カサンドラの慟哭 その3
岡崎祐一がもたらしてくれた核の存在の報告に米国を始めとした情報機関は揺れた。
厄介なのが、確認されていない核ミサイルは多弾頭型で、一発に付き十発の核爆弾が搭載されているという事。
この時点で核爆弾の数は最大20発に増えているのだが、各国は少なくともミサイルが飛んでくるという可能性については除外していた。
「核ミサイルは高度な精密機器です。
テロリストにミサイルが整備できるとは思えません」
アンジェラは断言する。
だからこそ、今、各国はイスラム過激派のテロの目的地の絞り出しに奔走していた。
一方、アニーシャはロシアの旧友に会いに現在東京を離れて、モスクワの諜報機関に接触しているはずだ。
「各国情報機関で協力して、イスラムテロ組織の予告や兆候を確認しています。
その中で可能性が高そうな箇所をピックアップしました」
アンジェラが一枚の紙を差し出す。
そこに書かれた都市は軽く二十を超えていた。
「ニューヨーク・ロンドン・東京。
とりあえず大都市に落としておけって事かしら?」
「ですね。
物流の大拠点にもなっていますから各国とも警戒をしていると思います」
アンジェラの言葉に私は顔をしかめる。
それでもテロ組織はこちらの予想も付かない手でテロを実行した。
なめてはいけない。
「デンバー?
何処だっけ?」
「コロラド州ですね。
あと、ペンシルベニア州フィラデルフィアにもその兆候があるとかで」
私の顔は渋いままだ。
私が知っている9.11は飛行機が突っ込んだが、各国諜報機関は核テロに完全にシフトが移っていた。
核テロは避難だけでも都市機能を停止させるので、各国は否定しつつ隠密裏に防ぐのがデフォである。
まあ、世界に『各国が把握していない核爆弾が20発ほどあって、その幾つかがテロリストの手に渡っている』なんて言える訳もなく。
「とりあえず各国の対処は置いておくとして、我が国の対処、東京のテロ警戒ですが……」
アンジェラが私の心配をこの街のテロの危険と勘違いして微笑んで安心させようとする。
違う。そうじゃないのだが、言っても仕方ないし。
「都心については岩沢都知事が主導して、大規模な警戒を敷いています。
それに政府が乗っかる形で捜査を進めており、近く結果が出るでしょう」
この国は災害についてはとにかく多く、ありがたいと言っては失礼だが、9月1日が防災の日として指定されている。
それに合わせて、自衛隊・警察・自治体だけでなく、法律が改正された警備員・探偵・賞金稼ぎまでを含めた大規模防災訓練を計画していた。
あまりに大規模なので、予算の無駄遣いと一部野党から反対意見が出ていたのだが、岩沢都知事と泉川副総理が強引に押し切ったという経緯がある。
もちろん、その押し切った理由は私がもたらした核テロ計画の情報だ。
7月に行われた参議院選挙の連立与党勝利もこれに貢献した。
参議院で過半数を確保し、樺太・東京・千葉・神奈川で保守系無所属議員を滑り込ませて追加公認し泉川派に取り込むという離れ業とその資金を供給し、泉川副総理の地位を盤石なものにしたのも大きい。
「この法律改正は本当に良いタイミングでしたね。
テロリスト相手に攻める事ができますから」
本来警察というのは犯罪が起こった時に対処する受動組織である。
そのために、犯罪が起きないと動けないという欠点があり、ストーカー等の犯罪にうまく対処できないという事を近年言われ続けていた。
これに対して、警備員・探偵・賞金稼ぎというのは、依頼者が金を払うという依頼形式での能動的活動が可能になる。
私はムーンライトファンドの資金を使って、この三者を買いきって仕事を割り振らせた。
賞金稼ぎには、米国政府の代行という肩書でイスラム過激派テロ組織に賞金を懸け。
探偵には、怪しい連中の調査、特に今の探偵業はハッカーとの繋がりがないと仕事ができないからハッカーを雇ってのネット領域の怪しい連中の捜査を任せ。
警備員はその存在を誇示させ防犯と相手に諦めてもらうという事で、湾岸部や都心部に警備員の巡回を強化させた。
「お嬢様。
ちょっといいかい?」
ただ、この手の仕事を統括する人間が居ることが大前提だが。
そのため、鉄火場に戻るつもりだった岡崎祐一を留めて、この核テロ対策の情報統括を命じている。
アンジェラが適任ではあるのだが、彼女はまだ米国の色が抜けていない。
そういう意味でも、彼は手元に置かざるを得ない人材だった。
「何?」
「多分ですが、テロ組織の通信らしいものを掴みました。
米国の情報と照会してみてください」
敬意を払いながらも少し年の離れた従兄弟みたいな接し方をする岡崎の距離感がなんとなく心地よい。
彼はこういう距離感の取り方が抜群にうまかった。
岡崎が手に持った紙を控えていたエヴァが受け取って出てゆく。
岡崎は椅子に座って天井を眺めながらため息をついた。
「正直、ここまで多いとは思わなかったですよ。
本命の核テロの他に陽動のテロにいたずらもあるから、どれが本命かわかりません」
核こそ陽動なのではないか?
