていただろうからだ。
「そうね。
買っておくわ♪」
お土産物屋で四つ葉のクローバーのお守りを二つ買い、一つを栄一くんに渡す。
「はい。
心配してくれたお礼♪」
「……さんきゅ」
照れくさかったのか、ちょっと横を向いて栄一くんは私のお守りを受け取った。
私と同じくそのお守りはPHSのストラップとして揺れる事になる。
「あのぉ、桂華院瑠奈さんですか?
良かったらサインをお願いします!!」
清水寺と並ぶ大観光地である嵐山だが、誤算があるとしたら清水寺より広範囲にスポットが広がっている事があげられる。
つまり、他の修学旅行生や観光客とバッティングする確率が高く、回避と拒絶が難しいのだ。
おまけに、帝西百貨店のキャンペーンガールや、オペラデビューをしている事もあって、そこそこ有名人だったりする。
結果、アンジェラや護衛の目をかいくぐった、同年代の女子の侵入を許して、私の前にサイン色紙が。
「イヤァ、ワタシヒトチガイ……」
片言の日本語でごまかそうとした私の努力は、よりにもよって嵐山の土産物屋に置かれている、肖像権無視の私のお土産グッズによって完膚なきまでに粉砕されることになった。
アンジェラが激怒したのは言うまでもないが、その激怒もゲーセンのUFOキャッチャーに私のグッズがあるというその女子の報告に唖然として崩れる事になった。
「なにわの商売人はたくましいですからなぁ」
余計な一言で、アンジェラの詰問を受ける羽目になった土産物屋のおっちゃんに合掌。
で、私は仕方なくサインを書く羽目に。
そういう事をすると、わらわらとサインをねだるのが日本人であり、結局百人ばかりの同年代の女子にサインを書く羽目になった。
「気付いてなかったの?
貴方、同年代のファッションリーダーとして見られているの。
そろそろ、モデルデビューも視野よね」
なんて写真を撮りながら解説してくれる写真家がとてつもなくうざかった。
なお、後日談になるが、私の無許可グッズは全国各地のゲーセンから容赦なく撤去され、作った馬鹿を説教したのは言うまでもない。
────────────────────────────────
三島由紀夫『金閣寺』
小学生が読むにはちとハード過ぎるが、三島由紀夫の最高傑作と名高い一冊。
八十八ヶ所霊場
私の家の近くには、篠栗八十八ヶ所霊場なんてのもある。
メジャーからマイナーまであちこちにあるのでこの信仰がどれだけ広がったかが分かる。
一番霊場から八十八番霊場まで
こんなインチキを堂々とやってくれるのは某北海道のあの番組しか無い。
彼らは、最初五番まで行って八十八番に飛んだ。
それが縁なのか知らないが、何度も彼らは四国に呼ばれることになる。
肖像権無視のグッズ
UFOキャッチャーでそれがある事を知ったのは、バーチャルユーチューバーのミライアカリの動画である。
なお、この手の商売でこういう事をする連中は大体ヤのつく自由業の方が絡んでいる可能性が高い。
似たようなケースで、謎の薄い本のまとめ本が出回った記憶が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます