九段下桂華タワーメイド部門朝礼

 長森香織27歳。

 結婚しており二児の母の彼女は新宿桂華ホテルのメイドとして勤務し、九段下桂華ホテルに出向という形で仕事先が変わる事になった。

 そこで見たメイド組織は、有り体に言ってカオスだったのである。


「おはようございます」


「「「おはようございまーす」」」


 制服であるメイド服で九段下の職場に出勤すると、同じくメイド姿の女子達が一斉に挨拶する。

 ここはメイドの詰め所なのだが、ここのメイド組織は所属と仕事先が微妙に違っている。


 瑠奈様付きメイド 約50人

  世話係

  警護係


 桂華ホテルメイドサービス出向メイド 数人


 喫茶店ヴェスナー従業員メイド    約20人


 このビルの主である瑠奈様付きメイドについては説明しなくていいだろうが、その大部分が北樺警備保障から派遣されたガチガチの武装メイドなのはここの人間ならば誰でも知っている。

 このビルの一階にある喫茶店『ヴェスナー』は桂華ホテルの所属になっていた。そのメイド姿に憧れて秋葉原から移ったメイドもおり彼女たちの統括も長森香織の仕事である。

 で、長森香織の本職であるホテル付きメイドというのはコンシェルジュの下に付くが、華族や外国貴族相手の専属職である。

 長森の本来の仕事は、実質的桂華グループの迎賓館である九段下桂華ホテルのメイド部門の立ち上げとその育成であり、日本人メイドとロシア人メイドの間の緩衝役だった。


「おはようございます」


「「「「「おはようございます」」」」」


 この場所にいるメイド達はおよそ四十人弱。

 その声が揃うのはなかなかいいものだと長森香織は思う。

 およそ七十人ほどいるメイド達だが、全員が揃うことはまず無い。

 既に部署に付いている者や四交代制で休む者がいるからで、それゆえに引き継ぎ連絡の確認をするこの朝礼は必ず行われる。


「では、朝礼を始めます」


 メイド長である斉藤佳子の艶っぽい声から朝礼は始まった。

 四十路の彼女の色気は衰えること無く、若い頃に彦麻呂様の寵愛を受けたことを隠そうともしないその肝の座り方から瑠奈様付きに島流しされたはずの彼女が、こうして一つのビルのメイド組織のトップに立っているのだから人生とは分からない。

 ここでのメイドの組織の序列はこんな感じである。



 メイド長          斉藤佳子

  副メイド長        時任亜紀 桂直美    

   メイド長付       長森香織 橘由香 一条絵梨花

    メイド補佐      アニーシャ・エゴロワ 北雲涼子 エヴァ・シャロン

     メイド



 副メイド長はメイド長の居ない時にメイド長に代わって指揮を執る事ができ、メイド長と副メイド長は桂華院家から出ている。

 時任亜紀は斉藤佳子の隠し子と噂されているが、二人共曖昧に笑ってそれを否定も肯定もしない。


「今日はメイド長がいらっしゃるので、メイド長、副メイド長の私、メイド長付の長森さんのシフトになります。

 何かありましたら、この三人に報告してください」


 時任亜紀の声には自信が漲っている。

 完璧なメイドとはかくあるべしと秋葉原界隈で噂になっているらしいが、斉藤佳子が徹底的に仕込んだだけあって次期メイド長が約束されている。

 今日はお休みのシフトである桂直美は没落した桂華院家分家で、お嬢様付きという閑職を与えられて捨扶持を食っていたのだが見事に大逆転を収めてその忠誠は揺るぎない。


「今日のお嬢様のスケジュールです。

 学校から帰るのが18時ごろで、それから夕食。

 21時から22時までお時間を取ってくださるそうなので、お嬢様の決裁を仰がないといけない事柄があるようならば申し出るようにと仰っていました」


 メイド長付の一条絵梨花が最初に元気に報告する。

 メイド兼秘書という触れ込みで瑠奈お嬢様直々スカウトした彼女を教育したのが長森香織である。

 天然だが馬鹿では無い彼女は仕事も無事にこなしており、結婚退職を夢見ている彼女に良縁をと斉藤佳子と共に動いているのは内緒である。


「コック長の和辻さんからの要請です。

 まかないについて、若いのに作らせたいとお願いが来ています。

 代わりに、そっちのメイドに料理を教えると」


 同じくメイド長付の橘由香が淡々と報告する。

 執事である橘隆二秘蔵の孫娘であり、いずれは執事として教育された彼女はまだお嬢様と同じぐらいの年なのに、一条絵梨花よりはるかにメイドらしい。

 お嬢様と同じぐらいの年らしいが、メイド養成校の単位はすでに習得。

 普通の学業については通信教育でしっかりカバーしており、午前か午後のどちらかをここで実地研修という形でやってきていた。

 長森香織は橘由香に教える事は何もなく、その若さから将来を約束されている彼女の嫉妬の盾として動くだけでよかった。


「まかないだから、好きに作っていいという話じゃなかったの?」


 斉藤佳子の確認に橘由香は物怖じせずに報告を続ける。

 なお、この二人身長差があるので並ぶと親子にしか見えない。


「それが拡大して、警備部門やムーンライトファンドの人たちもまかないを頼むじゃないですか。

 人数が増えていて、ちょっと困っていた所なんです。

 社員食堂部門のコックとも話をする必要があるかと」


 迎賓館機能を持たせている上にラグジュアリーホテルとしても使っている九段下桂華ホテルには、大規模な調理室がある。

 料理長の和辻高道は新宿桂華ホテルと兼務で、ここの専属スタッフの立ち上げが始まっていたが良い料理人の選考に手間が掛かっていた。

 一方で福利厚生に力を入れていた瑠奈お嬢様の肝いりで社員食堂はまっさきに整備され、このビルで働く千人近い人間の胃袋を満たしていた。

 24時間働く連中は社員食堂に行くのも面倒臭がって、メイド達が不定期時間に作るまかないで腹を満たしていたのである。


「なるほどね。

 橘さんやアンジェラさんとお話してこいって事ね。

 わかりました」


 メイド組織では斉藤佳子がトップだが、全体を差配するのが執事の橘隆二である。

 これにお嬢様付き秘書としてこのビルの裏方を一気に掌握したアンジェラの三人の話し合いで、このビルは機能している。


「今日の警備シフトはこれになります。

 非常時の対応は、危機対応マニュアルのプランAで」


 24時間対応の最たるものである警備部門からの報告を読み上げるのがエヴァ・シャロン。

 他の北雲涼子やアニーシャ・エゴロワとは当然の事ながら仲が良くない。

 あのテロからエヴァの紹介という事で数人米国人が雇われる事になるみたいだが、もちろん元CIAだけでなく元シークレットサービスも混じっているらしい。

 こんな場所までいがみ合わなくていいのにと長森香織は顔に出さずに思う。

 そして長森香織の報告となる。


「ホテル部門で私達を使う予定のお客様は無し。

 喫茶店部門はシフトどおりで、予備として三人確保しています。

 応援が必要な部署は私に報告してくれたら予備を回します。

 一条さんと由香ちゃんは今日はホテル部門のコンシェルジュの方に付いて頂戴。

 由香ちゃんは、午後から学校だから引き継ぎ忘れないでね。

 私はここで事務仕事に付いておきます」



 ひしっと皆が背筋を伸ばし靴音が一斉に鳴る。

 元軍隊経験者が多いせいか、その習慣が皆に移ったらしい。

 斉藤佳子がそれに合わせて締めの言葉を言う。


「じゃあ今日もご安全にがんばっていきましょうね♪」


「「「はい!ご安全に!!」」」




「斎藤さん。

 あの挨拶製造業のやつでしたっけ?」


「ええ。長森さんの言うとおりよ。

 以前お客様から聞いた話をお嬢様にお伝えしたら面白がってね。

 それで事故やトラブル無しだったら問題ないでしょう?」




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お嬢様のスケジュール

 朝礼は九時もしくは十時に行われるので、お嬢様はその時は学校に行っている。

 その為、お嬢様付きは朝食後お嬢様が学校に行ってから交代する形になる。


完璧なメイド

 『東方紅魔郷』の発売が2002年。

 未だ紅魔郷組の人気は凄いな。

 瀟洒だと個人特定しすぎるので完璧なにしている。


米国人メイド

 彼女たちの給料はなんとダミー企業で隠しているが米国持ちである。

 瑠奈へのお礼というか、ここやられたらかなわんと守りの兵を置いたか、多分両方なのだろう。


ご安全に

 初めて使ったのは住友金属工業株式会社らしい。

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