カサンドラの慟哭 その1

 パンパン。

 二礼二拍手一礼。

 近くの神社に引っ越しのお参りをして、新しい私の家への引っ越しである。

 九段下桂華タワー。

 私の新しい本拠地で始める最初の仕事は、かなりヘビーなものだった。

 ビル内部の把握である。


「ふーん。

 地下二階はこうなっているのか……」


 地下鉄九段下駅と繋がっていると同時に、地下駐車場と主要設備と警備事務所がこの地下二階に収められている。

 地下駐車場はエレベーターで地上に出るタイプで、全部要警備区画だ。

 地下駐車場以外は同じ施設が屋上にも用意されていて、どちらかが制圧されても戦闘が続行できるようになっている。

 なお、屋上の指揮所は予備兼メイド達の休憩所にもなっている。


「万一の場合、道路を挟んだ正面の交番から警護課の警官が我々を助けてくれる予定になっています。

 地下二階へ通じる直通エレベーターもあるので、いざとなったらそちらから逃げて頂くのが最善です」


 橘の説明を聞きながら、真新しい地下通路を歩く。

 何の用途も書かれていない鉄の扉の正体が、九段下交番の地下施設の入り口なんて一般人は知らない。


「向かいの九段下共鳴銀行ビルも買って、とりあえず社員寮および社員宿泊施設にする予定です。

 こちらも地下で繋げて、増援を送り込めるようにする手はずです」


 さらって言っているが、何を想定してどんな戦闘を行うのかと呆れていたら、隣りにいた秘書のアンジェラが想定戦闘を言ってくれる。


「お嬢様の身柄を害する輩、分隊約10人規模の襲撃に対処という想定です。

 警備が交代で常に一個分隊約10人、メイドも常に一個分隊約10人がお嬢様を守る形になると思います。

 この九段下は、北樺警備保障の東京拠点を兼ねているので、中隊約200人規模の人員を集中させる予定ですわ」


 これには理由もあって、法律の改正で買った京勝高速鉄道線の駅構内警備をうちが代行する形になり、その出勤に地下鉄東西線を利用するからだ。

 なお、現在工事中の新常磐鉄道の出勤は都営新宿線を使って岩本町駅に送って400m徒歩で秋葉原となる。開通に伴う再開発ビルの一つに分駐施設を作ろうかと考えていたり。


「大げさねぇ。

 私なんて、精々身代金狙いかロリコンぐらいしか狙わないでしょうに」


「それでも襲われるのは怖いと思いますが?」


 アンジェラはセキュリティーに関する限りガチだし、決して曲げない。

 そのあたりは腹は立つが筋が通っているので評価せざるを得なかった。


「おーけい。

 私の非を認めます」


 地下二階の警備事務所に入ると、詰めていた警備員が一斉に敬礼する。

 私は手を振ってそれに応えた。


「当ビルの警備を担当します中島淳と申します。

 お嬢様の御身をお守りするために、精一杯努力する所存です」


 たしかこの人は元北日本政府の特殊工作員出身で、その特殊部隊ごとうちに雇われた人たちだ。

 で、その特殊部隊は対テロ・ゲリラのプロである。

 階級は大尉。


「本当ならば、こちらで武器を確保できるのが一番なのですが」


「そこはこの国の法律を遵守して頂戴。

 やっぱりあの通路が問題になる?」


 法律の改正で、警部以上の警官指揮下で警察に保管された拳銃の携帯と免許を持つ人間による発砲許可を与えられるようになったのはいいが、警部以上の警官が許可を出しても武器が交番の地下武器庫にあるのが問題になる。

 テロリストたちも馬鹿ではない。


「ですね。

 万一の時は、こちらから武器確保の人員を走らせる事になります。

 最低で五分、このロスは初動ではかなり大きいかと」


 その五分の為に人命と我が身が危険に晒されるという事なのだが、自ら武装をするというのは近代国家の治安維持を否定するに等しい。

 このあたりこの世界のこの国の紛うこと無き真実を表していた。


「で、これの出番って訳ね」


 私が壁に立て掛けられている鎧みたいなものをコンコンと叩く。

 強化装甲骨格。

 現代に蘇った鎧なのだが、当初は極寒の地での身体消耗を抑え、爆風等の破片から身を守り、重火器を扱えるようにという意図で北日本軍が開発を進めていたものだという。

 その後帝都警が安保テロ時過激派との鎮圧に用いていたが、第二次2.26事件によって帝都警が消えたことで日本での使用は終了。

 最後まで使っていた北日本政府崩壊後に歴史の闇に消えた技術だと思われていたが、95年の新興宗教テロ事件をきっかけとした対生物化学兵器に対するゲリラ・テロに適性があった事から、自衛隊および警察の対テロチームを中心に採用されるようになる。

 バネ及び電力を使った簡易パワーアシストスーツでもあり、盾として鉾として都市戦闘での活躍が十二分に期待できるこれを用いた特殊部隊の隊長がこの中島大尉という訳だ。 


「お嬢様の脱出路は以下のケースを想定しています。

 一番安全なのが、直通エレベータでこの地下二階に来ていただいて、地下から脱出するケース。

 九段下の交番から武器を確保できるならば、安全に脱出できるはずです。

 通路は一つですが、その通路さえ乗り切れたら九段下の交番、もしくは向かいの共鳴銀行ビルに逃げてテロの鎮圧を待つことになります」


 中島大尉はモニターにビルの地図を映しながら、続きを説明する。


「もう一つは、ヘリで屋上から脱出というケースです。

 東京ヘリポートにハインドを常時待機させており、30分でお嬢様を屋上から脱出させる事ができます」


 30分。

 武装勢力相手に30分の籠城。

 それが可能かどうか顔に出ていたらしい。


「ご安心を。

 お嬢様。

 そのために、我々が居るのですから」




 そう思っていた時期が私にも有りました。


「核!?」


「はい。

 北部同盟の将軍は捕虜からの情報としてこうおっしゃっていました。

 『奴らには核がある』と」


 わざわざ赤松商事の資源管理部門から来た彼は淡々と私にその衝撃の事実を伝えたのだった。




────────────────────────────────


強化装甲骨格

 某首都警のあれ。

 あの全身フルアーマー、サリン事件時対策で真っ先に目をつけられただろうなぁ。

 95年も阪神大震災と共に歴史のターニングポイントなのだが、スタート時がずれたことで瑠奈は関与できなかった設定。

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