己の前世知識がそう囁くが、万一核が炸裂したら犠牲者は前世の数百倍になりかねない。
だからこそ、テロの決め打ちができないのがもどかしい。
「核テロは起こると思う?」
「半々ですね。
ですが、陽動のテロはあちこちでその動きを掴んでいます。
そっちは必ず起きるでしょうな」
天井を見上げていた岡崎はそのまま視線を窓に向ける。
防弾ガラスの先には緑に囲まれた皇居が見える。
「核テロの場合、どうやって核を現地に運ぶかが問題になります。
あくまで推測ですが、アフガニスタンには核は無いでしょう。
カフカスから運んだ場合は三つのルートしかありません」
岡崎はテーブルのリモコンを取って壁の大画面モニターをつけて、そこに地図を映す。
気だるそうな姿勢でも目と手は起きているのが分かる。
「一つは黒海から船で。
何処に隠したかはひとまず置いておくとして、これだとニューヨークやロンドンは狙いやすいですね。
船で届く距離ですから」
そこで一区切りして岡崎は続きを話す。
「問題は、その船がボスポラス海峡を越えられるかという所でしょうか?
NATO加盟国のトルコはそのあたり馬鹿じゃない。
そして、あの国はクルド人問題を抱えているから、反政府組織に手を貸したらクルド人問題の政策そのものが揺らぎます」
自国でクルド人を弾圧しておきながら、外でイスラムテロ組織に手を貸す。
たしかにその矛盾は国内外に色々問題を発生させるだろう。
「次にカフカースを南下して、トルコなりイラクなりを経由する場合。
これも危険性が高いですね。
両国とも反政府勢力があり、軍と交戦している。
そんな中で核の移動なんて出来るわけがない」
岡崎は断言して彼なりの結論を出す。
口元に笑みが浮かんでいるのは見なかったことにしておこう。
「自分が核を手に入れたテロリストならば、その核を使わずに隠したままにしておきますよ。
正直疑問なんですよね。
チェチェンの連中はロシア相手に激しく戦っていながら、ついにその核に手を出さなかった。
大都市にダーティーボムとしてばらまくだけでも彼らは目的を達成できるのです。
本当にその核はあるのですか?」
かなり危ないことを岡崎が言っているのでアンジェラが口を開こうとするのを私が制する。
アニーシャが真実を言っていないとも聞こえるからだ。
それに気付いた岡崎が慌てて訂正する。
「アニーシャさんが真実を言っていないという訳ではありません。
あの人はかなり上の人で報告を受ける立場の人間だ。
という事は、その情報も報告を受けた形のはずです」
岡崎の言わんとする事が分かった。
社会主義国の報告ほど当てにならないものはない。
つまり、彼女の情報の裏取りができていない時点で、それに全賭けするのはやめろと言っている訳だ。
そうなると当然次の疑問が出てくる。
「あなた、確率は半分って言ったじゃない。
じゃあ、その確率の根拠となる核はどれなのよ?」
私の質問に、岡崎はカバンから一冊の本を取り出す。
どうも古書店から買ってきたものらしい。
タイトルは『核兵器の作り方』。
「私は、こっちの方が本命だと思っています。
科学技術の進歩と共に、核爆弾製造の情報もかなり広がってしまいました。
この国は旧北日本政府という行政区域が有り、そこには核兵器がありました、その製造施設もまだ解体途中。
そこから核廃棄物を手に入れられるのならば、東京を大混乱に落とすダーティーボムぐらいは容易に作れるでしょうな」
「お嬢様。
少し席を外します」
その一言で、北日本政府工作員だった北雲涼子が冷静に、だけど早足で出てゆく。
急いで確認を取ろうとしているのだろう。
分かってしまった。
だからこそ顔が青ざめてしまい、私は壁に掛けられた地図を見詰めてしまう。
「起爆装置を作るのには精密機器が必要です。
そして、それらの精密機器が安価に大量に入手できるのは何処だと思います?」
私は視線の先にある東京の鉄道路線図で桂華鉄道が建設しているターミナル駅を見詰めてしまう。
家電の街であり、後にオタクの街になるその駅の名前を秋葉原と言った。
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デンバー
元ネタは『アトミックトレイン』。
凄いぞ。この映画は。呆然とするぞ。誰かに語りたくなるぞ。
伝説のB級映画。
フィラデルフィア
元ネタは『トータル・フィアーズ』。
ネタが秋イベにあまりにも酷似し過ぎていたので、敵を極右勢力に変えたといういわくつきの映画。
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