お狐さまの言うことには……
伏見稲荷神社に向かう際には、京都駅から奈良線を使う。
とはいえ、臨時便とか出せないので、通常運行の列車に三組に別れて出発するという形をとっている。
アンジェラが一番安全上嫌がった所で私が押し切った形になったのは、京都府警の警護係の全面支援を約束できたからだ。
という訳で、最後の組である私達がホテルを出発……何、蛍さん。何か笹包を私に渡してくる。
持っていけと顔で言っているので、その笹包を手に持ってホテルから出発。
後で聞いたがホテルの厨房に頼んで作ってもらったいなり寿司だそうで、これから向かう先にぴったりのアイテムである。
「桂華院さんはお山巡りはなされるのですか?」
志津香さんが私に声をかける。
大体女子面子で集まる場合、志津香さんが会話の口火を切ることが多い。
会話とは個人のパーソナル情報暴露の最たるものだから、媚びたい志津香さんからすれば話すことで私の情報を得ようという所なのだろう。
そんな志津香さんの実家である栗森財閥は、新潟県沿岸の都市で江戸時代から続く商家から始まり米相場で財を成して海運と農林業及び漁業と事業を広げ、バブルに踊って大火傷という地方財閥あるあるの崩壊過程を辿っていたが、一条曰く、
「火傷は致命傷でないですね。
漁業から始まった食品加工業は業界中堅とはいえ堅実な経営ですし、日本海で獲れる新鮮な魚介類を安定的に供給できるのは魅力です。
ここは不動産への過剰投資が経営を圧迫しているので、そっちを処理すれば経営は立て直せますよ」
という事で、帝西百貨店への魚介類及び加工食品の独占供給を餌に、救済した経緯がある。
このあたりも史実よりバブルが致命傷になっていなかったのが大きく、私も栗森財閥にも助け舟が出せる余力があったというのが大きい。
そんな経緯もあって志津香さんは私に頭が上がらないのだが、私からすれば同年代の友人としてもっと気さくな仲になってくれないかなぁと思っていたり。
「まあね。
そのために、伏見稲荷だけで午前中を全部使うようにプランを組んだのですもの」
京都駅中央口から入って、奈良線ホームの8.9.10番ホームまでゾロゾロと歩く。
目的地に向かう列車は一時間に四本のペースで走っているから、今頃先発した組はもう伏見稲荷参拝を始めた頃だろう。
「あっ!
快速が出てしまうけど急がなくていいの!?」
鑑子さんが掲示板を見て叫ぶが、実は急がなくていい。
というか、目的地である稲荷駅は快速が止まらない駅なのだ。
この快速列車を入れると奈良線は一時間に六本出ている。
そんな説明を聞いて鑑子さんの顔がみるみる真っ赤に。
あわてんぼうのうっかりさんではあるが、だからこそ皆のマスコットみたいに会話の中心になっていたり。
「東京暮らしが長いけど、未だこの常に列車が走っている光景が信じられないわ」
明日香さんの地元の駅の列車は一時間に一本。
まぁ、単線特急街道というのもあるのだが、普通列車は一両もしくは二両がのんびりと駅に止まるらしい。
最初に東京に来た時にまず、駅に列車が連なるという事が信じられなかったとか。
そんなこんなで京都駅を出発し、稲荷駅に到着。
乗客が結構乗っていた列車だが、トラブルも何もなく降りることができ私達も伏見稲荷に到着する。
「という訳で、まずは本殿にお参りした後で集合写真を撮ります」
「……」
お参り後の集合写真を取る際に私は無言でアンジェラを呼び寄せる。
呼ばれる理由がわかっていたアンジェラが先に弁明した。
「私は、ちゃんと、地元の写真屋に頼みました!」
「じゃあ、何であれがここに居るのよ!」
もはやあれ呼ばわりの写真家の先生である。
写真を撮った後に問い詰め……げふんげふん。尋ねた結果、こんな美味しいチャンスを見逃すわけ無いだろう。常識的に考えてと力説されて強引に割り込んだらしい。
なお、地元の写真屋さんはあの先生のファンだったらしく、嬉々として手伝ってやがる。
うん。
見なかったことにしよう。
伏見稲荷大社の歴史は古く、奈良時代にまで遡ることができる。
全国の稲荷信仰の総本山であり、商売繁盛の神であり、願掛けと成就のお礼から始まった千本鳥居が今や一大観光スポットになっており実に壮観である。
この境内全体を覆う稲荷山全体をお参りする事をお山巡りというのだが、二時間ほどは掛かるので午前の予定は全部ここに当てるという力の入れよう。
それぐらい私的には楽しみにしていた場所だったりする。
「あれ?」
ふと気付くと私は千本鳥居の中で一人で立っている。
みんなは?
護衛は?
とりあえず思い出してみよう。
たしか、こだま池の前にある熊鷹社でみんなでお参りして、こだまが聞こえたような気がして振り向いたらここに居たと。
何このファンタジー?
まぁ、乙女ゲーム世界に転生している私が言うのもかなりおかしい気がしないでもないが。
こうなると少し楽しくなってくる自分がいる。
考えてみると、いつも誰かを連れて歩いていたので、一人でこうして歩くのは久しぶりだったのだ。
千本鳥居の中を軽く鼻歌を歌いながら歩く。
そんな中、青空なのに顔に雨粒が当たる。
天気雨だ。
別名を狐の嫁入り。
見ると、山頂に向かって歩く白無垢姿の花嫁が居た。
狐のお面をつけて、私の前まで来るとそのお面を外す。
その姿は大人になった私だった。
ウェディングドレスじゃなくて、白無垢なのかというのが素直な感想で、大人になった白無垢な私がそんな小学生の私を見て微笑んで私の横を通り過ぎた。
唐突に気付く。
彼女の先に花婿が居るという事を。
それが誰なのか振り向こうとして、体が動かない事に気付く。
「瑠奈っ!?」
栄一くんの声で我に返ると、さっきまで居た千本鳥居ではなく、私が立っていたのは山頂の一ノ峰だった。
栄一くんが私に近寄りみんなに知らせると、慌てて駆付けるアンジェラと護衛曰く、皆が目を逸した瞬間にふっと消えたらしい。
「どうやら、ここのお狐様にご招待されたみたい」
私の安堵の声に日本人は一斉に真っ青になり、
「ああ。
ここならありえるよなぁ」
「よくぞご無事で……」
「ナンマンダブナンマンダブ……」
「いやそれ違くね?」
というオカルト肯定にその場はとりあえず収まった。
もちろん収まらない人たちもいる。
「オカルトなんて信じないわよ。
もう21世紀にもなったというのに……
けど、どうやってお嬢様を誘拐させてあそこまで持っていったの?
催眠ガス?……」
伏見稲荷を出るまでアンジェラのブツブツは止まることは無かった。
そんな彼女を見て制服のポケットに違和感。
触ると、そこに入れていた笹の包みが丸い何かに変化していた。
取り出してみると、透き通った宝珠が一つ。
「ね。
持っていって良かったでしょ♪」
え?
蛍さん、声聞くの久しぶりなんだけど。
────────────────────────────────
サツバツとしたこの物語に唐突なファンタジーが!?
恋愛ゲームによくあるイベントをやって見たかっただけである。
今度近くの稲荷神社にお礼参りに行っておこう。
栗森財閥
極東ブループの拠点は日本海沿岸としか書いていないけど、候補としては新潟か山形のどっちか。
で、選ばれなかった片方が栗森財閥になる予定。
写真家の先生リターンズ
感想ネタから拾ってくる。
ネタ提供感謝。
宝珠
狛狐がくわえているものは、稲穂、巻物、鍵、宝珠の4種類。
稲穂 五穀豊穣
巻物 知恵
鍵 御霊を身に着けようという願望 蔵の鍵から転じて金運
宝珠 稲荷神の霊徳の象徴
ゲームだと多分パラメーターがプラスされるイベントになる。
稲穂 肉体及び健康UP
巻物 知力UP
鍵 財力UP
宝珠 霊力&運UP
感想に書かれた蛍の座敷童子系少女がツボったので採用。
参考文献
『ARIA』天野こずえ
『狐日和』 https://www.nicovideo.jp/watch/sm31776925
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます